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第3部
よろしくたの……よろしくお願いします
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アレクサンデション兄弟の略取に失敗したアグレル、ブラード、カッセル、ヘディーンの4人は、なんとか追っ手を撒くと、あらかじめ潜入者に用意してもらっていた、王都の城郭内にある一軒家に身を潜めていた。
「まさか邪魔が入るなんて」
「一体、いつから尾けられていたんでしょうか」
ウジェーヌ公子の初恋を隠れ蓑にしているとはいえ、他国で事を起こすということが、どれだけの大罪なのか。
わかっていたからこそ潜入者との接触も、アレクサンデション兄弟との接触も、最大の注意を払っていたつもりだった。
それが、いざ略取、という段階でピンポイントのタイミングで妨害されたことにショックを隠せないブラードとカッセルだった。
「おそらく、シルヴマルク王国に入ってからずっと尾けられていたんだろう。思えば辺境伯領での入国手続きの際の騎士たちの目が厳しかった」
苦々しく吐き捨てるアグレル。
「計画が白紙に戻りましたね。これから警戒が厳しくなるはずですが、今後の手はずは?」
若いへディーンは、後戻りができなくなったことを理解して前向きだった。
「自分たちが狙われているとわかった以上、アレクサンデション兄弟は家には戻らないだろう。勤め先である魔法省を見張って、新たな新居を突き止めるんだ」
「しかし我らの顔は知られています」
「潜入者に調べてもらおう。それまでは我らはここで身を隠すしかない」
アグレル、ブラード、カッセル、ヘディーンの4人の重苦しい空気に室内が満たされた時、
「公子は来られていますか!」
玄関のドアが開き、エイセルの声が響く。
へディーンが席を立ち、ドアを開けて玄関を覗いた。
「エイセル、どうした?」
「公子がいなくなった」
蒼白な顔のエイセルの腕を掴み、へディーンがみんなのいる室内に引き入れる。
「公子を見失ったのか!」
エイセルの声が聞こえていたアグレルが怒声をあげる。
「すみません。精霊神殿で1人で祈りたいと言われ、少しだけ目を離した隙に……」
「ばかか! 公子を捜すんだ!」
「しかし私たちは顔を見られています。今頃は騎士団の者たちが警戒しているでしょう」
アグレルの命令を、ブラードが否定する。
「そうです。私が公子を捜しに外に出てすぐに、騎士が2人追いかけてきたのです。馬での追跡でなかったために撒くことに成功しましたが、私たちはすでにこの国の騎士に包囲されています」
エイセルが言うと、
「そっちもか。我らもアレクサンデション兄弟を攫う際に妨害された。追跡されたが、なんどか振り切ってここにたどり着いたのだ」
カッセルが自分たちの顛末を簡潔に伝えた。
「だが、肝心の公子の所在がわからないとは……」
「なぜだ。なぜ公子が姿を消すんだ……」
「最初から公子は我らと別行動をするつもりだったのか?」
「公子の捜索もしばらくは潜入者にまかせる。こんな時に自由に動けないとは……。シルヴマルク王国の騎士団がここまで優秀だとは思わなかった」
エクルンド公国の者たちは、みな頭を抱えた。
「あの……。どうして見逃してくれたんだ?」
祭壇の後ろに隠れていたウジェーヌは、エイセルが出て行ってすぐに飛び込んできた第二騎士団のニスーとアーベントロート騎士団のライマーという騎士たちが、チドの話を聞いて精霊神殿から飛び出していくと、おずおずと姿を現した。
ウジェーヌは、自分たちのことを騎士たちが見張っていたことにも驚いたが、辺境伯領から追われていたことにも驚いた。
だが一番驚いたのは、チドが、おそらく自分が精霊神殿をまだ出て行ってはいないことを知っていて、エイセルにも騎士団の男たちにも知らせなかったことだった。
精霊神殿に仕える者は国に仕えているのと同じで、なのに異国人の自分を庇ってくれたことが信じられなかった。
「私は、あなたが通用口から出て行ったと勘違いしていただけですよ」
チドは穏やかに答える。
小柄で年配のチドが神官だけではない尊い存在に思えて、
