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第2部
広がる歌
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ヴァレリラルドと分断した統括騎士団とシアンハウス騎士団を率いるサミュエルは、カルバングを確実に一頭一頭仕留めながら、ヴァレリラルドと合流すべく前進していた。
やがて一同の進む先、森の一角の上空が明るいことにサミュエルたちは気づいた。
「あそこに何かある! 油断せずに進め!」
指示するサミュエルだが、唐突に何かが体の中を通り過ぎるのを感じた。
「……歌?」
美しい歌声が耳をくすぐる。
言葉はよく聞き取れないが、言葉はなくても誰かを護る強い思いや、癒しをあたえるあたたかで優しい思いが溢れてくる歌だった。
それとともに清澄で、喜びが溢れてくるような高揚感を纏った気が駆け抜ける。
「なんだこれは……」
サミュエルは思わず足をとめて自身の体を見る。
他の騎士たちも同じように己の体を見る。
「傷が治ってる」
「俺もだ」
満身創痍で戦っていた騎士たちが不思議そうに今まで血が流れていた場所を見て口々に呟く。
同時にカルバングたちも動きをとめ、山から下りてきたときに纏っていた昂っていた気配が鎮まっていた。
そしてゆっくりと体の向きをかえ、隊列を組んで山に戻っていった。
「カルバングが山に戻っていくぞ」
騎士たちが追おうとするのを、
「深追いするな。今は殿下だ! 急げ!」
サミュエルは前進を拒む存在がいなくなったことで、明かりの見える場所へと急いだ。
カルバングの群れをがむしゃらに倒しながら、クランツとフォルシウスはボスカルバングの痕跡を追っていた。
「これは……」
クランツと、傷を負っているヴァレリラルドのもとに急いでいたフォルシウスは、強烈な気を浴びて立ち尽くす。
「なんという大いなる恩恵と祝福……」
身にまとわりつくようなキラキラと輝く風を手で掬うフォルシウス。
やがてそれが森一帯、山々一帯を覆いつくしていくのを、陶然と眺めていた。
「ナオ様の歌だ」
フォルシウスは微かに聞こえる精霊の力のこもった歌に、すぐにその名を口にした。
「カルバングの戦闘意欲がなくなっている。山に戻っていくぞ。フォル、急ごう!」
「あ、ああ」
クランツに促されて走り始めるフォルシウスだが、何があったかはわからないが、ナオの歌がきっとヴァレリラルドを護っているという確信があった。
ウルリクと合流し、ともにカルバングを倒したベルトルドも、主の危機を救うべく夜の森を駆け抜けていた。
「ごめん、ルド。俺、全然だめだ」
カルバングにすぐにとどめを刺すことができなかったどころか、ヴァレリラルドを危険にさらし、自分も走るカルバングから降りられずにヴァレリラルドから離れてしまうという無様な結果に、ウルリクは泣きそうな顔になる。
「ラルは大丈夫だ。俺たちはこの失敗を経て、二度とラルを危険な目に遭わさない側近になるんだ」
真っ先にウルリクを迎えに行き、一緒にボスカルバングの移動した先に向かいながらベルトルドが言った。
「ああ。二度と、二度とこんな失敗はしない。俺はもっと経験を積んで、ラルを護るんだ」
悔し涙を眦に浮かべながら、ウルリクは固く決意した。
「ああ。俺たちでずっと、ラルを護って……なんだ……?」
俺たちでずっと、に思いをこめるベルトルドだったが、ふいにあたたかな気が体を通り過ぎていくのを感じた。
「初めて感じる気持ちだ」
聞こえてきた歌のかけらと神聖な風に、思わずウルリクとベルトルドは立ち尽くしていた。
ソーメルスの砦からヴァレリラルドたちが討伐に向かったクノトコ地区に向けて、シーグフリードはイクセルとともに馬を走らせていた。
ヴァレリラルドの無事を願い続けながら手綱を握っているシーグフリードは、
「もうすぐです」
案内する従卒の言葉に、逸る心を抑えきれず馬の速度をあげる。
「シーグフリード様、あれを」
