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第3部

不穏のはじまり(可愛いに決まっている)

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 アシェルナオとヴァレリラルドが再会を果たして3年。

 王太子の執務室には24歳になったヴァレリラルドの姿があった。
 
 ゆるくウェーブのかかった輝く黄金の髪、吸い込まれるような蒼い瞳が印象的な凛々しい顔。

 容姿端麗でありながら剣の腕は国でも有数という王太子は、3年前に婚約を発表したもののその後の進展は周知されておらず、年頃の貴族をヤキモキさせている。

 ヴァレリラルドは中央の大きな楕円形のテーブルの中心に座り、渡された資料に目を通していた。

 「確かにこのリストにあがっているだけでも相当な数だが……」

 言いながらヴァレリラルドは資料を渡した本人、シーグフリードに目を向ける。

 王立学園の頃から頭脳明晰だったシーグフリードは、怜悧な内面がそのまま外見に現れたような目鼻立ちのはっきりとした端麗な顔立ちをしている。

 クールでスマートな身のこなしは隙がなく、とっつきにくい印象を与えるが、弟を溺愛しており、実は人間味に溢れていることをヴァレリラルドは知っていた。

 そのシーグフリードが今朝の会議に用意してきたのは『各地で行方不明者が一定数いること』というもので、どこかあやふやで全体像がつかめない議題に、困惑の表情を浮かべるのはヴァレリラルドだけではなかった。

 「ふらりといなくなることなんか、よくあることじゃないのか?」

 赤毛を短く刈り込んだベルトルドも資料を片手に訝しげに首をひねる。

 武のユングストレームと呼ばれる、代々優秀な騎士を輩出しているユングストレーム公爵家の三男だけあって、もともと剣の腕ではヴァレリラルドに引けを取らなかったベルトルドだが、この3年でさらに肉体を鍛え上げていた。

 ヴァレリラルドの側近であり護衛でもあるベルトルドは、言葉数は少な目だが将来の王に心からの忠誠を誓っており、6年前のスタンピードを教訓に二度と主人を危険な目に遭わせないという覚悟を持っていた。

 「貧しい者が食い扶持を求めて別の領地に行くこともあるだろう。税の重い、暮しにくい領というのも存在するからな」

 言いながらヴァレリラルドは二、三の、評判のよくない領主でもある大臣の顔を思い浮かべる。

 「ウルはどう思う?」

 ヴァレリラルドは、ベルトルドと同じく自分の側近であり護衛でもあるウルリクに意見を求めた。

 「うーん」

 銀髪の長髪を後ろで無造作に一つに括る、陰で『血の気の多い美人』と称されるウルリクもまた、6年前のスタンピードでの自分の不甲斐なさに奮起し、ベルトルドとともにこの3年で体と剣の腕を鍛えていた。

 細マッチョの域を出ないが、服の下にはしなやかな筋肉を隠し持っている。

 「マロシュはどう思う?」

 体を鍛えることは好きだが、頭を使うことはしてこなかったウルリクは、後方に控えているマロシュに意見を求める。

 「食べて行けずに夜逃げする者、親が嫌で家出する者や、結婚を反対されて駆け落ちする者たちは一定数いると思います」

 少年からスラリとした青年に成長したマロシュが考えながら答えた。

 「では、理由がなくいなくなる者は?」

 シーグフリードの質問に、

 「俺の住んでいた村ではいなかったですね。うちの村に家を追われるほど貧しい者はいないというのもあるんですけど、村全体が家族のようなところだから家の状況も大体は把握できてますし、もし誰かがいなくなったらわかります」

 「……きっかけは、とある冒険者だった。立ち寄った冒険者ギルドで探し人の依頼を見つけて気になったそうだ。他の依頼を受ける傍ら探していたそうだが、みつからないうちに別の冒険者ギルドで別の探し人の依頼を見つけた。気になって各地の冒険者ギルドの依頼を調べていくと、どこでも同じような探し人の依頼があることに気づいたんだ」

 マロシュの話を聞いて、シーグフリードが静かに話を始めた。

 「けどさぁ、そういった捜索依頼ってたくさんあるだろう? この前冒険者ギルドをのぞいてみたけど、探し人の依頼は多かったぞ?」

 ウルリクが言うと、

 「王都の場合は、王都でいなくなった者じゃなく他領でいなくなった者をさがしてほしいっていう依頼の方が多い。家出したら行く先は王都、って者は多いからな。探し人だけで一区画取っていた」

 同行していたベルトルドも頷く。

 「依頼は多いけど、受ける者や、本当に見つかるケースは少ないよな。手間がかかるし、報酬は少ないからなぁ」

 「シグは何が引っかかっているんだ?」

 シーグフリードのことだから、きっと探し人の奥に潜む何かがあるんだろうとヴァレリラルドは察していた。

 「その冒険者が注目したのは、依頼を出されたのが13歳から18歳くらいの、周囲では評判の綺麗な少年だったことだ。裕福な家の者もいれば貧しい家の者もいたが、共通しているのはいなくなる理由がなく、金を出してギルドに依頼してでも探してほしいと思われていたことだ」

 シーグフリードは6年前の、アシェルナオと同じ日に洗礼を受けた子供がいなくなった事件を思い出さずにいられなかった。

 アシェルナオとの対面のあとでその事件のことをきかされたヴァレリラルドは、事の重大さに脅威を感じたのだったが、今回の件も、まだ全容は定かではないがシーグフリードと同じく危惧すべき案件だと思った。

 「綺麗な子供だったら値打ちがあると踏んだ者に攫われたんじゃないか? 娼館とか、どこかの貴族に売られた可能性もあるんじゃないか?」

 「その可能性は大いにあるだろう」

 ウルリクの言葉にシーグフリードはあっさりと頷いた。

 「なら、第二か第四あたりにおろすべき案件じゃないのか? シグは何を心配しているんだ?」

 「王都の冒険者ギルドには各地の冒険者ギルドに依頼された情報を集約する部署がある。そこで容姿のすぐれた少年の捜索依頼を調べたところ、確かにそのような依頼は昔からあった。だが十数年前から明らかに増えているんだ。そして、6年前からまた増えている。最近では月に2、3人の捜索依頼が出ているが、そのほとんどが見つかっていないどころか足取りも不明だ。たとえ娼館や貴族に売られたとしても、生きていればなんとなくの消息くらいは届いてもいいと思うんだが」

 「なんだか気味悪いな」

 言いながらベルトルドはウルリクを見た。

 無造作な髪型もウルリクの性格を表していると同時に綺麗な顔立ちを際立たせていた。

 「俺が気味悪いみたいに言うなよ」

 不満げに口を尖らせるウルリク。

 「ああ、すまん」

 ウルリクがまだ年若かったら攫われる対象だったかもしれないと思う一方で、いい感じに成熟してきた美貌を見て脂下がるベルトルドだった。

 「シグが不安に思う気持ちがなんとなくわかったよ。『にたま』ちゃんが心配なんだろう? ラルがメロメロになるくらいだからきっと美人で可愛いんだろうなぁ。俺たちにも会わせてくれたらいいのに。というか、なんで会わせてくれないんだよ」

 ウルリクは言っているうちに腹立たしくなって、声を荒げる。

 ウルリクもベルトルドも、ヴァレリラルドが婚約した相手はシーグフリードの弟だとだけ聞かされていたが、会ったことはなかった。

 ヴァレリラルドの婚約者がシーグフリードの弟だということも伏せなくてはいけないため、表立って会うことはできないのだ。

 「美人で可愛いに決まってるだろう。だから会わせられないんだ」

 どや顔で言い切るシーグフリードだった。 
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