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第3部
兄小姑問題
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「今日は静かでしたね」
カロラはシーグフリードの机の横のサイドテーブルに紅茶のカップを置いた。
今朝から視察に出かけているヴァレリラルドにウルリクとベルトルドが帯同しているため、マロシュもいない執務室にはシーグフリードと文官しかいない。
そろそろ日が傾く時間ということもあり、執務室内には穏やかな時間が流れていた。
「ああ。ラルの視察も問題なさそうだし、こっちも何事もなく今日の執務が終わりそうだ。私もそろそろ帰るよ。カロラも、もうあがってくれ」
「ありがとうございます」
カロラが一礼した時、扉がノックされた。
ナルスが扉を開けると、すぐに扉が大きく開かれてダリミルが入室してきた。
「シーグフリード様、すぐにおいでください」
相手の都合を聞かずに用件を伝えるダリミルに、尋常ではない事態だと判断したシーグフリードはすぐに席を立ってダリミルの後に続いた。
『ナオ、よしよしねー』
『ナオ、元気出してー』
『ナオが泣いてるとかなしいー』
『ナオをいじめるやつ、きらいー』
『ナオをいじめるやつにしかえしするー』
精霊たちがアシェルナオの周りで口々に慰めていると、玄関ポーチが騒がしくなった。
「邪魔をするぞ」
星の離宮に配属されている衛兵が止める間もなく、アネシュカは星の離宮の玄関ポーチを開け放っていた。
そのまま、使用人が取り次ぐのを待たずにずんずんと離宮の中に進んでいくアネシュカとフランカ、ヘルディナは、やがてサロンの床に長い黒髪を広げて座り込む小さな背中を見つけた。
「ナオ! 会いたかった」
大声で名前を呼ばれ、アシェルナオは驚いて振り向く。
「アネちゃん……」
アシェルナオはうさうさを抱いて、涙目でアネシュカを見上げた。
「うっ」
アネシュカはその可愛さに胸を射抜かれて思わずふらつく。
「殿下」
「お気を確かに」
フランカとヘルディナが体を支えようとするが、アネシュカはそれを振り払ってアシェルナオに駆け寄る。
「ナオ、どうした? 悲しいことがあったのか? それとも誰かに泣かされたのか? それが兄上なら、兄上をやめて私の嫁にならないか?」
アシェルナオの肩を抱きながらプロポーズするアネシュカは、ほれぼれするほど男前だった。
「だめですよ、王女殿下。本当はどこにも嫁に出したくないんです」
プロポーズを阻止したのはダリミルを伴ったシーグフリードだった。
「兄様……」
兄の登場に、アシェルナオの瞳からまた涙が零れ落ちる。
「どうしたんだ、アシェルナオ。何があった?」
「言えません……。でも、僕のせいです」
ううっ、と嗚咽をもらして泣くアシェルナオに手をのばして、シーグフリードはその体を抱きしめる。
今朝一緒に朝食を摂った時には変わった様子のなかったアシェルナオが、なぜこんなに悲しそうにしているのかシーグフリードにはわからなかったが、
「大丈夫。アシェルナオは悪くないよ。兄様が一番よく知ってる」
小さな背中を撫でながら、優しく声をかけた。
シーグフリードは、洗礼式を10歳で受ける自分がふがいない。こんな子供でごめんなさい。そう言って泣いていたアシェルナオの姿を思い出していた。
今回もまた、アシェルナオは自分のせいではない何かを胸に抱えて、自分のせいだと思って泣いているのだろうと思った。
「兄様……」
「みんな心配してるよ、アシェルナオ。兄様と一緒に帰ろう?」
「いやです。帰りません」
アシェルナオは、うさうさをぎゅっと抱きしめて首を振る。
「テュコと喧嘩でもしたのかい?」
「してません。でも、帰れません」
俯いて、さらに首を振るアシェルナオに、
「じゃあ、今日は兄様の部屋にお泊りにおいで? 兄様の部屋で一緒に食事しよう? 兄様の侍従やメイドたちも優秀なんだよ? そして眠くなるまでおしゃべりしよう。楽しそうだと思わないかい?」
シーグフリードは遊びの提案をするような口調で言った。
「楽しそうです……。帰ります」
ぽろぽろ涙を零しながら頷くアシェルナオの頭に手をのせて、いい子だ、と撫でる。
「シーグフリード様、これを。ナオ様の愛らしさを隠すものは私には許せませんが、こんな時のために不承不承用意しておりました」
ダリミルがフードのついた白いローブを差し出す。
「ありがとう、ダリミル。さあ、アシェルナオ。雪うさぎさんをケージに入れて、アネシュカ殿下にご挨拶して帰ろう」
「はい。うさうさ、またね。アネちゃんもまたね」
うさうさをケージに戻し、アネシュカに手を振るアシェルナオに、シーグフリードがローブを着せ、顔が見えなくなるほど深くフードをかぶせる。
「シーグフリードは子供の扱いがうまいな」
「兄とはこんなものですよ。では、アネシュカ殿下。ごきげんよう」
感心するアネシュカに一礼して、シーグフリードはアシェルナオの手を引いて星の離宮を後にした。
「アシェルナオ、やっぱり嫁にほしい……」
可愛さを思い出して、ほぅっとため息を吐くアネシュカ。
