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第2部

アシェルナオ、テュコに説教される

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 エルランデル公爵家は、王太子がスタンピードを収束させたことで賑わいが続く街の様子とはまるで真逆の静寂の中にいた。

 エンロート郊外のスタンピードが収束してから2週間。

 その間アシェルナオは一度も目を覚ますことなく寝台の中で眠り続けていた。

 テュコ、アイナ、ドリーンはもちろん、日中はサリアンも傍らで付き添い、夜間はフォルシウスが癒しをかけ、シーグフリード、オリヴェル、パウラも暇があればアシェルナオの寝室を訪れていた。

 オルドジフもまた時間の許す限りアシェルナオを見舞っていたが、ネルダールを追うためとはいえ、アシェルナオが自分を求めていたのに振り切って行ってしまったことをずっと後悔していた。

 「私がナオ様のもとに残っていたら……。聞き分けがいいナオ様があんなに泣いてすがっていたのに……。私はなんと薄情なんだ……」

 何度口にしたかわからない言葉を呟くオルドジフ。

 ボフスラヴァの言う通りならば眠っているだけなのだが、2週間という長すぎる日数に見守る者たちの不安が募り、焦燥感があふれていた。

 「ボフ美!」

 今日もオリヴェル、パウラたちが見舞いに訪れていて、耐え切れない重い空気と、自身の焦燥がピークにきたテュコが叫ぶ。

 「はーい。呼んだ?」

 まるで呼ばれるのを待っていたように、ボフスラヴァが能天気に現れた。

 「ボフ美、ナオ様はいつ目を覚ますんだ」

 眉間に皺を寄せるテュコ。

 「あれぇ、テュコちゃんて意外とせっかちさん?」

 苛立ちピークのテュコは拳を握りしめてボフスラヴァの脳天にぐりぐりと強く拳を押し当てる。

 「いたい、いたいよぅ。ボフ美はカルバングじゃないけど脳天弱いのよぅ。ごめんなさいぃぃ」

 「テュコ、さすがに暴力は……」

 有事が去ると不敬罪が気になってくるサリアン。

 「食事も摂っていない、体も動かしていない状態で2週間も経ってるんです。心配しないはずがないのに」

 テュコはなおもボフスラヴァをぐりぐりし続ける。

 「だから、大丈夫よぅ。ナオちゃんは女神様の加護があるんだから。ほら、ナオちゃんのほっぺ、つるつるピンクでしょう? 全然やつれてないよねぇ?」

 「確かに血色は良いようですが、アシェルナオはいつ目を覚ましますか?」

 オリヴェルもアシェルナオを心配するあまり、敬う気持ちが見えない表情で尋ねる。

 「もうすぐよ、ほら」

 ボフスラヴァは眠っているアシェルナオを指さす。

 テュコたちが注目する中で、アシェルナオの長い睫毛が二、三度羽ばたくと、周囲から歓喜の息が零れる。

 いよいよ目を開ける……かと固唾を飲んで見守る人々の視線の中で、アシェルナオは左手を布団から出して自分の横をさぐる。その手がリングダールの毛並みに触れると寝返りを打って抱き着き、額を毛並みにぐりぐり押し付ける。

 「りんたん……」

 なんだこの可愛すぎる生き物は。

 オリヴェルもパウラもサリアンも目じりを下げる。

 「目が覚めましたか、ナオ様」

 テュコは寝台に身を乗り出してアシェルナオに声をかける。

 「あい……おはよう、テュコ……」

 リングダールに顔をつっぷしたままアシェルナオが返事する。

 「お寝坊がすぎますよ、ナオ様」

 珍しく怒った声を出すテュコに、

 「ん、お寝坊しちゃった?」

 目をこすりながら、体を起こすアシェルナオ。

 テュコはその体を掬いあげるように抱き取ると自分の腕の中におさめてきつく抱きしめる。

 「……テュコ?」

 抱きしめられた腕の中で、首を傾げることもままならないアシェルナオだが、まだうまく状況を飲み込めずにいた。

 「何やってるんですか! なに一人で殿下を助けるために転移してるんですか! わかってもいないのになに大浄化してくれてるんですかっ!」

 「あ……僕……。ヴァルは……?」

 ヴァレリラルドの危機にエンロートに転移したこと、ボスカルバングを倒したこと、女神の助けを借りて魔獣を追い払ったことを思い出したアシェルナオは、ヴァレリラルドの安否を知りたくてテュコに尋ねる。

 「ヴァルは、じゃないです! あなたは2週間も眠りっぱなしで、みんなどれほど心配したと思ってるんですかっ! また、また……あなたを失うことになるかと……」

 テュコが泣いていた。

 以前は自分と同じくらいの身長で可愛かったテュコが、大きくなってかっこよくなってて。なのに大人になったテュコが子供のように泣いていた。

 テュコを泣かせるようなことをして申し訳ないと思うアシェルナオだが、自分のしたことを後悔していなかった。

 「でも、僕、ヴァルを助けたかった。僕、ヴァルのためなら何度でも」

 「わかってますよ! わかっていても、ナオ様に何かあったら私も生きてはいけないんです!」

 自分を抱きしめて泣くテュコに、

 「ふ……ぅぅっ……うっ……うぁぁぁぁあん」

 アシェルナオも大声で泣き出した。

 ヴァレリラルドのためなら何度でも助ける。たとえ自分がまた死んだとしても。

 その覚悟は変わらないが、自分が危険の中に身を投じることで泣いてくれる者の存在まで考えていなかった。

 「ごめっ……んなさい、テュコ。ごめんなさいぃ」

 「アシェルナオ、心配したのはテュコだけではないよ。いくら殿下の身を案じたからといっても、簡単に危険なところに飛び込んでいくのは感心しないよ。アシェルナオは10歳の子供だということを忘れてはいけない」

 「そうよ。ゆっくり大きくならなくてはいけないわ。もっと父さまと母さまの可愛いアシェルナオでいてほしいの」

 テュコの腕のあいまから見えるアシェルナオの顔を覗き込みながらオリヴェルとパウラが諭す。

 「……あい。ごめっな、さい……とたま、かたま、テュコ」

 そう言うとアシェルナオはテュコの胸の中で力を抜いた。

 「ナオ様……?」

 腕を緩めてアシェルナオを見ると、涙を流す瞳は再び閉ざされていた。

 「アシェルナオ?」

 「どうしたの? アシェルナオ」

 オリヴェルとパウラもアシェルナオを覗き込む。

 「ボフ美!」

 「心配いらないよぅ。ナオちゃん、まだ精魂が戻り切っていないだけなの。戻り切るまではもっと眠らないといけないのよぅ」

 何かといらつくボフスラヴァだが、この時ばかりはその言葉にすがる思いのテュコたちだった。
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