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第3部
優等生過ぎる
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公爵家の子息というだけではなく、見目麗しい少年と青年の織り成す美しいダンスに、自然にその周囲に空間ができていた。
アシェルナオを初めて目にした者は勿論、テュコのことを知っている者は久しぶりに社交界に姿を現した凛とした青年に興奮し、目を奪われていた。
「ナオのファーストダンスが……」
王座にいる者にしか聞こえない声でヴァレリラルドの失望が呟かれる。
初めて梛央にダンスを申し込んでから17年近く。その願いはまだ叶わないまま、アシェルナオの社交界デビューの初めてのダンスの相手をテュコに奪われた失望は、たとえ婚約式が近くても、深かった。
その声を聞きつけたアネシュカは、ふっ、と挑発的な笑みを浮かべる。
「兄上は優等生過ぎるのですよ」
そう言うとアネシュカは、王座のある壇上から段を軽い足取りで降りて行った。
「アネシュカは自由が過ぎるのだがなぁ」
そんなアネシュカを見ながら、ベルンハルドはため息を吐いた。
曲が終わり、テュコは片膝をついてアシェルナオの手を掲げ、最初のダンスの相手という栄誉を授けてくれたことに感謝の気持ちを表す。
広間中の人々から一斉に拍手が沸き起こり、アシェルナオとテュコは優雅な所作でお辞儀をしてオリヴェルたちのもとに戻った。
「アシェルナオ、見事なデビューダンスだったわ」
パウラが感激した声をあげる。
「はい。楽しかったです」
少し上気した顔でアシェルナオが答えると、
「すばらしい! なんという見事なダンスだ、エルランデル公爵家のアシェルナオ。ぜひ次の曲は私と踊ってくれないか」
凛と張った声がした。
見ると、タイトなドレスのように見えるが実はサイドに深いスリットの入った、中に細かなプリーツの入ったパンツスタイルの、フォルムも装いもゴージャスなアネシュカが近づいてきた。
「アネちゃん! えーと、うーん……」
アネシュカを見つけたアシェルナオは、いつもならすぐに『いいよ!』と言ってテュコを悩ませるのだが、今回は本当に考えているようだった。
「私と踊るのは嫌か?」
自分より身長の低いアシェルナオの顔を見下ろして、顎に手をやるアネシュカ。
「嫌じゃないよ? でも僕、リードされる方でしか練習してないんだ」
たとえ自分より身長が高かろうと体格がよかろうと、たくましかろうが強かろうが、可愛い妹をリードするのが自分の役目だと思うアシェルナオは申し訳ない顔になる。
アネシュカは無の表情になったが、すぐに破顔した。
「私をリードする気だったのか! なんて可愛いんだ! オリヴェル、パウラ、アシェルナオを私にくれないか?」
豪快な笑い声をあげるアネシュカに、少し離れた王座から見ているヴァレリラルドは気が気でなかった。
「申し訳ありませんが、うちのアシェルナオはエルランデル公爵家の宝ですので、おいそれと差し上げられません」
シーグフリードが慇懃な態度で断る。
「兄上の側近か。仕方ないな。ではアシェルナオ、今回は私にリードされてくれないか? アシェルナオの気持ちはわかるが、私は自分より身長の低い者にリードされるのは好きではないんだ」
アネシュカはアシェルナオに手を差し出す。
「じゃあ、いいよ?」
アシェルナオは少し残念だったが、それがアネシュカの意向なら仕方ないと手を伸ばす。
機を見ていた楽団の指揮者が演奏の指示を出す。
王女殿下と社交界の新たな華となったアシェルナオの組み合わせに、さらに2人の周囲は空間ができた。
様子を見守っていたヴァレリラルドは、痺れを切らして立ち上がると、王座の壇上から降りる。
すかさずその後を追うウルリクとベルトルドだが、ヴァレリラルドが向かったのはエルランデル公爵家のいるスペースだった。
「アネシュカが迷惑をかけてすまない」
妹の暴挙を謝るふりをして近づくヴァレリラルドに、
「まさかアネシュカ殿下に誘われるとは思っていなかったから驚いたよ」
シーグフリードが調子を合わせる。
「シグ、ナオ様が可愛くて鼻が高いだろう?」
ヴァレリラルドの後ろから、子供のような顔でウルリクがにやにやしながら言った。
「大人げないぞ、ウルリク。アシェルナオは自慢の弟だからな。鼻が高くならないはずがないじゃないか」
からかってくるウルリクに対して、登場してきた時よりもわかりやすいドヤ顔を見せつけるシーグフリード。
「この場合、どっちが大人げないんだろうな」
仲裁役のヴァレリラルドが呟く。
「確かに自慢したくなるだろうな。この数年、こんなに華やかに注目されたデビュタントはいない」
普段は口数の少ないベルトルドだが、アシェルナオの存在に興奮を隠せないでいた。
「しかし、大丈夫なのか? ナオをあんなに目立たせてしまって」
衆目の視線と関心を集めながら踊るアネシュカとアシェルナオを目で追いながら、ヴァレリラルドは少し羨ましそうな顔になる。
「婚約式を控えている王太子殿下が、1人のデビュタントの家族のところに来ているほうが目立っているんだが」
