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第3部
日取りが決まっていました
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4の週の水の日。
エルランデル公爵家のアシェルナオの自室のホールには、外の穏やかな晴れの日差しが差し込み、うららかな様相を呈していた。
「アシェルナオ、心配したよぉ!」
やわらかな雰囲気の室内の、のどかな空気を破るようにハルネスの声が響いた。
ホールの長椅子にはスヴェン、トシュテン、クラースが行儀よく座っていて、ハルネスの視線の先の、階段から降りてくるアシェルナオを見守っている。
「みんな、来てくれてありがとう」
アシェルナオは階段の途中から手を振ると、逸る気持ちをおさえて、貴族らしく優雅な足取りで学友たちのもとへ向かった。
ホールに着くと、仲の良い若者たちらしく、貴族の習わしは一旦置いておいてハイタッチで再会の喜びを伝える。
「元気そうでよかった。アシェルナオの乗った馬車が襲われているのを見たって話があって、すっごく心配したんだよ」
ハイタッチだけでは足りずに、アシェルナオを抱きしめて無事を確かめるハルネス。
「朝の早い時間だったから、目撃した人は少なかったんだ。だから余計に少ない情報に尾ひれがついて噂が広まって……。アシェルナオがひどい怪我をしたとか……」
トシュテンが言うと、
「心配させてごめんね。うちで匿っていたエルとルルに間違われて襲われたんだけど、テュコがいたから大丈夫だったよ。元気だよ?」
安心させるように笑って、アシェルナオはハルネスたちと一緒に長椅子に座った。
「テュコは騎士科の最優秀生徒に選ばれて、将来有望な騎士だったってサリーも言ってたけど、本当に強いんだな」
テュコに尊敬の眼差しを向けるスヴェン。
「すぐにお見舞いに来たかったけど、寝込んでるっていうから……。心配のあまり噂を信じるところだった」
ほっとした笑みを浮かべるハルネス。クラースも、元気なアシェルナオを見てようやく人心地がついた様子だった。
「テュコが助けてくれたから怪我はしなかったんだけどね……」
「心身の疲労が重なったため、熱を出されていたのですよ」
言い辛そうなアシェルナオを助けるように、後ろに控えるテュコが補足する。
自室に到着した途端、前の日からの心労や寝不足、過呼吸などが原因でアシェルナオは熱を出したのだが、第二騎士団の駐屯地でエル、ルル、エクルンド公国の者たちと対面させたのが悪かったのだとシーグフリードは深く反省し、オリヴェルは無断で公爵家を抜け出したことを怒るタイミングを失くしたのだった。
エルとルルはさらにシーグフリードからの心証が悪くなり、来客用ではなく騎士団の独身寮の部屋をあてがわれることになった。
そのことについては、つっこまれるのが好きなエルとルルは逆に喜んでいるかもしれないとテュコは懸念している。
オリヴェルはお説教の代わりに、アシェルナオの熱が完全に下がるまでは寝台から一歩も出てはいけないという罰をあたえていた。
「大丈夫ですか? 心配してお見舞いを急ぎすぎましたね」
申し訳なさそうな顔をするクラースに、
「大丈夫でございますよ。昨晩のうちには熱は下がっておりましたし、リンちゃんと寝るのに飽きていらっしゃいましたから」
「皆様がお越しになると聞いて、ずっとそわそわしておいでで」
アイナとドリーンがお茶の準備を整えながら内情を暴露した。
「リンちゃんて?」
「リングダールの大きなぬいぐるみで、いつも寝てるとか、そんなんじゃないから。僕もう16歳だから、ちょっとだけ、隣にいないとさびしいだけだから」
ハルネスの問いに、アシェルナオは慌てて言い訳をするが、言い訳の内容も、慌てる姿も微笑ましくて、うんうん、と頷く学友たち。
「本当に、こんなに可愛らしいアシェルナオが無事でよかったですよ」
つくづくとクラースがため息を吐いた。
「やはりあれは悪いものでした」
同席はしていないが、少し離れたところにあるダイニングテーブルでお茶を飲んでいるブロームが呟く。
