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第3部

父舅問題

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 サミュエルもオルドジフも、16歳になったアシェルナオを見て昔を思い出し、感涙にむせんでいる。

 アシェルナオは自分が何かしたのだろうかと不安になって、隣に座るヴァレリラルドを見た。

 「心配いらないよ。みんなは今、ナオの成長する姿を見ていくことができる幸せをかみしめているところだ」

 ヴァレリラルドはアシェルナオの手を握る。

 「そうなんだ。前は16歳で死んじゃったからね」

 そのことに後悔のないアシェルナオは、ヴァレリラルドの手を握り返して、てへ、という感じで可愛く微笑む。

 「16歳になったナオ様は、精霊の泉に現れたのと同じ年になりました。これからのナオ様がどんなふうに成長されていくのか。想像すると感慨深いです」

 シルヴマルク王国に来たばかりで寝台にこもることが多かった梛央に、『あーん』をしたことを思い出したサミュエルが目頭を押さえる。

 「おっさん、年を取って涙もろくなっちまったなぁ。まだ耄碌してもらったら困るぜ」

 「そうですよ。私たちはナオ様の成長を今度こそ見届けないと。サミュエル殿も、まだまだ現役でお願いしますよ」

 ケイレブとサリアンに言われ、

 「当たり前だ。まだまだうちの騎士団の連中には負けん」

 涙もろくはなったが、まだ耄碌にはほど遠いぞ、とサミュエルが睨みをきかせる。

 「ナオ、誕生日おめでとう。私たちは本当に、ナオがこれからどんな大人になっていくか、どこまで綺麗になるのか、それをそばで見ることができるのが嬉しいんだよ」

 オルドジフの顔がいつにもまして怖い顔になっているのは、溢れる温かい感情を抑えようとしているからだと知ってるアシェルナオは、席立つとその前に進み出た。

 「僕も、これから1つずつ年を取るところをみんなにみてもらえるのが嬉しいよ。これからもずっと見ていてね、ドーさん」

 「もちろんだとも」

 オルドジフは両手を広げるアシェルナオの腰をつかみ、自分の膝の上に座らせる。 

 「ドーさんの抱っこ、久しぶりだね」

 「初めてナオを抱っこしたときのことを思い出すよ」

 近距離で見つめあい、嬉しそうに笑みを浮かべる2人。

 「アシェルナオ、父様はちょっと嫉妬してしまうよ。父様のお膝にもおいで」

 その仲睦まじさに、オリヴェルはアシェルナオを手招きする。

 「ドーさんは特別だもん。ねぇ」

 飛竜に攫われた梛央をソーメルスの砦で救出しただけではなく、心の闇からも献身的な看病で救い出してくれたオルドジフに、アシェルナオは心からの信頼を寄せていた。

 「ああ」

 初めて会った梛央に父親の愛情を求められたオルドジフもまた、実の父親の気持ちでアシェルナオに接していた。

 「兄上とナオ様の絆に、私とロザーリエは入れませんね」

 一人娘のロザーリエも5歳になり、さらに落ち着きを増したフォルシウスが苦笑する。

 「フォルとロザーリエなら入れる。クランツは入れなくても入ってくるだろう」

 オルドジフなりの義理の弟への愛情に、アシェルナオも苦笑した。

 「ナオ、ちょっとこっちに来てくれないか?」

 ベルンハルドに手招きされ、アシェルナオはオルドジフのお膝から降りて素直にその前に立つ。

 「なに? ベルっち」

 「大事な話があるから、おいで」

 そういうとベルンハルドはアシェルナオを自分の膝の上に乗せた。

 「大事な話だと膝の上に乗るの?」

 膝に座らせられたまま、ベルンハルドを見上げるアシェルナオ。

 「父上、私のナオに何を」

 「陛下、うちの子に何を」

 「怒るな、ヴァレリラルド。オリヴェル。ナオとヴァレリラルドが結婚したら、ナオは私の子供になるんだぞ?」

 「ベルっちがお父さん……。じゃなくて、お舅さん? ん?」

 「ナオ。婚約して3年。そろそろ婚約者を公表しろと周りがうるさくなってきた。特にエンゲルブレクトがな。それに、年が明ければヴァレリラルドも25歳になる。婚約の進捗を心配する年齢になってきたのは間違いないんだ。だから、ナオ。デビュタントが終わったらヴァレリラルドと婚約式をしてくれないか? そしたらエンゲルブレクトもエクルンド公国の公女か公子と結婚すると言っている」

 エンゲルブレクトの名に、アシェルナオの顔が青ざめる。

 「ナオ、嫌ならしなくていいんだよ」

 顔色が悪くなるアシェルナオに、本当はそれを望んでいないのではないかと、オリヴェルが声をかける。

 「陛下、兄弟げんかにナオ様の婚約式を絡めないでください」

 テュコが冷ややかに告げる。

 「したくないなら無理にとは言わないよ、ナオ」

 自分と婚約式をすることが嫌なのかと不安にかられるヴァレリラルドだが、それを感じさせない柔らかい響きでアシェルナオの名を呼ぶ。

 「ううん……。僕も婚約式、したい」

 エンゲルブレクトの名を聞くと心がざわつくアシェルナオは、婚約式をすることでエンゲルブレクトが誰かと結婚するのならしたいと思った。

 「嬉しいよ、ナオ。でも、本当に大丈夫?」

 「うん。ヴァルと結婚するのは僕だもの。ヴァルが他の人と婚約式とか結婚式とかするの、いやだもの」

 アシェルナオの言葉に歓喜して、

 「ナオ!」

 父の膝から奪って、ヴァレリラルドは愛しい婚約者をきつく抱きしめる。

 ピッ。

 強めに笛を吹いてから、

 「ナオ様が殿下の婚約者だと公表すれば、学園生活が送りにくくなりませんか?」

 テュコは懸念事項を口にした。

 「むしろ、王太子の婚約者に告白する者はいないし、警護がしやすくなるそうだ」

 「そういうことなら……」

 シーグフリードに言われて、不満は残るもののテュコは口をつぐむ。

 「学園生活が送りにくくなったら、その時はすぐに結婚しようか」

 「えぇ……それもいやじゃないけど……」

 はにかむアシェルナオ。

 「大変。年が明けてすぐなら、アルテアンに急いで衣装を作らせないと。まだいるかしら?」

 決まったことならば、公爵家として最高のものを準備させたいとパウラがテュコに尋ねる。

 「おそらく帰ったと思います。明日出直させます」

 「ええ、そうして」

 「婚約式だから、ナオの衣装はこの服と同じ、私の瞳の色だよ。私はナオの瞳の色の黒い服を着る」

 嬉しそうにアシェルナオの服に触れるヴァレリラルド。

 「ラルはもともと黒い服ばかり着ているから、代わり映えしないな」

 シーグフリードに言われてヴァレリラルドは悠然と微笑む。

 「私はずっとナオ一筋だからな。やっとそれが叶うってことだ」

 「ヴァル、あのね……。僕、婚約式にリクエストがあるんだ」

 微笑むヴァレリラルドを見上げながら、アシェルナオは一つの願いを口にした。
 
 
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