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第3部
テュコは、騎士でいるべきだ
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エルとルルを魔法省に送迎していた時、キナクは何度か気配を感じていた。
いつもは魔法省に到着するまでの間、もしくはエルランデル公爵家に到着するまでの間に一ヶ所か二ヶ所。一ヶ所に2人くらいの気配を感じていた。
今朝は思いがけずアシェルナオが馬車に飛び込んで来たため、行き先が魔法省ではなく王立学園に変更になった。
だから待ち伏せはされないとたかをくくっていた自分に、キナクは心の中で舌打ちをした。
確かにアシェルナオに見惚れて、抱きしめたいとか、『私が護るよ』と囁きたいとか、護りてぇぇぇとは思ったが、決して油断していたわけではない。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、アシェルナオに気をとられていただけだ。
なのに、気が付いたときには背後に複数の気配があった。気配をさぐって、4人か5人だとキナクは見当をつける。
相手にもよるが、それくらいならなんとかなるだろうとキナクは踏んだ。なんとかならなくてもやるしかないのだ。なぜなら、アシェルナオに『死なないで』と言われたから。だからやるしかないのだ。
包囲されて馬車を止められるのは分が悪いと判断したキナクは、
「止めろ! 止めたら御者台の下か馬車の下にもぐって隠れてろ!」
通話口から御者に叫ぶ。
「アシェルナオ様、私が外に出たら内側から鍵をかけて、体を低くして待っていてください」
アシェルナオにも指示を出すと、アシェルナオは突然すぎて固まった表情で小さく頷いた。
エルランデル公爵家の宝だと言われる、綺麗で可愛くて素直なアシェルナオを護るためになら、約束には反するかもしれないが死んでもいいと、キナクは決意した。
馬車が止まり、車体が反動で傾く。
同時にキナクは扉を開けて外に飛び出した。
馬で追ってきたのは5人の男たちだった。
ちっ。多い方で当たっちまったか、と心の中で呟きながら、キナクは先頭をきって馬を降りて向かってきた若い男を、その剣が振り下ろされる前に袈裟懸けに斬り捨てる。
キナクの剣先がまだ下の位置にあるうちに続けざまに次の男が斬りかかってきて、キナクは男の剣筋を避けながら左腹部から右肩に向かって斬り上げる。
剣が男の肋骨を砕いていく衝撃がキナクの高揚感を上げていく。が、それも、一番大柄な男が体格に相応しい大型の剣の、頑強な柄頭を馬車の扉に打ち付ける音で消え去る。
大柄の男を止めさせようとしたが、残る2人が同時に斬りかかってきて、キナクは馬車に近づくことができなかった。
何度か柄頭を打ち付け、最後は足で扉を蹴破って大柄の男が馬車の中に乗り込む。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ」
アシェルナオの悲鳴に、キナクは2人を相手にしながらも馬車に近づくと、片手で大柄の男の背中を掴み、ひきずり降ろす。
一瞬隙が出来たキナクの背中に激痛が走る。
それでも気魄で3人に向き合うが、キナクは絶体絶命の状況に陥った。
「俺が死んでも泣かないでくださいよ、アシェルナオ様。約束しましたからね」
死ぬつもりはないが、そのリスクは最大に高まり、キナクは声に出して呟く。
3人同時に斬りかかってくるのを、キナクはたくみに身を躱しながら素早い動きで華麗に、だが力強く次々に剣を合わせていく。
貴族の生まれではないため魔法は使えないが、剣術ならばエルランデル騎士団でも一、二の実力者であるキナクだった。
そのキナクの視界の隅で、アシェルナオの体が馬車から落ちるのが見えた。
「嘘ぉぉぉっ。俺、死なないように頑張ってるじゃん! 何やってるんですか!」
この状況ではアシェルナオに駆けよることもできず、最低最悪の状況にさすがのキナクもパニックになった。
ジンメルからエルとルルを送迎する馬車がいないという報告を受けて、テュコとシーグフリードが馬車寄せに駆けつけると、確かに黒塗りの、幾分防御に劣る馬車がいなかった。
かわりにアシェルナオがいつも使用する馬車が残されたままで、すべてを察したテュコは指笛を吹く。
