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第3部

消えた公子

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 一旦宿に戻ったウジェーヌとエイセルは、宿の女将から最寄りの精霊神殿を教えてもらうと、そこへ徒歩で向かった。

 平民街でも石畳の敷いてある小ぎれいな路地はそろそろ夕食の時間で、食欲をそそるような匂いが各家の窓から漂っている。

 家の中からは子供や住人の声が賑やかに聞こえていた。

 「楽しそうだ」

 歩きながら、なんとはなしに窓をのぞいて呟くウジェーヌの声には本来のほがらかさが現れていて、エイセルは少しほっとした。

 「ウジェ、精霊神殿を見たら食事をして帰ろう。貴族が行くような店がいやなら、家庭料理を出す店はどうだ?」

 「ああ。いいな」

 夕食の誘いにのるウジェーヌに、やはりアグレルたちの威圧感がよくない影響を与えていたのだと、エイセルは思った。

 やがて路地の突き当りに、さっき見た中央統括神殿とは比べ物にならないほど小ぢんまりとした建物の正面が見えた。

 もともとは白い壁だったのだろうが、長い歳月を経て生成色になっている。けれどもそれがあたたかな雰囲気を醸し出していた。

 木製の扉を開けると、腰高までがダークブラウンの木材、それより上は生成色の壁の、奥行きのある空間が広がっていて、両脇に長椅子の並ぶ長い通路の先には女神像と祭壇があった。

 「おかえりなさい」

 柔らかな声がかかり、ウジェーヌは不思議そうに声の主を見る。

 そこには聖職者の衣を被った年配の女性の姿があった。

 「私は初めてここを訪ねたのだが?」

 「そのようですね。私はここの神殿長をしていますチドと言います。神殿長と言っても、他に神官兼雑務係が2人いるだけのところですけど。……ここではすべての魂は女神のもとに還ると言われています」

 「私は旅の者で、この国の者ではないんだ」

 なぜか申し訳ない気がして、ウジェーヌは睫毛を伏せた。

 「でも女神に会いに来られたのでしょう?」

 「そうだな」

 「では私たちの家族も同じですよ。おかえりなさい」

 穏やかに微笑むチドに、ウジェーヌは昨夜からずっと固まっていた心が緩む気がした。

 「私も、女神に祈ってもいいだろうか」

 「もちろんですよ」

 「エイセル、私は1人で祈りたい」

 ウジェーヌは横にいるエイセルを見る。

 「こ、ウジェを一人にすることはできません」

 片時も目を離してはならない。アグレルにそう言われているエイセルは首を振る。

 「誰でも1人で祈りたいことはありますよ。ご友人が祈りを捧げているあいだ、横の部屋で私がお茶をごちそうしましょう」
 
 「いえ、ですが」

 「私は、1人で祈ることも許されないのか?」

 ウジェーヌの声にはわずかな怒気が孕んでいた。
 
 「……では、終わったら声をかけてください」

 仕方なくエイセルは承諾する。

 「ああ」

 ウジェーヌは頷くと、通路を進んだ。




 『ニスー、ブレンドレルだ。こっちの4人が魔法省の者を攫おうとした。未然に防いだが男たちは逃走中だ。今アーベントロート騎士団が追っている。そっちはどうだ』

 宿から精霊神殿まで尾行していたニスーの通信機からブレンドレルの声がした。

 「精霊神殿に入ったままだ。俺たちは外で待機している」

 『今すぐ中に入って確認するんだ』

 「わかった」

 ニスーは同行しているアーベントロート騎士団のライマーに目で合図すると、神殿協会の扉を乱雑に開けた。

 「女神の御前ではお静かにお願いします」

 扉を開けた先にいたチドは、穏やかだが険のある口調で咎める。

 「すみません。私は第二騎士団のニスーと言います。先ほどここを2人の若者が訪ねていたと思うのですが」

 「私はアーベントロート騎士団のライマーと言います。さっきの者たちをアーベントロート辺境伯領から追ってきました」

 ニスーもライマーも真摯な瞳をしていて、チドはため息を吐く。

 「私はここの責任者のチドです。さっきの2人ならいませんよ。おひとりが女神様に1人で祈りたいとおっしゃって、私がもうおひとりの相手をしていたのですが、お連れの方がなかなか戻って来られないのに痺れを切らして祭壇を覗いた時には誰もいらっしゃいませんでした。通用口から外に出たようだと申しましたら、その方も後を追って出て行かれたんです」

 「しまった。チド殿、通用口を通らせてもらいます」

 「お騒がせしてすみません」
 
 説明を聞くなり、ニスーとライマーは勝手口に向かって駆け出した。


 
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