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第3部
17年ごしの約束
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やがて曲が終わり、アシェルナオの手を引いたアネシュカが拍手を浴びながら戻ってきた。
「兄上、アシェルナオのダンスは素晴らしいです。軽やかなステップが実に見事です。踊りやすくて楽しくて仕方ありませんよ。踊ってみる価値のあるダンスです」
アネシュカは、シーグフリードたちと一緒に出迎えたヴァレリラルドにアシェルナオへの賛辞を伝える。
「アネシュカ……」
「兄上! まさか兄上は私をお疑いか? ならば兄上が踊ってみたらいかがです?」
あからさまに『妹の強い勧めで踊らざるを得ない王太子』という図式を作り上げるアネシュカに、ヴァレリラルドは逡巡する。
だが、オリヴェルやシーグフリードが頷くのを確認すると、
「……アネシュカが言うなら仕方ない」
やれやれ、といった演技をしながらヴァレリラルドはアシェルナオの前に立った。
そして跪き、
「エルランデル公爵のご子息。申し訳ないがアネシュカの我儘に付き合ってもらえないだろうか」
そう言って手を差し出す。
17年前。カルムの夏の離宮で夕日を浴びながら、大きくなったらダンスを踊ってほしいと申し出たことを昨日のことのように思い出すヴァレリラルドは、約束通り長身の立派な大人になっていた。
「はい。喜んで」
アシェルナオも当時を思い出しながら、ヴァレリラルドの大きな手に自分の手を乗せる。
今までデビュタントどころか、社交界にたまに顔を出しても誰とも踊ったことのない王太子が、妹の勧めとはいえ誰かを誘ったことに大広間中からどよめきが起こる。
だが自然なしぐさで大広間のダンススペースの中央に行き、優雅で流れるようなステップを音楽に合わせて踏み出すと、どよめきが静寂に変わった。
ヴァレリラルドの堂々としたリードに合わせて、アシェルナオがしなやかに、床を統べるようにステップを踏み、上衣の裾を華麗に広げながらターンをする。
息の合った2人のダンスは1つの美しい世界のようで、見る者を魅了していた。
「ナオ、私は約束通りに大きくなった。17年越しにナオとのダンスが実現できて嬉しいよ」
「うん……。17年経っても僕は大きくなっていないけど、ヴァルはすごく大きくなったね。……あの頃よりかっこよくなった」
ヴァレリラルドの顔を見つめながらアシェルナオが頬を染める。
「ナオは相変わらず綺麗で可愛いよ。私は、カルムでナオにダンスを申し込んでからずっと、こうして踊れる日を夢見ていた」
ヴァレリラルドもアシェルナオの顔を愛し気に見つめる。
「あれはだめだな」
ウルリクは、完全に2人の世界を作り上げているヴァレリラルドとアシェルナオを見ながら言った。
「ああ、だめだな。婚約式まで隠さないといけないのに全然隠せてない」
ベルトルドも頷く。
「想定はしていたが、まあ、あと一週間だからな」
シーグフリードも、こうなるのではないかと予想していたので、半ば諦めの境地で言った。
テュコは仲睦まじく踊る2人を見ても、ファーストダンスを踊れたことに満足しているので心は穏やかだった。
「テュコ」
せっかく穏やかな心でいるところに名前を呼ばれて、テュコは不満気に声の主を見る。
そこにはいつも以上の笑みを浮かべたローセボームと、近衛騎士団の騎士服を凛々しく身に纏った、長身のビスク色の髪の男がいた。
「兄上まで……。こっちに来ないでください。髪の色で身元がバレるなんて勘弁して下さい」
「ナオ様をエスコートすると聞いて、張り切って衣装を仕立てたんだ。その出来栄えを間近で見てもバチは当たらないだろう?」
「短期間で仕立ててくれたのは感謝しますが、私も服くらいは持っていますよ」
