上 下
248 / 395
第3部

よろしくたの……よろしくお願いします

しおりを挟む
 アレクサンデション兄弟の略取に失敗したアグレル、ブラード、カッセル、ヘディーンの4人は、なんとか追っ手を撒くと、あらかじめ潜入者に用意してもらっていた、王都の城郭内にある一軒家に身を潜めていた。

 「まさか邪魔が入るなんて」

 「一体、いつから尾けられていたんでしょうか」

 ウジェーヌ公子の初恋を隠れ蓑にしているとはいえ、他国で事を起こすということが、どれだけの大罪なのか。

 わかっていたからこそ潜入者との接触も、アレクサンデション兄弟との接触も、最大の注意を払っていたつもりだった。

 それが、いざ略取、という段階でピンポイントのタイミングで妨害されたことにショックを隠せないブラードとカッセルだった。

 「おそらく、シルヴマルク王国に入ってからずっと尾けられていたんだろう。思えば辺境伯領での入国手続きの際の騎士たちの目が厳しかった」

 苦々しく吐き捨てるアグレル。

 「計画が白紙に戻りましたね。これから警戒が厳しくなるはずですが、今後の手はずは?」

 若いへディーンは、後戻りができなくなったことを理解して前向きだった。

 「自分たちが狙われているとわかった以上、アレクサンデション兄弟は家には戻らないだろう。勤め先である魔法省を見張って、新たな新居を突き止めるんだ」

 「しかし我らの顔は知られています」

 「潜入者に調べてもらおう。それまでは我らはここで身を隠すしかない」

 アグレル、ブラード、カッセル、ヘディーンの4人の重苦しい空気に室内が満たされた時、

 「公子は来られていますか!」

 玄関のドアが開き、エイセルの声が響く。

 へディーンが席を立ち、ドアを開けて玄関を覗いた。

 「エイセル、どうした?」

 「公子がいなくなった」

 蒼白な顔のエイセルの腕を掴み、へディーンがみんなのいる室内に引き入れる。

 「公子を見失ったのか!」

 エイセルの声が聞こえていたアグレルが怒声をあげる。

 「すみません。精霊神殿で1人で祈りたいと言われ、少しだけ目を離した隙に……」

 「ばかか! 公子を捜すんだ!」

 「しかし私たちは顔を見られています。今頃は騎士団の者たちが警戒しているでしょう」

 アグレルの命令を、ブラードが否定する。

 「そうです。私が公子を捜しに外に出てすぐに、騎士が2人追いかけてきたのです。馬での追跡でなかったために撒くことに成功しましたが、私たちはすでにこの国の騎士に包囲されています」

 エイセルが言うと、

 「そっちもか。我らもアレクサンデション兄弟を攫う際に妨害された。追跡されたが、なんどか振り切ってここにたどり着いたのだ」

 カッセルが自分たちの顛末を簡潔に伝えた。

 「だが、肝心の公子の所在がわからないとは……」

 「なぜだ。なぜ公子が姿を消すんだ……」

 「最初から公子は我らと別行動をするつもりだったのか?」

 「公子の捜索もしばらくは潜入者にまかせる。こんな時に自由に動けないとは……。シルヴマルク王国の騎士団がここまで優秀だとは思わなかった」

 エクルンド公国の者たちは、みな頭を抱えた。





 「あの……。どうして見逃してくれたんだ?」

 祭壇の後ろに隠れていたウジェーヌは、エイセルが出て行ってすぐに飛び込んできた第二騎士団のニスーとアーベントロート騎士団のライマーという騎士たちが、チドの話を聞いて精霊神殿から飛び出していくと、おずおずと姿を現した。

 ウジェーヌは、自分たちのことを騎士たちが見張っていたことにも驚いたが、辺境伯領から追われていたことにも驚いた。

 だが一番驚いたのは、チドが、おそらく自分が精霊神殿をまだ出て行ってはいないことを知っていて、エイセルにも騎士団の男たちにも知らせなかったことだった。

 精霊神殿に仕える者は国に仕えているのと同じで、なのに異国人の自分を庇ってくれたことが信じられなかった。

 「私は、あなたが通用口から出て行ったと勘違いしていただけですよ」

 チドは穏やかに答える。

 小柄で年配のチドが神官だけではない尊い存在に思えて、

 「……私は、初めて好きになった人に会いたいだけだったんだ。でも、それを許してくれたと思っていた父上が、実は私をだしにして護衛の者たちにエルとルルを無理にでも自国に連れてこさせる算段をしていたと知って……。こんな状況でエルとルルに会うと、2人に迷惑がかかると思って、逃げるしかないと思った」

 ウジェーヌは自然と、抱えていた胸の内を吐露していた。

 昨夜、部屋を抜け出したエイセルのあとを追ったウジェーヌは、アグレルたちの部屋の前で聞こえきた護衛たちの話を耳にしていた。
 
 我儘を聞いてもらって申し訳ないと思っていたのに、自分の思いが二の次にされていたことにウジェーヌは傷ついていた。同時に、自分のせいでエルとルルに迷惑がかかってはいけないとも思ったウジェーヌは、隙を見てエイセルを撒いて、どこかに身を潜めようと考えていた。

 お祈りがしたい。

 そう申し出たことで運よく1人になる機会を得たウジェーヌだったが、末の公子として甘やかされ、周りを護衛騎士だちで固められてきた生い立ちから、いざ1人で街に飛び出そうとしても、実行する勇気がなかなか出なかった。

