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第3部
語られる思い
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学園の制服ではなく外出着に着替えさせられたアシェルナオは、呼びに来たブレンドレルに案内されて、テュコとともにその部屋に入った。
部屋自体は広いのだが、中央に3人掛けの長椅子がテーブルを挟んで2脚。1人掛けの椅子もテーブルを挟んで2脚置いてあるだけのシンプルな部屋だった。
3人掛けの一方にはヴァレリラルドとシーグフリードが座っており、1人掛けの椅子にウルリクとベルトルドが。もう1つの3人掛けの長椅子にはエルとルルが座っていた。
エルは左頬が、ルルは右頬がひどく腫れているが、2人の姿を見てうつむいたアシェルナオはそれに気づいていなかった。
「アシェルナオ、おいで」
シーグフリードに呼ばれて、アシェルナオは俯いたまま歩を進め、ヴァレリラルドとシーグフリードのあいだに座る。
テュコは、アシェルナオを委縮させるほどひどい言い方をしたのだろうエルとルルを改めて見据える。
「エル、ルル」
シーグフリードが、まず双子の言葉でアシェルナオが心を乱して1人で星の離宮に行ったり、突発的な「家出」をしたこと、結果的に学園に向かう馬車が襲われたことを追求しようとしたが、
「エル、ルル」
アシェルナオがそれを遮るように2人の名を呼んだ。
アシェルナオは俯いていた顔を上げたが、今度は逆にエルとルルの顔が俯く。
「2人に言われて、自分がどんなに恵まれて、贅沢なことをしているかわかった。テュコのことを思うと、解放して、僕のためじゃなくて国のために使える騎士になるのがいいと思った」
アシェルナオの言葉にエルとルルが少しだけ顔をあげる。
「でも、テュコがいなくなるのはいやだ。テュコは僕が1人でこの世界にきて初めてできた友達なんだ。1人で誰も知らない国にきて、心細かった。どこに帰っていいのかわからなくて、どこが自分の居場所なのかわからなくて、身の置き場がなかった僕にとって、テュコといるところが安心して『いていい場所』だった。今でもそうなんだ。今でもテュコは僕にとって大切な友達で侍従で騎士だから、だから解放してあげられない。ごめんなさい」
テュコの主人として、アシェルナオはエルとルルに頭を下げた。
「だって、ナオ様には王太子がいるじゃないか!」
「俺たちにテュコ先輩を返して!」
エルとルルの中では、テュコは今でも学園のカリスマであり、自分たちの救世主だった。
「返してと言われる筋合いはない。私がお前たちのものであったことは一度もないからな」
アシェルナオの後ろで仁王立ちで立つテュコが冷ややかに言い放つ。
「そんな……」
「テュコ先輩、侍従なんてもったいないですよ」
「何がもったいないんだ? 私の騎士としての資質があるなら、それはナオ様を護るために使う資質だ」
「でも……」
「なあ……」
納得できないエルとルルは2人で顔を見合わせる。
「私が初めてナオ様に会ったのは12歳の時だった。一目でナオ様が私の生涯お仕えすべき方だとわかった。ナオ様は今と同じ16歳で、私と同じ背丈で、なのに自分がお兄さんだから、と事あるごとに私を護ろうとしてくれた。私はなぜ自分が年下だろう、早く大きくなりたい、強くなりたい、侍従としてだけではなく騎士のようにナオ様を護りたいと願っていた。私の・・・私たちの無力でナオ様が目の前で凶刃に倒れた時、どれだけ悔しかったか。ナオ様を失って、誰かを護るための力がほしくて、学園の騎士科で精進した。強くなればなるほど、護る方のいない力など空しくなったが、今はこうしてナオ様を護る立場として側にいられる。騎士科で頑張ったねと言われた時にすべてが報われたと思った。12歳のあの頃に、ナオ様を生涯の主と定めたときの思いは、今もずっと同じだ」
語られる思いに、エルとルルは黙り込む。
テュコと同じ思いをしたヴァレリラルドは、テュコの気持ちが痛いほどわかった。
「ナオ様の侍従って偉そうだけど、年季をかけてそれだけの実力と覚悟を手にしていたわけか。ラルの愛も重いけど、テュコの愛も重いなぁ」
ウルリクが感慨深げに呟く。
「あの時の、ナオ様と同じくらいの年頃の子がテュコだったとは」
自分も大きく成長したためにその頃の面影はないが、可愛らしい外見から著しく背が伸びて立派な騎士としての佇まいを見せるテュコも当時の面影はないなぁ、とベルトルドも思いをめぐらせる。
「お前たちの境遇は知っているし、手を差し伸べたのは私だが、その後の人生は自分で切り開いていけと言ったはずだ。私のナオ様への一途な忠誠心も知らず、勝手に私を騎士にして国に仕えさせろと迫ってナオ様を追い詰めた罪は重い。ましてや危険な目に遭わせた。死んでお詫びしろ」
テュコの低い声が広い室内に響く。
「そんな……」
「俺たち……」
青ざめる双子に、
「テュコ、僕が勝手に」
アシェルナオは取りなそうと、後ろにいるテュコを振り向く。
「アシェルナオの優しさはわかった。ラル、アシェルナオを膝の上に乗せて捕獲してくれ」
シーグフリードがそう言うと、ヴァレリラルドは遠慮なくアシェルナオを膝の上に乗せた。
「捕獲」
耳元でヴァレリラルドに言われるとドキドキして、アシェルナオは大人しく捕獲される。
「うちのアシェルナオは優しいから許してしまうが、それで終わるわけにはいかない」