「金輪際、あの2人はナオ様にも私にも近づけさせません」
その声に反応してテュコはきっぱりと言った。
「ねぇ、アシェルナオ。デビュタントで着る服はもうできてる?」
アシェルナオの無事が確認できたところで、ハルネスが話題を変える。
デビュタントは新年明けて上光月の1の水。あと一週間しかなく、ハルネスは楽しみにしすぎて、はやる心を抑えきれなかった。
「うん。母様が張り切ってアルテアンに発注していたから、もうできてるよ。あんまり早く作ると、僕が大きくなって服がきつくなっちゃうって言ったんだけどね?」
まだムキムキマッチョ計画を継続させているアシェルナオが困った顔で言うと、ハルネスたちも苦笑するしかなかった。
「アシェルナオが元気そうでよかったけど、今年は学年末の休暇はどこにも行けないね」
「2年がはじまるのが2の光からだけど、今年はデビュタントがあるからな」
「うん。今年は家のほうが緊張してるから無理そう」
毎年、学年末の休みにはみんなで出かけるのが慣例になっているのだが、人生に一度のデビュタントを控えているとあって、今年は実現が難しそうだった。
「それに、デビュタントのあとに王太子殿下の婚約式があるでしょう? 日取りが決まって、お相手は誰だろうって噂が持ち切りだもん。みんな王城に見に行くよね?」
学友たちはその婚約者がアシェルナオだということを知らないが、
「え? 日取り決まったの?」
当人であるアシェルナオは目を丸くして尋ねる。
婚約式はおそらく自分が出るものだと思うのだが、ならばなぜ自分は知らないのだろう、と、首を傾げた。
「アシェルナオは寝込んでたから、情報は入ってないんだな。1の水がデビュタントで、婚約式はその次の週。2の水だよ」
スヴェンが言うと、
「3の光が殿下の誕生日だからその前にってことでしょうね。学園も臨時休園になるらしいですよ」
クラースも頷く。
「えぇぇぇ。臨時休園?」
ヴァレリラルドと王城のどこかの広間で婚約の儀式を行うだけだと軽く考えていたアシェルナオは、学園を休みにするほど大ごとだったのかと驚きを隠せなかった。
エルランデル公爵家のアシェルナオの自室のホールには、外の穏やかな晴れの日差しが差し込み、うららかな様相を呈していた。
「アシェルナオ、心配したよぉ!」
やわらかな雰囲気の室内の、のどかな空気を破るようにハルネスの声が響いた。
ホールの長椅子にはスヴェン、トシュテン、クラースが行儀よく座っていて、ハルネスの視線の先の、階段から降りてくるアシェルナオを見守っている。
「みんな、来てくれてありがとう」
アシェルナオは階段の途中から手を振ると、逸る気持ちをおさえて、貴族らしく優雅な足取りで学友たちのもとへ向かった。
ホールに着くと、仲の良い若者たちらしく、貴族の習わしは一旦置いておいてハイタッチで再会の喜びを伝える。
「元気そうでよかった。アシェルナオの乗った馬車が襲われているのを見たって話があって、すっごく心配したんだよ」
ハイタッチだけでは足りずに、アシェルナオを抱きしめて無事を確かめるハルネス。
「朝の早い時間だったから、目撃した人は少なかったんだ。だから余計に少ない情報に尾ひれがついて噂が広まって……。アシェルナオがひどい怪我をしたとか……」
トシュテンが言うと、
「心配させてごめんね。うちで匿っていたエルとルルに間違われて襲われたんだけど、テュコがいたから大丈夫だったよ。元気だよ?」
安心させるように笑って、アシェルナオはハルネスたちと一緒に長椅子に座った。
「テュコは騎士科の最優秀生徒に選ばれて、将来有望な騎士だったってサリーも言ってたけど、本当に強いんだな」
テュコに尊敬の眼差しを向けるスヴェン。
「すぐにお見舞いに来たかったけど、寝込んでるっていうから……。心配のあまり噂を信じるところだった」
ほっとした笑みを浮かべるハルネス。クラースも、元気なアシェルナオを見てようやく人心地がついた様子だった。
「テュコが助けてくれたから怪我はしなかったんだけどね……」
「心身の疲労が重なったため、熱を出されていたのですよ」