突然、服を仕立てたから着るようにと、強引に服を押し付けてきたローセボームへの感謝の気持ちは、受け入れてやった時点で昇華したとチュコは思っていた。
「父上は自分が贈ったものをテュコが着てくれているのが嬉しくてたまらないんだ。こんなに短期間で作れるのは父上の宰相としての力だぞ?」
恩着せがましいを上乗せしてくる次兄・ティス。
「そこで宰相としての力を使わないでください」
テュコが父と兄をあしらっていると、
「宰相と近衛騎士団の団長だ」
ウルリクが興味深そうに覗いてきた。
「エルランデル公爵家でお世話になっている私の可愛い弟に挨拶をしに来た」
次兄のティスが胸を張る。
「兄上、普通そういう話ならばエルランデル公爵夫妻にご挨拶するのが常識ですよ」
呆れるテュコ。
「テュコの顔を見たら一瞬たりとも無視することができなかったよ、可愛い弟よ。お前が重要な役職についていることは父上から聞かされているが、たまには元気な顔を見せに来てくれ」
「機会があれば」
そっけなく告げるテュコ。
「兄と弟の温度差がすごいな」
アネシュカは興味深そうにローセボーム兄弟を観察していた。
「男兄弟とはこんなものですよ」
ベルトルドのところも男兄弟ばかりなので、テュコの気持ちもわかった。
「では任務中なのでこれで失礼する」
そう言うとティスはエルランデル公爵家のスペースから立ち去って行った。
「任務中に来させないで下さい。それと、父上も早く陛下の側に戻ってくれませんか? 父上までいると陛下まで来そうで気が気ではありません」
苛立ちを隠し切れないテュコ。
「宰相さんも陛下も子煩悩だからな」
「来そうだな」
困惑というより面白がっているウルリクとベルトルド。
「さすがに陛下までは……」
言いながらローセボームが王座に目を向けると、こっちを見ながら半ば身を乗り出しているベルンハルドがいた。
「いや、来そうだ。さすがに陛下まで来られたらまずい。ではな、テュコ。愛してるよ」
ローセボームはそう言い残してベルンハルドを諫めるべく王座に向かった。
「兄上、アシェルナオのダンスは素晴らしいです。軽やかなステップが実に見事です。踊りやすくて楽しくて仕方ありませんよ。踊ってみる価値のあるダンスです」
アネシュカは、シーグフリードたちと一緒に出迎えたヴァレリラルドにアシェルナオへの賛辞を伝える。
「アネシュカ……」
「兄上! まさか兄上は私をお疑いか? ならば兄上が踊ってみたらいかがです?」
あからさまに『妹の強い勧めで踊らざるを得ない王太子』という図式を作り上げるアネシュカに、ヴァレリラルドは逡巡する。
だが、オリヴェルやシーグフリードが頷くのを確認すると、
「……アネシュカが言うなら仕方ない」
やれやれ、といった演技をしながらヴァレリラルドはアシェルナオの前に立った。
そして跪き、
「エルランデル公爵のご子息。申し訳ないがアネシュカの我儘に付き合ってもらえないだろうか」
そう言って手を差し出す。
17年前。カルムの夏の離宮で夕日を浴びながら、大きくなったらダンスを踊ってほしいと申し出たことを昨日のことのように思い出すヴァレリラルドは、約束通り長身の立派な大人になっていた。
「はい。喜んで」
アシェルナオも当時を思い出しながら、ヴァレリラルドの大きな手に自分の手を乗せる。
今までデビュタントどころか、社交界にたまに顔を出しても誰とも踊ったことのない王太子が、妹の勧めとはいえ誰かを誘ったことに大広間中からどよめきが起こる。
だが自然なしぐさで大広間のダンススペースの中央に行き、優雅で流れるようなステップを音楽に合わせて踏み出すと、どよめきが静寂に変わった。
ヴァレリラルドの堂々としたリードに合わせて、アシェルナオがしなやかに、床を統べるようにステップを踏み、上衣の裾を華麗に広げながらターンをする。