「1人で学園に行ったのか? エルとルル用の馬車で?」
自問するシーグフリードの背中から、
「アシェルナオ様がいらっしゃらないとコーバスから聞きました。お1人で学園に行かれたのでしょうか。どうやって……」
デュルフェルが息を切らせて駆けつける。
「ジンメル、追跡部隊を編成してすぐに後を追ってくれ。テュコ、私たちはアシェルナオの馬車で」
追いかけよう。
そう言おうとしてシーグフリードが振り向いた先にテュコの姿はなかった。
ジンメルはシーグフリードに了承の敬礼をしようとした時、すぐ横を風が通り過ぎて行くのを感じた。が、風の原因を知ると驚愕した。
ジンメルが身構える間もなく、テュコはジンメルの腰に吊るした剣を奪っていた。
愕然とするジンメルとシーグフリードに、
「先に行きます」
そう言うとテュコは、剣を片手に、指笛で呼んだ愛馬のマルテンに乗って颯爽と駆け出して行った。
テュコは1人で馬を駆り、アシェルナオの乗った馬車を追いかけた。
貴族街を抜けて平民街を抜け、そろそろ林、というところで前方にエルランデル公爵家の黒塗りの馬車が襲われているのを見つけた。
キナクが3人の男を相手に剣を交えており、近くには2人の男が血を流して倒れていた。
そのキナクも背中を斬られていて苦戦しているようだった。
背中を斬られながらもなんとか踏ん張れているのは、ひぃとちゃー、ぐりが支援しているからだったが、キナクにもテュコにもその頑張りは見えなかった。
だが、馬車の脇にアシェルナオが倒れているのを見つけると、テュコの心臓が跳ね上がる。
「ナオ様!」
テュコ、はマルテンを駆けさせながら片方の鐙に体重を移動させ、ひらりと飛び降りた。
息苦しさと頭痛で意識が朦朧としているアシェルナオは、霞んだ視界の中でテュコが馬から降りるのを見ていた。
手にした騎士用の長剣であっという間に男たちを斬り倒していくテュコは、天性の騎士だった。
テュコは、騎士でいるべきだ……。
胸に痛みを感じながら、アシェルナオは意識を手放した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
小繁忙期から大繁忙期に入りました。
毎日5時半起きで、眠さに負けて更新ができないことも出てくると思います。
すみません。
マヌカハニー! おらに力を!
いつもは魔法省に到着するまでの間、もしくはエルランデル公爵家に到着するまでの間に一ヶ所か二ヶ所。一ヶ所に2人くらいの気配を感じていた。
今朝は思いがけずアシェルナオが馬車に飛び込んで来たため、行き先が魔法省ではなく王立学園に変更になった。
だから待ち伏せはされないとたかをくくっていた自分に、キナクは心の中で舌打ちをした。
確かにアシェルナオに見惚れて、抱きしめたいとか、『私が護るよ』と囁きたいとか、護りてぇぇぇとは思ったが、決して油断していたわけではない。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、アシェルナオに気をとられていただけだ。
なのに、気が付いたときには背後に複数の気配があった。気配をさぐって、4人か5人だとキナクは見当をつける。
相手にもよるが、それくらいならなんとかなるだろうとキナクは踏んだ。なんとかならなくてもやるしかないのだ。なぜなら、アシェルナオに『死なないで』と言われたから。だからやるしかないのだ。
包囲されて馬車を止められるのは分が悪いと判断したキナクは、
「止めろ! 止めたら御者台の下か馬車の下にもぐって隠れてろ!」
通話口から御者に叫ぶ。
「アシェルナオ様、私が外に出たら内側から鍵をかけて、体を低くして待っていてください」
アシェルナオにも指示を出すと、アシェルナオは突然すぎて固まった表情で小さく頷いた。
エルランデル公爵家の宝だと言われる、綺麗で可愛くて素直なアシェルナオを護るためになら、約束には反するかもしれないが死んでもいいと、キナクは決意した。
馬車が止まり、車体が反動で傾く。
同時にキナクは扉を開けて外に飛び出した。
馬で追ってきたのは5人の男たちだった。
ちっ。多い方で当たっちまったか、と心の中で呟きながら、キナクは先頭をきって馬を降りて向かってきた若い男を、その剣が振り下ろされる前に袈裟懸けに斬り捨てる。
