上 下
268 / 416
第3部

それが私の願いです

しおりを挟む
 テュコの憔悴した表情に、アシェルナオは激しく首を振る。

 「テュコ、大好き。シアンハウスで助けてくれた時からずっと、大好きだよ」

 迷いなく答えるアシェルナオに、テュコは、はぁぁぁ、と聞こえるくらい大きく息を吐き、そして愛しい主人を胸に抱く。

 「あなたから嫌われたならどうしようと、ずっと不安だったんですよ」

 「ごめんなさい……」

 自分の身勝手な行動でテュコにもアイナ達にも心配と不安を与えてしまったことに、アシェルナオは申し訳なく思った。

 「ナオ様。嫌いになったのではないのなら、なぜ私を置いて一人で離宮や学園に行ってしまったんです?」

 テュコはアシェルナオの体を離し、その顔を覗き込む。

 「テュコのことが好きだから……テュコを解放しないといけないけど、言えなかった。侍従を辞めて騎士になっていいよ、って言えなかった……」

 悲し気に涙を零すアシェルナオに、テュコは首をひねる。

 「解放? 騎士? どういうことです?」

 「……テュコは、騎士の資質があるから……騎士科の最優秀生徒だったから……僕が贅沢で、テュコを支配してるから……解放しないと……うぅぅ」

 こらえきれなくなって声を出して泣きじゃくるアシェルナオ。

 「騎士科の最優秀生徒にはなりましたけど、他がふがいなかっただけです。それに、私はいつ騎士になりたいと言いました? ナオ様が贅沢だから私を支配しているって、どういうことです?」

 「僕が、みんなに祝福されて婚約式をするから……」

 「知っていますよ。一応私も祝福していますよ。ナオ様の幸せが私の幸せですからね。それが何か?」

 仕方なさげに、だが根本では嘘偽りのない言葉をアシェルナオに向けるテュコ。

 「だって、僕の侍従じゃなかったら、テュコ、今頃第一騎士団の団長候補になってたのに……」

 「王立学園の頃は、他にすることがないから騎士科の授業に打ち込んでいただけですよ。アシェルナオになられたナオ様に会う前だったから、進路に第一騎士団を選んでいただけです。それに、私はナオ様に支配されて侍従をしているのではありません。私がナオ様の侍従になりたいと望んで側にいるんですよ。覚えていませんか? ナオ様の6歳の誕生日に、私が陛下と父上にナオ様の侍従にしてくださいと願ったことを」

 「なんとなく……覚えてる……。テュコ、本当に騎士にならなくていいの?」

 アシェルナオは目を見開いてテュコを見上げる。

 「私は、ナオ様の侍従としてずっと側にいます。そう誓ったことも忘れていましたか?」

 苦笑するテュコに、アシェルナオは首を振る。

 「覚えてる。テュコとアイナとドリーンは、ずっと一緒。これからも? ずっと一緒? いいの? いいの?」

 「いいですとも。それが私の願いです」

 「うぅ……よかったぁ……」

 ほっとして、気が緩んで、アシェルナオの瞳から新たな涙がこぼれ落ちる。

 昨日から泣いてばかりのアシェルナオだが、その涙は嬉しい涙で、綺麗な顔を涙で濡らしながらもどこか嬉しそうで、見ている者を微笑ましくさせるものだった。

 だが和んでばかりもいられず、

 「アシェルナオは、自分がテュコを支配してるから解放しないといけないと思って、でもそれが辛くてテュコから逃げていたんだね?」

 シーグフリードはアシェルナオが委縮しないように事情を確認する。

 「はい」
 
 アシェルナオは小さく頷いた。

 「では、誰がアシェルナオを贅沢だと言ったんだい? テュコを解放するように言ったのは誰なんだい?」

 シーグフリードに問われて、アシェルナオは首を振る。

 「アシェルナオ、もう隠し事はなしだよ? 馬車が襲われて、キナクが背中を斬られる大怪我をしている」

 「キナク、怪我をしているの?」

 シーグフリードに言われて、アシェルナオは応援に来た騎士たちに囲まれているキナクを見る。

 キナクはアシェルナオの視線に気づくと笑顔で手を振ってくれたが、その顔色は悪かった。

 「ナオ様を護るために5人の男を相手にしていたんですよ」

 テュコの言葉に、アシェルナオは改めて自分の軽率な行動を後悔した。

 「……エルと、ルル。2人は……テュコが好きだから、テュコを解放して、自分たちとの仲をとりもってほしい、って……」

 いろんな感情がないまぜになりながらアシェルナオが白状すると、テュコとシーグフリードは顔を見合わせた。

 5人の男たちを捕縛していたエルランデル騎士団の者たちも、動きを止めて、涙の乾かないアシェルナオを見つめる。

 「ほおぉぉぉぉぉっ」

 テュコは言葉にならない低いうなり声をあげ、怒りに胸を震わせる。

 「なるほど……」

 シーグフリードは、アシェルナオが悲嘆にくれた原因を知り、静かな怒りをたたえた顔で頷いた。

 
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...