「……私は、初めて好きになった人に会いたいだけだったんだ。でも、それを許してくれたと思っていた父上が、実は私をだしにして護衛の者たちにエルとルルを無理にでも自国に連れてこさせる算段をしていたと知って……。こんな状況でエルとルルに会うと、2人に迷惑がかかると思って、逃げるしかないと思った」
ウジェーヌは自然と、抱えていた胸の内を吐露していた。
昨夜、部屋を抜け出したエイセルのあとを追ったウジェーヌは、アグレルたちの部屋の前で聞こえきた護衛たちの話を耳にしていた。
我儘を聞いてもらって申し訳ないと思っていたのに、自分の思いが二の次にされていたことにウジェーヌは傷ついていた。同時に、自分のせいでエルとルルに迷惑がかかってはいけないとも思ったウジェーヌは、隙を見てエイセルを撒いて、どこかに身を潜めようと考えていた。
お祈りがしたい。
そう申し出たことで運よく1人になる機会を得たウジェーヌだったが、末の公子として甘やかされ、周りを護衛騎士だちで固められてきた生い立ちから、いざ1人で街に飛び出そうとしても、実行する勇気がなかなか出なかった。
そうこうするうちにエイセルが部屋から出てくる気配がして、慌てて祭壇の裏に身を潜めたのだった。
「私がもしあなた様を助けたのだとしたら、きっとそれはあなた様の心に悪いものがなかったと感じたからでしょう。行くあてが決まっていないのなら、しばらく神官見習いとしてここに身を寄せてはどうですか?」
「しかし私は追われているようだ」
ウジェーヌは悲し気に首を振った。
「神官がかぶる帽子で髪の毛の色を隠せばそうそうわかりませんよ。外を出歩かないようにしていたら、見つかることもないでしょう」
チドは励ますようにウジェーヌの手を取る。
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
温かな手のぬくもりを感じながら、ウジェーヌは首を傾げた。
「あなたは異国から来られて、女神に祈りたいとおっしゃられました。女神に仕える者として、かわりに手助けをするのが神官としての務めです」
チドの言葉がまっすぐにウジェーヌの心に降り注ぐ。
「ありがとう。私はエルとルルに迷惑がかからないように、しばらく身を隠したい。よろしくたの……よろしくお願いします」
そう言って深く頭を下げるウジェーヌだった。
「まさか邪魔が入るなんて」
「一体、いつから尾けられていたんでしょうか」
ウジェーヌ公子の初恋を隠れ蓑にしているとはいえ、他国で事を起こすということが、どれだけの大罪なのか。
わかっていたからこそ潜入者との接触も、アレクサンデション兄弟との接触も、最大の注意を払っていたつもりだった。
それが、いざ略取、という段階でピンポイントのタイミングで妨害されたことにショックを隠せないブラードとカッセルだった。
「おそらく、シルヴマルク王国に入ってからずっと尾けられていたんだろう。思えば辺境伯領での入国手続きの際の騎士たちの目が厳しかった」
苦々しく吐き捨てるアグレル。
「計画が白紙に戻りましたね。これから警戒が厳しくなるはずですが、今後の手はずは?」
若いへディーンは、後戻りができなくなったことを理解して前向きだった。
「自分たちが狙われているとわかった以上、アレクサンデション兄弟は家には戻らないだろう。勤め先である魔法省を見張って、新たな新居を突き止めるんだ」
「しかし我らの顔は知られています」
「潜入者に調べてもらおう。それまでは我らはここで身を隠すしかない」
アグレル、ブラード、カッセル、ヘディーンの4人の重苦しい空気に室内が満たされた時、
「公子は来られていますか!」
玄関のドアが開き、エイセルの声が響く。
へディーンが席を立ち、ドアを開けて玄関を覗いた。
「エイセル、どうした?」
「公子がいなくなった」
蒼白な顔のエイセルの腕を掴み、へディーンがみんなのいる室内に引き入れる。
「公子を見失ったのか!」
エイセルの声が聞こえていたアグレルが怒声をあげる。
「すみません。精霊神殿で1人で祈りたいと言われ、少しだけ目を離した隙に……」
「ばかか! 公子を捜すんだ!」
「しかし私たちは顔を見られています。今頃は騎士団の者たちが警戒しているでしょう」
アグレルの命令を、ブラードが否定する。