「アネシュカ殿下は王太子殿下と好みが似ていらっしゃいますものね」
苦笑するヘルディナだった。
カロラはシーグフリードの机の横のサイドテーブルに紅茶のカップを置いた。
今朝から視察に出かけているヴァレリラルドにウルリクとベルトルドが帯同しているため、マロシュもいない執務室にはシーグフリードと文官しかいない。
そろそろ日が傾く時間ということもあり、執務室内には穏やかな時間が流れていた。
「ああ。ラルの視察も問題なさそうだし、こっちも何事もなく今日の執務が終わりそうだ。私もそろそろ帰るよ。カロラも、もうあがってくれ」
「ありがとうございます」
カロラが一礼した時、扉がノックされた。
ナルスが扉を開けると、すぐに扉が大きく開かれてダリミルが入室してきた。
「シーグフリード様、すぐにおいでください」
相手の都合を聞かずに用件を伝えるダリミルに、尋常ではない事態だと判断したシーグフリードはすぐに席を立ってダリミルの後に続いた。
『ナオ、よしよしねー』
『ナオ、元気出してー』
『ナオが泣いてるとかなしいー』
『ナオをいじめるやつ、きらいー』
『ナオをいじめるやつにしかえしするー』
精霊たちがアシェルナオの周りで口々に慰めていると、玄関ポーチが騒がしくなった。
「邪魔をするぞ」
星の離宮に配属されている衛兵が止める間もなく、アネシュカは星の離宮の玄関ポーチを開け放っていた。
そのまま、使用人が取り次ぐのを待たずにずんずんと離宮の中に進んでいくアネシュカとフランカ、ヘルディナは、やがてサロンの床に長い黒髪を広げて座り込む小さな背中を見つけた。
「ナオ! 会いたかった」
大声で名前を呼ばれ、アシェルナオは驚いて振り向く。
「アネちゃん……」
アシェルナオはうさうさを抱いて、涙目でアネシュカを見上げた。
「うっ」
アネシュカはその可愛さに胸を射抜かれて思わずふらつく。
「殿下」
「お気を確かに」
フランカとヘルディナが体を支えようとするが、アネシュカはそれを振り払ってアシェルナオに駆け寄る。
「ナオ、どうした? 悲しいことがあったのか? それとも誰かに泣かされたのか? それが兄上なら、兄上をやめて私の嫁にならないか?」
アシェルナオの肩を抱きながらプロポーズするアネシュカは、ほれぼれするほど男前だった。
「だめですよ、王女殿下。本当はどこにも嫁に出したくないんです」
プロポーズを阻止したのはダリミルを伴ったシーグフリードだった。
「兄様……」
兄の登場に、アシェルナオの瞳からまた涙が零れ落ちる。
「どうしたんだ、アシェルナオ。何があった?」
「言えません……。でも、僕のせいです」
ううっ、と嗚咽をもらして泣くアシェルナオに手をのばして、シーグフリードはその体を抱きしめる。
今朝一緒に朝食を摂った時には変わった様子のなかったアシェルナオが、なぜこんなに悲しそうにしているのかシーグフリードにはわからなかったが、
「大丈夫。アシェルナオは悪くないよ。兄様が一番よく知ってる」
小さな背中を撫でながら、優しく声をかけた。
シーグフリードは、洗礼式を10歳で受ける自分がふがいない。こんな子供でごめんなさい。そう言って泣いていたアシェルナオの姿を思い出していた。
今回もまた、アシェルナオは自分のせいではない何かを胸に抱えて、自分のせいだと思って泣いているのだろうと思った。
「兄様……」
「みんな心配してるよ、アシェルナオ。兄様と一緒に帰ろう?」
「いやです。帰りません」
アシェルナオは、うさうさをぎゅっと抱きしめて首を振る。
「テュコと喧嘩でもしたのかい?」
「してません。でも、帰れません」
俯いて、さらに首を振るアシェルナオに、
「じゃあ、今日は兄様の部屋にお泊りにおいで? 兄様の部屋で一緒に食事しよう? 兄様の侍従やメイドたちも優秀なんだよ? そして眠くなるまでおしゃべりしよう。楽しそうだと思わないかい?」
シーグフリードは遊びの提案をするような口調で言った。
「楽しそうです……。帰ります」
ぽろぽろ涙を零しながら頷くアシェルナオの頭に手をのせて、いい子だ、と撫でる。
「シーグフリード様、これを。ナオ様の愛らしさを隠すものは私には許せませんが、こんな時のために不承不承用意しておりました」
ダリミルがフードのついた白いローブを差し出す。
「ありがとう、ダリミル。さあ、アシェルナオ。雪うさぎさんをケージに入れて、アネシュカ殿下にご挨拶して帰ろう」
「はい。うさうさ、またね。アネちゃんもまたね」
うさうさをケージに戻し、アネシュカに手を振るアシェルナオに、シーグフリードがローブを着せ、顔が見えなくなるほど深くフードをかぶせる。
「シーグフリードは子供の扱いがうまいな」
「兄とはこんなものですよ。では、アネシュカ殿下。ごきげんよう」
感心するアネシュカに一礼して、シーグフリードはアシェルナオの手を引いて星の離宮を後にした。
「アシェルナオ、やっぱり嫁にほしい……」
可愛さを思い出して、ほぅっとため息を吐くアネシュカ。
「アネシュカ殿下は王太子殿下と好みが似ていらっしゃいますものね」
苦笑するヘルディナだった。
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