シーグフリードの声に、エルとルルは冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
部屋自体は広いのだが、中央に3人掛けの長椅子がテーブルを挟んで2脚。1人掛けの椅子もテーブルを挟んで2脚置いてあるだけのシンプルな部屋だった。
3人掛けの一方にはヴァレリラルドとシーグフリードが座っており、1人掛けの椅子にウルリクとベルトルドが。もう1つの3人掛けの長椅子にはエルとルルが座っていた。
エルは左頬が、ルルは右頬がひどく腫れているが、2人の姿を見てうつむいたアシェルナオはそれに気づいていなかった。
「アシェルナオ、おいで」
シーグフリードに呼ばれて、アシェルナオは俯いたまま歩を進め、ヴァレリラルドとシーグフリードのあいだに座る。
テュコは、アシェルナオを委縮させるほどひどい言い方をしたのだろうエルとルルを改めて見据える。
「エル、ルル」
シーグフリードが、まず双子の言葉でアシェルナオが心を乱して1人で星の離宮に行ったり、突発的な「家出」をしたこと、結果的に学園に向かう馬車が襲われたことを追求しようとしたが、
「エル、ルル」
アシェルナオがそれを遮るように2人の名を呼んだ。
アシェルナオは俯いていた顔を上げたが、今度は逆にエルとルルの顔が俯く。
「2人に言われて、自分がどんなに恵まれて、贅沢なことをしているかわかった。テュコのことを思うと、解放して、僕のためじゃなくて国のために使える騎士になるのがいいと思った」
アシェルナオの言葉にエルとルルが少しだけ顔をあげる。
「でも、テュコがいなくなるのはいやだ。テュコは僕が1人でこの世界にきて初めてできた友達なんだ。1人で誰も知らない国にきて、心細かった。どこに帰っていいのかわからなくて、どこが自分の居場所なのかわからなくて、身の置き場がなかった僕にとって、テュコといるところが安心して『いていい場所』だった。今でもそうなんだ。今でもテュコは僕にとって大切な友達で侍従で騎士だから、だから解放してあげられない。ごめんなさい」
テュコの主人として、アシェルナオはエルとルルに頭を下げた。
「だって、ナオ様には王太子がいるじゃないか!」
「俺たちにテュコ先輩を返して!」
エルとルルの中では、テュコは今でも学園のカリスマであり、自分たちの救世主だった。
「返してと言われる筋合いはない。私がお前たちのものであったことは一度もないからな」
アシェルナオの後ろで仁王立ちで立つテュコが冷ややかに言い放つ。
「そんな……」
「テュコ先輩、侍従なんてもったいないですよ」
「何がもったいないんだ? 私の騎士としての資質があるなら、それはナオ様を護るために使う資質だ」
「でも……」
「なあ……」
納得できないエルとルルは2人で顔を見合わせる。
「私が初めてナオ様に会ったのは12歳の時だった。一目でナオ様が私の生涯お仕えすべき方だとわかった。ナオ様は今と同じ16歳で、私と同じ背丈で、なのに自分がお兄さんだから、と事あるごとに私を護ろうとしてくれた。私はなぜ自分が年下だろう、早く大きくなりたい、強くなりたい、侍従としてだけではなく騎士のようにナオ様を護りたいと願っていた。私の・・・私たちの無力でナオ様が目の前で凶刃に倒れた時、どれだけ悔しかったか。ナオ様を失って、誰かを護るための力がほしくて、学園の騎士科で精進した。強くなればなるほど、護る方のいない力など空しくなったが、今はこうしてナオ様を護る立場として側にいられる。騎士科で頑張ったねと言われた時にすべてが報われたと思った。12歳のあの頃に、ナオ様を生涯の主と定めたときの思いは、今もずっと同じだ」
語られる思いに、エルとルルは黙り込む。
テュコと同じ思いをしたヴァレリラルドは、テュコの気持ちが痛いほどわかった。
「ナオ様の侍従って偉そうだけど、年季をかけてそれだけの実力と覚悟を手にしていたわけか。ラルの愛も重いけど、テュコの愛も重いなぁ」
ウルリクが感慨深げに呟く。
「あの時の、ナオ様と同じくらいの年頃の子がテュコだったとは」
自分も大きく成長したためにその頃の面影はないが、可愛らしい外見から著しく背が伸びて立派な騎士としての佇まいを見せるテュコも当時の面影はないなぁ、とベルトルドも思いをめぐらせる。
「お前たちの境遇は知っているし、手を差し伸べたのは私だが、その後の人生は自分で切り開いていけと言ったはずだ。私のナオ様への一途な忠誠心も知らず、勝手に私を騎士にして国に仕えさせろと迫ってナオ様を追い詰めた罪は重い。ましてや危険な目に遭わせた。死んでお詫びしろ」
テュコの低い声が広い室内に響く。
「そんな……」
「俺たち……」
青ざめる双子に、
「テュコ、僕が勝手に」
アシェルナオは取りなそうと、後ろにいるテュコを振り向く。
「アシェルナオの優しさはわかった。ラル、アシェルナオを膝の上に乗せて捕獲してくれ」
シーグフリードがそう言うと、ヴァレリラルドは遠慮なくアシェルナオを膝の上に乗せた。
「捕獲」
耳元でヴァレリラルドに言われるとドキドキして、アシェルナオは大人しく捕獲される。
「うちのアシェルナオは優しいから許してしまうが、それで終わるわけにはいかない」
シーグフリードの声に、エルとルルは冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
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