「そうです。私が公子を捜しに外に出てすぐに、騎士が2人追いかけてきたのです。馬での追跡でなかったために撒くことに成功しましたが、私たちはすでにこの国の騎士に包囲されています」
エイセルが言うと、
「そっちもか。我らもアレクサンデション兄弟を攫う際に妨害された。追跡されたが、なんどか振り切ってここにたどり着いたのだ」
カッセルが自分たちの顛末を簡潔に伝えた。
「だが、肝心の公子の所在がわからないとは……」
「なぜだ。なぜ公子が姿を消すんだ……」
「最初から公子は我らと別行動をするつもりだったのか?」
「公子の捜索もしばらくは潜入者にまかせる。こんな時に自由に動けないとは……。シルヴマルク王国の騎士団がここまで優秀だとは思わなかった」
エクルンド公国の者たちは、みな頭を抱えた。
「あの……。どうして見逃してくれたんだ?」
祭壇の後ろに隠れていたウジェーヌは、エイセルが出て行ってすぐに飛び込んできた第二騎士団のニスーとアーベントロート騎士団のライマーという騎士たちが、チドの話を聞いて精霊神殿から飛び出していくと、おずおずと姿を現した。
ウジェーヌは、自分たちのことを騎士たちが見張っていたことにも驚いたが、辺境伯領から追われていたことにも驚いた。
だが一番驚いたのは、チドが、おそらく自分が精霊神殿をまだ出て行ってはいないことを知っていて、エイセルにも騎士団の男たちにも知らせなかったことだった。
精霊神殿に仕える者は国に仕えているのと同じで、なのに異国人の自分を庇ってくれたことが信じられなかった。
「私は、あなたが通用口から出て行ったと勘違いしていただけですよ」
チドは穏やかに答える。
小柄で年配のチドが神官だけではない尊い存在に思えて、
「……私は、初めて好きになった人に会いたいだけだったんだ。でも、それを許してくれたと思っていた父上が、実は私をだしにして護衛の者たちにエルとルルを無理にでも自国に連れてこさせる算段をしていたと知って……。こんな状況でエルとルルに会うと、2人に迷惑がかかると思って、逃げるしかないと思った」
ウジェーヌは自然と、抱えていた胸の内を吐露していた。
昨夜、部屋を抜け出したエイセルのあとを追ったウジェーヌは、アグレルたちの部屋の前で聞こえきた護衛たちの話を耳にしていた。
我儘を聞いてもらって申し訳ないと思っていたのに、自分の思いが二の次にされていたことにウジェーヌは傷ついていた。同時に、自分のせいでエルとルルに迷惑がかかってはいけないとも思ったウジェーヌは、隙を見てエイセルを撒いて、どこかに身を潜めようと考えていた。
お祈りがしたい。
そう申し出たことで運よく1人になる機会を得たウジェーヌだったが、末の公子として甘やかされ、周りを護衛騎士だちで固められてきた生い立ちから、いざ1人で街に飛び出そうとしても、実行する勇気がなかなか出なかった。
そうこうするうちにエイセルが部屋から出てくる気配がして、慌てて祭壇の裏に身を潜めたのだった。
「私がもしあなた様を助けたのだとしたら、きっとそれはあなた様の心に悪いものがなかったと感じたからでしょう。行くあてが決まっていないのなら、しばらく神官見習いとしてここに身を寄せてはどうですか?」
「しかし私は追われているようだ」
ウジェーヌは悲し気に首を振った。
「神官がかぶる帽子で髪の毛の色を隠せばそうそうわかりませんよ。外を出歩かないようにしていたら、見つかることもないでしょう」
チドは励ますようにウジェーヌの手を取る。
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
温かな手のぬくもりを感じながら、ウジェーヌは首を傾げた。
「あなたは異国から来られて、女神に祈りたいとおっしゃられました。女神に仕える者として、かわりに手助けをするのが神官としての務めです」
チドの言葉がまっすぐにウジェーヌの心に降り注ぐ。
「ありがとう。私はエルとルルに迷惑がかからないように、しばらく身を隠したい。よろしくたの……よろしくお願いします」
そう言って深く頭を下げるウジェーヌだった。
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