息の合った2人のダンスは1つの美しい世界のようで、見る者を魅了していた。
「ナオ、私は約束通りに大きくなった。17年越しにナオとのダンスが実現できて嬉しいよ」
「うん……。17年経っても僕は大きくなっていないけど、ヴァルはすごく大きくなったね。……あの頃よりかっこよくなった」
ヴァレリラルドの顔を見つめながらアシェルナオが頬を染める。
「ナオは相変わらず綺麗で可愛いよ。私は、カルムでナオにダンスを申し込んでからずっと、こうして踊れる日を夢見ていた」
ヴァレリラルドもアシェルナオの顔を愛し気に見つめる。
「あれはだめだな」
ウルリクは、完全に2人の世界を作り上げているヴァレリラルドとアシェルナオを見ながら言った。
「ああ、だめだな。婚約式まで隠さないといけないのに全然隠せてない」
ベルトルドも頷く。
「想定はしていたが、まあ、あと一週間だからな」
シーグフリードも、こうなるのではないかと予想していたので、半ば諦めの境地で言った。
テュコは仲睦まじく踊る2人を見ても、ファーストダンスを踊れたことに満足しているので心は穏やかだった。
「テュコ」
せっかく穏やかな心でいるところに名前を呼ばれて、テュコは不満気に声の主を見る。
そこにはいつも以上の笑みを浮かべたローセボームと、近衛騎士団の騎士服を凛々しく身に纏った、長身のビスク色の髪の男がいた。
「兄上まで……。こっちに来ないでください。髪の色で身元がバレるなんて勘弁して下さい」
「ナオ様をエスコートすると聞いて、張り切って衣装を仕立てたんだ。その出来栄えを間近で見てもバチは当たらないだろう?」
「短期間で仕立ててくれたのは感謝しますが、私も服くらいは持っていますよ」
突然、服を仕立てたから着るようにと、強引に服を押し付けてきたローセボームへの感謝の気持ちは、受け入れてやった時点で昇華したとチュコは思っていた。
「父上は自分が贈ったものをテュコが着てくれているのが嬉しくてたまらないんだ。こんなに短期間で作れるのは父上の宰相としての力だぞ?」
恩着せがましいを上乗せしてくる次兄・ティス。
「そこで宰相としての力を使わないでください」
テュコが父と兄をあしらっていると、
「宰相と近衛騎士団の団長だ」
ウルリクが興味深そうに覗いてきた。
「エルランデル公爵家でお世話になっている私の可愛い弟に挨拶をしに来た」
次兄のティスが胸を張る。
「兄上、普通そういう話ならばエルランデル公爵夫妻にご挨拶するのが常識ですよ」
呆れるテュコ。
「テュコの顔を見たら一瞬たりとも無視することができなかったよ、可愛い弟よ。お前が重要な役職についていることは父上から聞かされているが、たまには元気な顔を見せに来てくれ」
「機会があれば」
そっけなく告げるテュコ。
「兄と弟の温度差がすごいな」
アネシュカは興味深そうにローセボーム兄弟を観察していた。
「男兄弟とはこんなものですよ」
ベルトルドのところも男兄弟ばかりなので、テュコの気持ちもわかった。
「では任務中なのでこれで失礼する」
そう言うとティスはエルランデル公爵家のスペースから立ち去って行った。
「任務中に来させないで下さい。それと、父上も早く陛下の側に戻ってくれませんか? 父上までいると陛下まで来そうで気が気ではありません」
苛立ちを隠し切れないテュコ。
「宰相さんも陛下も子煩悩だからな」
「来そうだな」
困惑というより面白がっているウルリクとベルトルド。
「さすがに陛下までは……」
言いながらローセボームが王座に目を向けると、こっちを見ながら半ば身を乗り出しているベルンハルドがいた。
「いや、来そうだ。さすがに陛下まで来られたらまずい。ではな、テュコ。愛してるよ」
ローセボームはそう言い残してベルンハルドを諫めるべく王座に向かった。
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