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第2部
とても幸せな夢でした
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ヴァレリラルドが目を覚ましたのは、エンロートの古城の一室だった。
一瞬、自分が8歳の頃に戻った錯覚に陥ったのは、そこがかつて梛央と一緒に滞在した時に使った部屋だったからだ。
「ナオ……?」
思わずその名を呟いたのは、近くにナオがいた気がしたから。
けれどヴァレリラルドの低い声は19歳の青年のもので、そばに梛央はいなかった。
「ヴァレリラルド、気が付いたか」
見てわかるほど落胆を隠せないヴァレリラルドに、穏やかな口調でベルンハルドが声をかける。
その声で傍らに父がいたことにヴァレリラルドは気づいた。
その後ろにはサミュエル、マフダル、ケイレブ、クランツ、フォルシウスという面々がいて、その顔ぶれがここにいるということは魔獣討伐は終わったことを意味していた。
「父上、私は? ボスカルバングは……」
ヴァレリラルドは、雪うさぎがボスカルバングを倒した夢を思い出しながらベルンハルドに尋ねた。
「最初に殿下のもとに駆けつけたのはシーグフリード殿とイクセルでした。その時にはボスカルバングは倒されたあとで、その脳天には殿下の剣が突き刺さっていたそうです。次に私とフォルシウスが駆けつけました。殿下はひどい傷を負っておられましたのでフォルシウスが傷を癒しましたが、出血が多かったため意識がない状態でした」
クランツが当時の状況を説明する。
アシェルナオが助けに行ったこと、歌で大浄化を果たしスタンピードを収束させたことは、ヴァレリラルドや他の騎士には伏せておくことになっていた。
「いや、私ではない。私はあの時、すでに出血と痛みで意識がほとんどなかった。もうだめだと思ってボスカルバング越しに夜空を見上げて、最後にナオに会いたいと思った。そこで意識がなくなってしまったんだろうな、雪うさぎの夢を見たんだ」
そう言うと、ヴァレリラルドは幸せそうに微笑んだ。
「雪うさぎ?」
ヴァレリラルドのこんな笑顔は10年以上ぶりだと思うと、ベルンハルドの胸にこみあげてくるものがあった。
「雪うさぎが宙を跳ねながらボスカルバングを倒したんです。自分でもなぜこんな可愛い夢を見るのか不思議だったけど、待ってて、大好きだよ、って、まるでナオがそう言っているように雪うさぎが言ってくれて。このまま死ぬのかもしれないと思うほど、とても幸せな夢でした」
幸せそうだけれど、同時に悲しそうで、その微笑みを見るととてつもない罪悪感に駆られるベルンハルドたちだった。
出血が多かったヴァレリラルドは大事を取ってもう1日を休養にあて、騎士たちも休養を取りながら交代でスタンピードの後始末をしていた。
その間、王都ではエンロート郊外で発生したスタンピードを統括騎士団を中心としたエンロート騎士団、シアンハウス騎士団が収束させたこと。その中でも王太子が群れのボス的存在を倒したことが公表されていた。
ボスカルバングを倒してから3日後、統括騎士団たちは王都へ凱旋していた。
王都の、王城へ続く道にはスタンピードを収束させた王太子と統括騎士団を一目見ようと多くの観衆が集まり、道の両脇を埋め尽くしている。
そこにはスタンピードの被害を免れたエンロートの住民も、感謝を伝えるために多くつめかけていた。
先導する近衛騎士の馬の後ろから、統括騎士団が同じく馬で続く。
「スタンピードを抑えたのは雪うさぎだと言ってるのに」
統括騎士団の先頭に立つヴァレリラルドは、馬上から群衆を見下ろしながら隣のケイレブに小声で嘆いた。
ボスカルバングを倒していないのに自分が歓声を浴びていることに違和感がある、とヴァレリラルドは続ける。
「じゃあ殿下は、ボスカルバングを倒していない俺がここにいることに違和感を感じますか?」
ケイレブは堂々と観衆の歓声を浴び、時折手を振ってそれに応えながら言った。
「ボスカルバングを倒さなくても、騎士団を束ねて多くの魔獣を倒したケイレブの働きは、英雄なみだ。違和感があるはずがない」
「騎士団を率いて多くの魔獣を倒したのは、殿下もそうですよ。ここにいる騎士たちも、騎士団を率いてもボスカルバングを倒してもいないが、歓声を浴びるにふさわしい勇気のある働きをしてくれた。それに違和感がありますか?」
ニヤリと笑うケイレブに、ヴァレリラルドの心が軽くなった。
「ない、な」
「では雪うさぎのかわりに観衆に応えてあげましょう」
ウインクして観衆に手を振るケイレブを見て、ヴァレリラルドも笑顔で観衆に手を振る。