 そうこうするうちにエイセルが部屋から出てくる気配がして、慌てて祭壇の裏に身を潜めたのだった。

 「私がもしあなた様を助けたのだとしたら、きっとそれはあなた様の心に悪いものがなかったと感じたからでしょう。行くあてが決まっていないのなら、しばらく神官見習いとしてここに身を寄せてはどうですか?」

 「しかし私は追われているようだ」

 ウジェーヌは悲し気に首を振った。

 「神官がかぶる帽子で髪の毛の色を隠せばそうそうわかりませんよ。外を出歩かないようにしていたら、見つかることもないでしょう」

 チドは励ますようにウジェーヌの手を取る。

 「どうしてそこまでしてくれるんだ?」

 温かな手のぬくもりを感じながら、ウジェーヌは首を傾げた。

 「あなたは異国から来られて、女神に祈りたいとおっしゃられました。女神に仕える者として、かわりに手助けをするのが神官としての務めです」

 チドの言葉がまっすぐにウジェーヌの心に降り注ぐ。

 「ありがとう。私はエルとルルに迷惑がかからないように、しばらく身を隠したい。よろしくたの……よろしくお願いします」

 そう言って深く頭を下げるウジェーヌだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

平凡でモブな僕が鬼将軍の番になるまで

月影美空
BL
平凡で人より出来が悪い僕、アリアは病弱で薬代や治療費がかかるため 奴隷商に売られてしまった。奴隷商の檻の中で衰弱していた時御伽噺の中だけだと思っていた、 伝説の存在『精霊』を見ることができるようになる。 精霊の助けを借りて何とか脱出できたアリアは森でスローライフを送り始める。 のはずが、気が付いたら「ガーザスリアン帝国」の鬼将軍と恐れられている ルーカス・リアンティスの番になっていた話。

マスタースロット1の無能第333王子、王家から放逐される~だが王子は転生チート持ち。スキル合成による超絶強化&幻想種の加護で最強無敵に~

榊与一
ファンタジー
異世界ハーレス。 そこに暮らす人々は誕生の際、女神より授けられる力があった。 人々はその力を女神の祝福(マスタリースロット)と呼ぶ。 マスタリースロットは宝玉の力を取り込む事で様々な効果を発揮する。 力の宝玉を取り込めば力が増し。 体力の宝玉ならばスタミナがつくと言った感じだ。 その効果は絶大であり、スロットの数は=本人の優秀さに直結しているに等しかった。 スロットの数は現在確認がとれている中で最多は10。 最少は2である。 そんな中、シタイネン王国にスロット1という最低記録を更新したの超無能王子が生まれる。 彼の名はニート・シタイネン。 現王セクス・シタイネン140番目の夫人との間に生まれた第333王子だった。 彼の母親は庶子であり。 本人が無能な上に、王位継承権も333番目という味噌っかす。 国費の負担軽減のために真っ先に切り捨てられ、成人(16歳)の際に少額だけを渡され王家から追放されてしまう。 絶望に暮れた彼は死を決意する。 だがその時ニートは過去の記憶――前世の記憶と、神様から貰ったチートの事を思い出す。 そそれは宝玉を合成するというチートだった。 「これさえあれば、王家の庇護なんかなくても俺は一人で生きていける!」 宝玉の合成はその名の通り、宝玉を合成してより強力な宝玉を生み出す力だ。 確かにニ-トのスロットは1つしかなかったが、取り込む宝玉側を強化する事でいくらでもそのハンデは補える。 それどころかそれを他者に使わせる事で他人の強化も可能なその力は、やがて世界中から求められるようになっていく。 「おお、ニートよ。余は信じていたぞ。与えた試練を乗り越え、必ず我が元に帰って来る事を。お前は王家の誇りだ!」 「どちら様ですかね?僕は天涯孤独の身ですけど?あ、これから隣国のパーティーに呼ばれているんで。用件があるならちゃんとアポ取ってくださいね」 これは無能の烙印を押された第333王子が、チート能力で英雄と呼ばれ。 その力を世界から渇望される物語である。

子育て騎士の奮闘記~どんぶらこっこと流れてきた卵を拾ってみた結果~

古森きり
BL
孤児院育ちのフェリツェは見習いから昇格して無事に騎士となり一年。 ある魔物討伐の遠征中に川を流れる竜の卵らしきものを拾った。 もしも竜が孵り、手懐けることができたら竜騎士として一気に昇進できる。 そうなれば――と妄想を膨らませ、持ち帰った卵から生まれてきたのは子竜。しかも、人の姿を取る。 さすがに一人で育てるのは厳しいと、幼馴染の同僚騎士エリウスに救助要請をすることに。 アルファポリス、BLoveに先行掲載。 なろう、カクヨム、 Nolaノベルもそのうち掲載する。

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子
BL
養子として迎えられた家に弟が生まれた事により孤独になった僕。18歳を迎える誕生日の夜、絶望のまま外へ飛び出し、トラックに轢かれて死んだ...はずが、目が覚めると赤ん坊になっていた? 転生先には優しい母と優しい父。そして... おや?何やらこちらを見つめる赤目の少年が、 え!?兄様!?あれ僕の兄様ですか!? 優しい!綺麗!仲良くなりたいです!!!! ▼▼▼▼ 『アステル、おはよう。今日も可愛いな。』 ん? 仲良くなるはずが、それ以上な気が...。 ...まあ兄様が嬉しそうだからいいか! またBLとは名ばかりのほのぼの兄弟イチャラブ物語です。

処理中です...