言い辛そうなアシェルナオを助けるように、後ろに控えるテュコが補足する。
自室に到着した途端、前の日からの心労や寝不足、過呼吸などが原因でアシェルナオは熱を出したのだが、第二騎士団の駐屯地でエル、ルル、エクルンド公国の者たちと対面させたのが悪かったのだとシーグフリードは深く反省し、オリヴェルは無断で公爵家を抜け出したことを怒るタイミングを失くしたのだった。
エルとルルはさらにシーグフリードからの心証が悪くなり、来客用ではなく騎士団の独身寮の部屋をあてがわれることになった。
そのことについては、つっこまれるのが好きなエルとルルは逆に喜んでいるかもしれないとテュコは懸念している。
オリヴェルはお説教の代わりに、アシェルナオの熱が完全に下がるまでは寝台から一歩も出てはいけないという罰をあたえていた。
「大丈夫ですか? 心配してお見舞いを急ぎすぎましたね」
申し訳なさそうな顔をするクラースに、
「大丈夫でございますよ。昨晩のうちには熱は下がっておりましたし、リンちゃんと寝るのに飽きていらっしゃいましたから」
「皆様がお越しになると聞いて、ずっとそわそわしておいでで」
アイナとドリーンがお茶の準備を整えながら内情を暴露した。
「リンちゃんて?」
「リングダールの大きなぬいぐるみで、いつも寝てるとか、そんなんじゃないから。僕もう16歳だから、ちょっとだけ、隣にいないとさびしいだけだから」
ハルネスの問いに、アシェルナオは慌てて言い訳をするが、言い訳の内容も、慌てる姿も微笑ましくて、うんうん、と頷く学友たち。
「本当に、こんなに可愛らしいアシェルナオが無事でよかったですよ」
つくづくとクラースがため息を吐いた。
「やはりあれは悪いものでした」
同席はしていないが、少し離れたところにあるダイニングテーブルでお茶を飲んでいるブロームが呟く。
「金輪際、あの2人はナオ様にも私にも近づけさせません」
その声に反応してテュコはきっぱりと言った。
「ねぇ、アシェルナオ。デビュタントで着る服はもうできてる?」
アシェルナオの無事が確認できたところで、ハルネスが話題を変える。
デビュタントは新年明けて上光月の1の水。あと一週間しかなく、ハルネスは楽しみにしすぎて、はやる心を抑えきれなかった。
「うん。母様が張り切ってアルテアンに発注していたから、もうできてるよ。あんまり早く作ると、僕が大きくなって服がきつくなっちゃうって言ったんだけどね?」
まだムキムキマッチョ計画を継続させているアシェルナオが困った顔で言うと、ハルネスたちも苦笑するしかなかった。
「アシェルナオが元気そうでよかったけど、今年は学年末の休暇はどこにも行けないね」
「2年がはじまるのが2の光からだけど、今年はデビュタントがあるからな」
「うん。今年は家のほうが緊張してるから無理そう」
毎年、学年末の休みにはみんなで出かけるのが慣例になっているのだが、人生に一度のデビュタントを控えているとあって、今年は実現が難しそうだった。
「それに、デビュタントのあとに王太子殿下の婚約式があるでしょう? 日取りが決まって、お相手は誰だろうって噂が持ち切りだもん。みんな王城に見に行くよね?」
学友たちはその婚約者がアシェルナオだということを知らないが、
「え? 日取り決まったの?」
当人であるアシェルナオは目を丸くして尋ねる。
婚約式はおそらく自分が出るものだと思うのだが、ならばなぜ自分は知らないのだろう、と、首を傾げた。
「アシェルナオは寝込んでたから、情報は入ってないんだな。1の水がデビュタントで、婚約式はその次の週。2の水だよ」
スヴェンが言うと、
「3の光が殿下の誕生日だからその前にってことでしょうね。学園も臨時休園になるらしいですよ」
クラースも頷く。
「えぇぇぇ。臨時休園?」
ヴァレリラルドと王城のどこかの広間で婚約の儀式を行うだけだと軽く考えていたアシェルナオは、学園を休みにするほど大ごとだったのかと驚きを隠せなかった。
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