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第3部
王太子妃選定
しおりを挟む貴族の子息の誘拐と、エンロート郊外でのスタンピードの発生と収束から3年。
「シーグフリード殿、最新の新聞です」
王太子の執務室に入ってきたのは、王立学園でヴァレリラルドたちと同じ学年にいて、1年前から文官として採用されたスミットだった。
王立学園の騎士科を卒業して第三騎士団に配属されたのだが、平凡な容姿ながら少しばかり平均よりも小柄だというだけで夜の相手をさせられようとしたことが度重なったために騎士団をやめ、ふてくされていたところを親交のあったシーグフリードに拾われていた。
文官希望だったが親からの強制で騎士科に進んだスミットにとって、王太子の執務室の文官になれるのは喜ばしいことだったし、文官が増えることで自身の負担の減るシーグフリードにとっても喜ばしいことだった。
ちなみに、新しく文官見習いにナルスという王立学園を卒業したばかりの者も執務室に加わり、これまで雑務を担当していたミヒルが格上げになっている。
「ありがとう、スミット」
シーグフリードはそれを受け取ると、テーブルの上に広げる。
「すっかり定着したな、新聞」
ウルリクがシーグフリードの横から紙面を覗き込む。
新聞は2年前に設置された魔法省が手掛けた最初の事業で、この2年のあいだで急速に普及した情報の伝達手段だった。
これまでは各都市の冒険者ギルドが必要な情報を掲示したり、王城から各地の領主へ情報がもたらされていたが、もっと多くの情報をまとめたものを大量に紙に印刷し、転移陣で各冒険者ギルドに運び、そこから領主や貴族、主要施設、裕福な家庭に配達するというルートが確立されると、タイムラグの少ない新鮮な情報は瞬く間に普及したのだった。
「えー、なになにー、『王太子妃選定について』だってー。昨日ラルがいなかったのは会議に出ていたからなんだ?」
見出しを目にしたウルリクが読み上げる。
確かにローセボームに呼ばれて行った会議でその議題を出されたのだが。
「昨日のことがもう記事になっているのか。広報はローセボームの管理下にあると聞いていたが、やけに仕事が早いな」
会議での面白くない話を思い出して、ヴァレリラルドは不快な表情を浮かべる。
「宰相の執務室の文官のエッセンでしょう。エッセンは非常に仕事ができ、中立的な立場でものごとを判断するということで宰相の信頼を得ていますから」
長年ベルンハルドの文官として、宰相の文官とも連絡を取り合っていたイヴァンが口をはさんで説明する。
「『会議では21歳になられるヴァレリラルド王太子にまだ婚約者どころか妃候補もいないことを憂慮し、近く王太子妃選定のための舞踏会を開くことを進言。しかし王太子ご本人がこれに難色をしめし却下される。王太子殿下は「選定という言葉は好ましくない。誰かが選んだ相手を王太子妃にすることはない。仮に他に劣ることがあっても、私が選んだ者が妃になる」と仰せられた。しかしいつ王太子妃が決まるのかを案じられたエンゲルブレクト王弟殿下が、一定の時期を設定し、それまでに王太子妃候補が現れなければエンゲルブレクト王弟殿下が選んだ方とお見合いの席を設けることを提案された』じゃあ、ここに書いてある記事は本当なんだな」
ベルトルドが読み上げると、ヴァレリラルドはさらに眉間の皺を深める。
「まさにその通りだ。昔から叔父上の提案には苦労させられる。だいたい、叔父上こそあと数年で40歳になろうというのに独り身なんだ。私にとやかく言うよりもご自分が身を固められたらいいだろうに」
大いに憤慨するヴァレリラルド。
憤慨したのは国王であるベルンハルドも同じで、新聞には書いていないが、『ならばエンゲルブレクトには私が選んだ者と見合いをしてもらおうか』と即座に提案返しをしてくれたのが救いだった。
「王弟殿下って暗いし、趣味悪そうだからなぁ。とんでもなく性格が悪いけどそれに気づいていないで毒吐きまくってる上位貴族の子女とか選びそうだよなぁ」
王族だろうが毒舌を繰り出すウルリク。
「問題はそこじゃないぞ、ウル」
「そうだ。問題はそこじゃない。ラルの言葉は、王太子妃になる者には他者より劣るところがあるということが前提になっているじゃないか。問題はそこだ」
うちのアシェルナオが他者に劣るなどありえないのに。なんならラルにさえもったいないかもしれないのに。できればずっと公爵家の宝であってほしいのに。
そう言いたい気持ちを怖い顔で表現して指摘するシーグフリードに、
「シグこそ、問題はそこじゃないだろう」
苦笑するヴァレリラルド。
「そこなんだがな。まあ、いい。すまないが、今日はこれで帰らせてもらうよ。……ラル、これを」
シーグフリードは立ち上がると、懐から一通の手紙を取り出してヴァレリラルドに渡した。
その手紙にはエルランデル公爵家の封蝋があった。
「あらたまったものか?」
「ああ。悪いが、1人で見てくれ」
深刻な顔をするシーグフリードに、神妙な顔で頷くヴァレリラルドだった。
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