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第3部

むきむきマッチョ計画の破綻

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 シルヴマルク王国では、前の年に16歳になった者は年が明けてすぐに王城で開かれるデビュタントに招かれ、社交界にデビューする。

 そこで披露するダンスの練習をするために、高等科1年の生徒は講堂に集まっていた。

 ある程度の貴族であれば、家庭教師をつけて学園に入学する前からレッスンをしているのだが、そうではない者も一定数いる。

 レッスンを受けた者でも、限られた密集した空間でダンスを踊る練習はしていないということで、高等科1年の最後の月は、1年全体でのダンスの授業が多く組み込まれていた。

 最初の授業の時に練習のパートナーを決めているのだが、必ずしも男女のペアではない。半数は男女のペアなのだが、もう半数は同性のペアだった。

 特に同じクラスの小柄な男子のヘルマンがリード側で、それよりも身長が高く体格もよい男子のヨアキムがリードされる側なのにはアシェルナオも目を瞠ったが、ヨアキムが優しい話し方をする可愛らしい少年で、はにかみながら嬉しそうに踊っているのを見ると微笑ましく思った。

 そんなアシェルナオのパートナーはスヴェンだった。

 ケイレブとサリアンの一人息子であるスヴェンは、輪郭や骨格、長身なところがケイレブに似ているが、サリアンの綺麗な目鼻立ちも受け継いでいて、男子女子ともに人気があった。

 「スヴェン、父様や兄様に言われて仕方なく僕のパートナーになっているのなら、遠慮しなくていいよ? 好きな人と練習したほうが楽しいよ?」

 オリヴェルとシーグフリードと同じ、アッシュグレーの艶やかな長い髪を半分だけ編み込んで、細いシルバーのサークレットがあまり目立たないようにしているアシェルナオは、目線を学年一体格のいいサロモンに向ける。

 「へぇ、スヴェンはあんなのが好みなんだ」

 可愛らしい顔つきに少しシャープさが加わったハルネスがアシェルナオの隣に来て、同じ目線でサロモンを見る。

 「スヴェンはどっちなんだ? する方? される方?」

 スヴェンと同じくらい長身のトシュテンは、スヴェンの肩に肘を載せて顔をニヤつかせる。

 「初耳でしたよ」

 相変わらず優雅なクラースも笑みをこぼしている。

 「アシェルナオ?」

 スヴェンは頬をピクピクさせながら身を屈めてアシェルナオの顔を真正面から見つめる。

 「なに?」

 可愛く小首をかしげる、もうすぐ16歳の誕生日を迎えるアシェルナオは、息を飲むほど綺麗な少年に成長していた。

 綺麗なだけではなく、時々見せるあどけない表情であったり、ひどく大人びて見える眼差しであったり、綺麗という一言では表しきれない魅力に満ちていた。

 身長はいまいち伸び悩んでいるが、すんなりとした手足と小さい頭部のバランスが絶妙で、色が白い。

 紺色の瞳も不思議な輝きがあり、ずっと見つめていたい、と思わせるアシェルナオの顔を見つめながら、スヴェンは苦々しく尋ねる。

 「どうして俺がサロモンを好きだと思った?」

 「サロモンて、ケイレブに似てるから」

 スヴェンは、一片の曇りもない笑顔で答えるアシェルナオの目の前で右手をグーの形から親指と人差し指だけ立てた。

 「ひいじいちゃんのチョキ?」

 首をかしげるアシェルナオの頬を、スヴェンは二本の指でむぎゅっ、とつまむ。

 あらかじめアシェルナオに手を見せたのは、以前オリヴェルから言われたこと『誰かが急にアシェルナオを捕まえようと手を出したら、アシェルナオはびっくりして動けなくなるかもしれない』を忠実に守っているからだった。

 「確かにサロモンの体格はオヤジに似てる。だがな、アシェルナオ。俺はサリーの子だが、ケイレブの子でもある。俺の趣向はケイレブよりだ。おわかりいただけましたか?」

 あえて敬語で話すスヴェンに、アシェルナオは涙目でコクコクと頷く。

 「わひゃった。スフェンは綺麗な人が好きなんらね」

 頬をつねられているため、言葉が不明瞭になるアシェルナオだが、それも可愛かった。

 スヴェンは6年前に、初めて出会った日にアシェルナオに恋をして、その日のうちにサリアンから、アシェルナオには決まった相手がいるから諦めろと言われて失恋したのに、なぜよりにもよって自分より体格のいい相手を好きにならなくてはいけないかと思うと悲しくなった。

 ん?

 「待て。アシェルナオは俺をサリアンに見立ててケイレブに似たサロモンが好きだと思ったのか? それはつまり自分が……」

 される方?

 想像してスヴェンは鳥肌が立った。

 「どうひたの? スフェン。ね、いひゃいんだけど」

 涙目で訴えるアシェルナオに、スヴェンは慌てて手を離す。

 ほんのり赤くなった頬に手を当てるアシェルナオ。

 「俺は、自分より小さくて、可愛くて綺麗で、華奢で、賢いのか抜けているのかわからないような子が好きなんだ。もちろん俺がする方だ」

 今でも初恋を引きずっているスヴェンが、明らかにアシェルナオの特徴を告げる。

 「スヴェンは綺麗で華奢な子が好きなんだね。あのね、僕……」

 アシェルナオはスヴェンを熱く見つめる。

 「なんだ?」

 思いが伝わったのか、とスヴェンもアシェルナオを熱く見つめる。

 「あのね……僕、むきむきマッチョになるから、スヴェンの好みじゃないね」

 「はあ?」

 何言ってるんだ?という目で、スヴェンは華奢以外のなにものでもないアシェルナオを見る。

 「僕、10歳の頃から、16歳になったらむきむきマッチョになる計画を立ててるんだ」

 「……アシェルナオ、もうすぐ16歳だったな」

 「うん」

 「10歳から初めて、ゴールが16歳。そしてもうすぐ16歳」

 「うん」

 それが?という無垢な瞳で見てくるアシェルナオに、スヴェンはテュコの苦悩を知った気がした。

 「アシェルナオ、その計画はすでに破綻しているね」

 アシェルナオとスヴェンのやり取りに、横からクラースが苦笑しながら口をはさむ。

 「無理だな」

 と、トシュテン。

 「なれるわけないね」

 と、ハルネス。

 友人たちの無情な言葉に、ショックを受けるアシェルナオだった。
 
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