王太子の同行は大広間中の注目の的で、それに気づいていない当の本人に、シーグフリードは苦笑した。
※※※※※※※※※※※※※※※※
1人で3人分の仕事をさせるとか、無理。死ぬ。泣く。(/_;)
アシェルナオを初めて目にした者は勿論、テュコのことを知っている者は久しぶりに社交界に姿を現した凛とした青年に興奮し、目を奪われていた。
「ナオのファーストダンスが……」
王座にいる者にしか聞こえない声でヴァレリラルドの失望が呟かれる。
初めて梛央にダンスを申し込んでから17年近く。その願いはまだ叶わないまま、アシェルナオの社交界デビューの初めてのダンスの相手をテュコに奪われた失望は、たとえ婚約式が近くても、深かった。
その声を聞きつけたアネシュカは、ふっ、と挑発的な笑みを浮かべる。
「兄上は優等生過ぎるのですよ」
そう言うとアネシュカは、王座のある壇上から段を軽い足取りで降りて行った。
「アネシュカは自由が過ぎるのだがなぁ」
そんなアネシュカを見ながら、ベルンハルドはため息を吐いた。
曲が終わり、テュコは片膝をついてアシェルナオの手を掲げ、最初のダンスの相手という栄誉を授けてくれたことに感謝の気持ちを表す。
広間中の人々から一斉に拍手が沸き起こり、アシェルナオとテュコは優雅な所作でお辞儀をしてオリヴェルたちのもとに戻った。
「アシェルナオ、見事なデビューダンスだったわ」
パウラが感激した声をあげる。
「はい。楽しかったです」
少し上気した顔でアシェルナオが答えると、
「すばらしい! なんという見事なダンスだ、エルランデル公爵家のアシェルナオ。ぜひ次の曲は私と踊ってくれないか」
凛と張った声がした。
見ると、タイトなドレスのように見えるが実はサイドに深いスリットの入った、中に細かなプリーツの入ったパンツスタイルの、フォルムも装いもゴージャスなアネシュカが近づいてきた。
「アネちゃん! えーと、うーん……」
アネシュカを見つけたアシェルナオは、いつもならすぐに『いいよ!』と言ってテュコを悩ませるのだが、今回は本当に考えているようだった。
「私と踊るのは嫌か?」
自分より身長の低いアシェルナオの顔を見下ろして、顎に手をやるアネシュカ。
「嫌じゃないよ? でも僕、リードされる方でしか練習してないんだ」
たとえ自分より身長が高かろうと体格がよかろうと、たくましかろうが強かろうが、可愛い妹をリードするのが自分の役目だと思うアシェルナオは申し訳ない顔になる。
アネシュカは無の表情になったが、すぐに破顔した。
「私をリードする気だったのか! なんて可愛いんだ! オリヴェル、パウラ、アシェルナオを私にくれないか?」
豪快な笑い声をあげるアネシュカに、少し離れた王座から見ているヴァレリラルドは気が気でなかった。
「申し訳ありませんが、うちのアシェルナオはエルランデル公爵家の宝ですので、おいそれと差し上げられません」
シーグフリードが慇懃な態度で断る。
「兄上の側近か。仕方ないな。ではアシェルナオ、今回は私にリードされてくれないか? アシェルナオの気持ちはわかるが、私は自分より身長の低い者にリードされるのは好きではないんだ」
アネシュカはアシェルナオに手を差し出す。
「じゃあ、いいよ?」
アシェルナオは少し残念だったが、それがアネシュカの意向なら仕方ないと手を伸ばす。
機を見ていた楽団の指揮者が演奏の指示を出す。
王女殿下と社交界の新たな華となったアシェルナオの組み合わせに、さらに2人の周囲は空間ができた。
様子を見守っていたヴァレリラルドは、痺れを切らして立ち上がると、王座の壇上から降りる。
すかさずその後を追うウルリクとベルトルドだが、ヴァレリラルドが向かったのはエルランデル公爵家のいるスペースだった。
「アネシュカが迷惑をかけてすまない」
妹の暴挙を謝るふりをして近づくヴァレリラルドに、
「まさかアネシュカ殿下に誘われるとは思っていなかったから驚いたよ」
シーグフリードが調子を合わせる。
「シグ、ナオ様が可愛くて鼻が高いだろう?」
ヴァレリラルドの後ろから、子供のような顔でウルリクがにやにやしながら言った。
「大人げないぞ、ウルリク。アシェルナオは自慢の弟だからな。鼻が高くならないはずがないじゃないか」
からかってくるウルリクに対して、登場してきた時よりもわかりやすいドヤ顔を見せつけるシーグフリード。
「この場合、どっちが大人げないんだろうな」
仲裁役のヴァレリラルドが呟く。
「確かに自慢したくなるだろうな。この数年、こんなに華やかに注目されたデビュタントはいない」
普段は口数の少ないベルトルドだが、アシェルナオの存在に興奮を隠せないでいた。
「しかし、大丈夫なのか? ナオをあんなに目立たせてしまって」
衆目の視線と関心を集めながら踊るアネシュカとアシェルナオを目で追いながら、ヴァレリラルドは少し羨ましそうな顔になる。
「婚約式を控えている王太子殿下が、1人のデビュタントの家族のところに来ているほうが目立っているんだが」
王太子の同行は大広間中の注目の的で、それに気づいていない当の本人に、シーグフリードは苦笑した。
※※※※※※※※※※※※※※※※
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