キナクの剣先がまだ下の位置にあるうちに続けざまに次の男が斬りかかってきて、キナクは男の剣筋を避けながら左腹部から右肩に向かって斬り上げる。
剣が男の肋骨を砕いていく衝撃がキナクの高揚感を上げていく。が、それも、一番大柄な男が体格に相応しい大型の剣の、頑強な柄頭を馬車の扉に打ち付ける音で消え去る。
大柄の男を止めさせようとしたが、残る2人が同時に斬りかかってきて、キナクは馬車に近づくことができなかった。
何度か柄頭を打ち付け、最後は足で扉を蹴破って大柄の男が馬車の中に乗り込む。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ」
アシェルナオの悲鳴に、キナクは2人を相手にしながらも馬車に近づくと、片手で大柄の男の背中を掴み、ひきずり降ろす。
一瞬隙が出来たキナクの背中に激痛が走る。
それでも気魄で3人に向き合うが、キナクは絶体絶命の状況に陥った。
「俺が死んでも泣かないでくださいよ、アシェルナオ様。約束しましたからね」
死ぬつもりはないが、そのリスクは最大に高まり、キナクは声に出して呟く。
3人同時に斬りかかってくるのを、キナクはたくみに身を躱しながら素早い動きで華麗に、だが力強く次々に剣を合わせていく。
貴族の生まれではないため魔法は使えないが、剣術ならばエルランデル騎士団でも一、二の実力者であるキナクだった。
そのキナクの視界の隅で、アシェルナオの体が馬車から落ちるのが見えた。
「嘘ぉぉぉっ。俺、死なないように頑張ってるじゃん! 何やってるんですか!」
この状況ではアシェルナオに駆けよることもできず、最低最悪の状況にさすがのキナクもパニックになった。
ジンメルからエルとルルを送迎する馬車がいないという報告を受けて、テュコとシーグフリードが馬車寄せに駆けつけると、確かに黒塗りの、幾分防御に劣る馬車がいなかった。
かわりにアシェルナオがいつも使用する馬車が残されたままで、すべてを察したテュコは指笛を吹く。
「1人で学園に行ったのか? エルとルル用の馬車で?」
自問するシーグフリードの背中から、
「アシェルナオ様がいらっしゃらないとコーバスから聞きました。お1人で学園に行かれたのでしょうか。どうやって……」
デュルフェルが息を切らせて駆けつける。
「ジンメル、追跡部隊を編成してすぐに後を追ってくれ。テュコ、私たちはアシェルナオの馬車で」
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ジンメルはシーグフリードに了承の敬礼をしようとした時、すぐ横を風が通り過ぎて行くのを感じた。が、風の原因を知ると驚愕した。
ジンメルが身構える間もなく、テュコはジンメルの腰に吊るした剣を奪っていた。
愕然とするジンメルとシーグフリードに、
「先に行きます」
そう言うとテュコは、剣を片手に、指笛で呼んだ愛馬のマルテンに乗って颯爽と駆け出して行った。
テュコは1人で馬を駆り、アシェルナオの乗った馬車を追いかけた。
貴族街を抜けて平民街を抜け、そろそろ林、というところで前方にエルランデル公爵家の黒塗りの馬車が襲われているのを見つけた。
キナクが3人の男を相手に剣を交えており、近くには2人の男が血を流して倒れていた。
そのキナクも背中を斬られていて苦戦しているようだった。
背中を斬られながらもなんとか踏ん張れているのは、ひぃとちゃー、ぐりが支援しているからだったが、キナクにもテュコにもその頑張りは見えなかった。
だが、馬車の脇にアシェルナオが倒れているのを見つけると、テュコの心臓が跳ね上がる。
「ナオ様!」
テュコ、はマルテンを駆けさせながら片方の鐙に体重を移動させ、ひらりと飛び降りた。
息苦しさと頭痛で意識が朦朧としているアシェルナオは、霞んだ視界の中でテュコが馬から降りるのを見ていた。
手にした騎士用の長剣であっという間に男たちを斬り倒していくテュコは、天性の騎士だった。
テュコは、騎士でいるべきだ……。
胸に痛みを感じながら、アシェルナオは意識を手放した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
小繁忙期から大繁忙期に入りました。
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