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第3部

誓い

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 「ヴァル、寝る?」

 アシェルナオはヴァレリラルドをキラキラした瞳で見上げた。

 やましいことのないまっすぐな瞳に、ヴァレリラルドは破顔する。

 13年前、夕焼けの中でヴァレリラルドが一世一代の思いでプロポーズした時も、誰よりも伝えた言葉をまっすぐに受け取ってくれるからこそ、梛央は超越した言動をしてプロポーズをさせてくれなかった。

 それでもその言動がヴァレリラルドの好きな梛央すぎて、その時はプロポーズはできなかったが、晴れ晴れとした気持ちになったのだった。

 「ナオは変わらないね」

 「えぇ……変わったよ。前はもっと大きかったし……」

 アシェルナオはしょんぼりと肩を落とした。

 「今のアシェルナオは、ナオの時より3歳下なんだ。それは当然だよ。そうじゃなくて、ナオの心が前と変わらなくて、嬉しいんだ。おいで、ナオ」

 ヴァレリラルドが手を伸ばすと、アシェルナオはおずおずとその手を取った。

 「燭台点灯。照明消灯」

 ヴァレリラルドの言葉で寝室の灯りが天蓋の中の燭台の明かりだけになった。

 「ヴァルの魔法、スマートだね。AIに話しかけるよりスマートだ。あ、リンちゃんもいつも通りだ」

 いつの間にか置かれていた寝台の中のリングダールを見て、アシェルナオが安心した声をあげる。

 ヴァレリラルドの脳裏には、修学旅行としてお泊りしたランハンの白鷺亭での苦い思い出が蘇った。

 だがヴァレリラルドはもう21歳。年が明ければ22歳。いつまでも8歳の子供ではないのだ。

 「じゃあ、ナオが真ん中。ナオを挟んで私とリングダールでいいかい?」

 「えーと、うーん、いいよ?」

 「どうして考えた?」
 
 考えて見せるしぐさも可愛いのだが、この場合、アシェルナオが真ん中に位置する以外どの選択を考えたのだろうとヴァレリラルドは気になった。

 「すぐ『うん』て言うとテュコが怒るから。でもこの前は、ちゃんと考えたのに怒られたよ? テュコが怒っても怖くないからいいけど」

 テュコが聞いていたら、いや聞いているだろうが、『そういうことではありません!』と本当に怒ってそうだとヴァレリラルドは苦笑する。

 テュコに同情するヴァレリラルドの横で、着ぐるみ姿のアシェルナオが高い寝台によじのぼるようにして上がる。

 後ろから見ると子供のリングダールが寝台の上の親リングダールのもとに必死に戻ろうとしているようで、我が親ながらなんて可愛さの神髄がわかっているのだろうと、ヴァレリラルドは思わずにいられなかった。

 「ヴァルはここね」

 寝台に上がったアシェルナオは、羽根布団をめくってペシペシと自分の横のスペースを叩く。

 「ああ」

 笑いながらヴァレリラルドは寝台にあがり、指定されたアシェルナオの隣にもぐりこんだ。

 「修学旅行のやり直しだね。あの時ヴァル、すぐ寝ちゃったからあまりお話できなかったよ? 僕もすぐ寝ちゃったけど……だって、馬車にずっと乗ってるのも疲れるよね?」

 「思い出した。ナオは馬車の中で固まった体を伸ばしながら色っぽい声を出していた」

 ヴァレリラルドは色っぽい梛央の声を聞いてドキドキしていた幼かった自分を思い出した。

 「そうだった? そういえばストレッチしたかも。それでテュコが『早く寝なさい』って怒りに来たんだった。すごく修学旅行っぽくて、楽しかった」

 「私たちの楽しい思い出だ」

 横になって、すぐ近くにあるアシェルナオの綺麗な顔をみつめるヴァレリラルド。

 「ね? 今日って修学旅行のお泊りじゃなくて、閨教育だったね? 普通に寝る感じでよかったの? お勉強しなくていいの?」

 すぐ近くにあるヴァレリラルドの凛々しい美貌を見つめながらアシェルナオが尋ねた。

 「閨教育は、愛する者たちが体をつなげるための知識を、時には実技を交えて教わるんだ。知識や心構えを段階をふまえて教わる。人によっては肌を見せたり、見せられたり、ね」

 「え……じ、実技って……」

 急にヴァレリラルドの男らしくなった体を意識して、同時に襲われた記憶も蘇って、アシェルナオは動揺した。

 「大丈夫。そんなことはしない」

 「……そうなの?」

 「ああ」

 瞳に涙が浮かんでいるアシェルナオの、額にかかる前髪をかき分けるヴァレリラルド。

 「私は、ナオが誰かから閨教育を受けると思うだけでも嫌だった。私とナオは将来結婚する。いつかナオが体を許すのは私だけだ。だからナオの最初で最後の閨教育をしたかった。私は、ナオを独り占めしたい。ナオを愛するただ1人の男でありたい。こんな心の狭い私は嫌い?」

 「ううん。ヴァルは好き。僕もヴァルだけに愛されたい……。でも、僕まだ子供だから、その……そういうことするの、まだ先だけど……いい?」

 ヴァレリラルドとそういうことをするのに少し期待もあるけれど、アシェルナオにはまだ不安と恐怖の方が大きかった。

 「ナオがいない十数年を過ごしたことに比べたら、ナオがそばにいる数年は辛くないよ。ナオ、誓ってくれるかい?」

 「誓い?」

 「これから先、私はずっとナオを大事にする。ナオが嫌がることはしない。ナオを幸せにする。一生愛すると違う。だから、ナオも私の横にずっといてほしい。二度といなくならないでほしい。そして、ナオの心も体も、いつか私に全部ほしい」

 「僕も誓う。ずっとヴァルのそばにいる。もういなくならない。僕が大人になったら、その時はヴァルと……する」

 ヴァレリラルドになら、すべてを許してもいいと思うアシェルナオは素直にそう思った。

 「ありがとう、ナオ。私は思うんだ。こうやって、愛する人と同じ寝台で寄り添って、お互いの気持ちを伝えるのが一番の閨教育じゃないか、って」

 「うん。ヴァルの閨教育、好き。ヴァルと一緒に寝るの、嬉しい」

 アシェルナオはヴァレリラルドの胸に顔を寄せる。

 「私も嬉しいよ。ナオ、愛してる」

 「僕も……愛してる。大人になるまで待っててね」

 ヴァレリラルドの温かな体温に触れて、アシェルナオはだんだんと睡魔に呑み込まれていた。

 「ゆっくり大人になるといい。待ってるよ」

 「うん。待っててね……大好きだよ……」

 いつかの雪うさぎ姿で言った言葉を、リングダール姿で言いながらアシェルナオの瞳が閉じる。

 すぅっ、という寝息が聞こえ、ヴァレリラルドは幸せそうにアシェルナオを胸に抱きしめた。

 「お帰り、ナオ。帰って来てくれてありがとう」

 ヴァレリラルドはアシェルナオの額に唇を押し付ける。
 
 どこかで笛の音が聞こえた気がした。

 



 数日後、新聞の一面を「王太子殿下の婚約者決定」という文字が踊った。
 
 婚約者のプロフィールは非公開だったが、ベールをかぶった小柄な人物と、それに寄り添う幸せそうな笑みを浮かべる王太子の写真が掲載されており、国民は豊かで幸せな国へと導くことを予言されている王太子の婚約を大いに好意的に受け入れた。
    
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