凛々しく美しい王太子の輝くような笑顔に、観衆はさらに大歓声を送った。
一瞬、自分が8歳の頃に戻った錯覚に陥ったのは、そこがかつて梛央と一緒に滞在した時に使った部屋だったからだ。
「ナオ……?」
思わずその名を呟いたのは、近くにナオがいた気がしたから。
けれどヴァレリラルドの低い声は19歳の青年のもので、そばに梛央はいなかった。
「ヴァレリラルド、気が付いたか」
見てわかるほど落胆を隠せないヴァレリラルドに、穏やかな口調でベルンハルドが声をかける。
その声で傍らに父がいたことにヴァレリラルドは気づいた。
その後ろにはサミュエル、マフダル、ケイレブ、クランツ、フォルシウスという面々がいて、その顔ぶれがここにいるということは魔獣討伐は終わったことを意味していた。
「父上、私は? ボスカルバングは……」
ヴァレリラルドは、雪うさぎがボスカルバングを倒した夢を思い出しながらベルンハルドに尋ねた。
「最初に殿下のもとに駆けつけたのはシーグフリード殿とイクセルでした。その時にはボスカルバングは倒されたあとで、その脳天には殿下の剣が突き刺さっていたそうです。次に私とフォルシウスが駆けつけました。殿下はひどい傷を負っておられましたのでフォルシウスが傷を癒しましたが、出血が多かったため意識がない状態でした」
クランツが当時の状況を説明する。
アシェルナオが助けに行ったこと、歌で大浄化を果たしスタンピードを収束させたことは、ヴァレリラルドや他の騎士には伏せておくことになっていた。
「いや、私ではない。私はあの時、すでに出血と痛みで意識がほとんどなかった。もうだめだと思ってボスカルバング越しに夜空を見上げて、最後にナオに会いたいと思った。そこで意識がなくなってしまったんだろうな、雪うさぎの夢を見たんだ」
そう言うと、ヴァレリラルドは幸せそうに微笑んだ。
「雪うさぎ?」
ヴァレリラルドのこんな笑顔は10年以上ぶりだと思うと、ベルンハルドの胸にこみあげてくるものがあった。
「雪うさぎが宙を跳ねながらボスカルバングを倒したんです。自分でもなぜこんな可愛い夢を見るのか不思議だったけど、待ってて、大好きだよ、って、まるでナオがそう言っているように雪うさぎが言ってくれて。このまま死ぬのかもしれないと思うほど、とても幸せな夢でした」
幸せそうだけれど、同時に悲しそうで、その微笑みを見るととてつもない罪悪感に駆られるベルンハルドたちだった。
出血が多かったヴァレリラルドは大事を取ってもう1日を休養にあて、騎士たちも休養を取りながら交代でスタンピードの後始末をしていた。
その間、王都ではエンロート郊外で発生したスタンピードを統括騎士団を中心としたエンロート騎士団、シアンハウス騎士団が収束させたこと。その中でも王太子が群れのボス的存在を倒したことが公表されていた。
ボスカルバングを倒してから3日後、統括騎士団たちは王都へ凱旋していた。
王都の、王城へ続く道にはスタンピードを収束させた王太子と統括騎士団を一目見ようと多くの観衆が集まり、道の両脇を埋め尽くしている。
そこにはスタンピードの被害を免れたエンロートの住民も、感謝を伝えるために多くつめかけていた。
先導する近衛騎士の馬の後ろから、統括騎士団が同じく馬で続く。
「スタンピードを抑えたのは雪うさぎだと言ってるのに」
統括騎士団の先頭に立つヴァレリラルドは、馬上から群衆を見下ろしながら隣のケイレブに小声で嘆いた。
ボスカルバングを倒していないのに自分が歓声を浴びていることに違和感がある、とヴァレリラルドは続ける。
「じゃあ殿下は、ボスカルバングを倒していない俺がここにいることに違和感を感じますか?」
ケイレブは堂々と観衆の歓声を浴び、時折手を振ってそれに応えながら言った。
「ボスカルバングを倒さなくても、騎士団を束ねて多くの魔獣を倒したケイレブの働きは、英雄なみだ。違和感があるはずがない」
「騎士団を率いて多くの魔獣を倒したのは、殿下もそうですよ。ここにいる騎士たちも、騎士団を率いてもボスカルバングを倒してもいないが、歓声を浴びるにふさわしい勇気のある働きをしてくれた。それに違和感がありますか?」
ニヤリと笑うケイレブに、ヴァレリラルドの心が軽くなった。
「ない、な」
「では雪うさぎのかわりに観衆に応えてあげましょう」
ウインクして観衆に手を振るケイレブを見て、ヴァレリラルドも笑顔で観衆に手を振る。
凛々しく美しい王太子の輝くような笑顔に、観衆はさらに大歓声を送った。
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