イクセルの視線の先を見るシーグフリードの瞳に、上空に漏れる光が見えた。
「あそこだ! 君はここまででいい。これから先はイクセルと2人で行く」
「シーグフリード様、先導します」
イクセルがシーグフリードの前に馬身を出して先を行く。
「ラル、無事でいてくれ」
すぐそのあとを追いながら、シーグフリードは祈っていた。
もうすぐでその光の場所に、というところでシーグフリードは異変を感じた。
「……歌? この声……まさか」
綺麗な高音の歌声が聞こえてきて、同時にえもいわれぬ思いが広く広がっていくのを感じた。
それは前を行くイクセルも同じようで、驚いた顔でシーグフリードを振り向く。
シーグフリードは頷くと、馬のスピードを落とし、あたりを見回しながら進んでいく。
やがて一同の進む先、森の一角の上空が明るいことにサミュエルたちは気づいた。
「あそこに何かある! 油断せずに進め!」
指示するサミュエルだが、唐突に何かが体の中を通り過ぎるのを感じた。
「……歌?」
美しい歌声が耳をくすぐる。
言葉はよく聞き取れないが、言葉はなくても誰かを護る強い思いや、癒しをあたえるあたたかで優しい思いが溢れてくる歌だった。
それとともに清澄で、喜びが溢れてくるような高揚感を纏った気が駆け抜ける。
「なんだこれは……」
サミュエルは思わず足をとめて自身の体を見る。
他の騎士たちも同じように己の体を見る。
「傷が治ってる」
「俺もだ」
満身創痍で戦っていた騎士たちが不思議そうに今まで血が流れていた場所を見て口々に呟く。
同時にカルバングたちも動きをとめ、山から下りてきたときに纏っていた昂っていた気配が鎮まっていた。
そしてゆっくりと体の向きをかえ、隊列を組んで山に戻っていった。
「カルバングが山に戻っていくぞ」
騎士たちが追おうとするのを、
「深追いするな。今は殿下だ! 急げ!」
サミュエルは前進を拒む存在がいなくなったことで、明かりの見える場所へと急いだ。
カルバングの群れをがむしゃらに倒しながら、クランツとフォルシウスはボスカルバングの痕跡を追っていた。
「これは……」
クランツと、傷を負っているヴァレリラルドのもとに急いでいたフォルシウスは、強烈な気を浴びて立ち尽くす。
「なんという大いなる恩恵と祝福……」
身にまとわりつくようなキラキラと輝く風を手で掬うフォルシウス。
やがてそれが森一帯、山々一帯を覆いつくしていくのを、陶然と眺めていた。
「ナオ様の歌だ」
フォルシウスは微かに聞こえる精霊の力のこもった歌に、すぐにその名を口にした。
「カルバングの戦闘意欲がなくなっている。山に戻っていくぞ。フォル、急ごう!」
「あ、ああ」
クランツに促されて走り始めるフォルシウスだが、何があったかはわからないが、ナオの歌がきっとヴァレリラルドを護っているという確信があった。
ウルリクと合流し、ともにカルバングを倒したベルトルドも、主の危機を救うべく夜の森を駆け抜けていた。
「ごめん、ルド。俺、全然だめだ」
カルバングにすぐにとどめを刺すことができなかったどころか、ヴァレリラルドを危険にさらし、自分も走るカルバングから降りられずにヴァレリラルドから離れてしまうという無様な結果に、ウルリクは泣きそうな顔になる。
「ラルは大丈夫だ。俺たちはこの失敗を経て、二度とラルを危険な目に遭わさない側近になるんだ」
真っ先にウルリクを迎えに行き、一緒にボスカルバングの移動した先に向かいながらベルトルドが言った。
「ああ。二度と、二度とこんな失敗はしない。俺はもっと経験を積んで、ラルを護るんだ」
悔し涙を眦に浮かべながら、ウルリクは固く決意した。
「ああ。俺たちでずっと、ラルを護って……なんだ……?」
俺たちでずっと、に思いをこめるベルトルドだったが、ふいにあたたかな気が体を通り過ぎていくのを感じた。
「初めて感じる気持ちだ」
聞こえてきた歌のかけらと神聖な風に、思わずウルリクとベルトルドは立ち尽くしていた。
ソーメルスの砦からヴァレリラルドたちが討伐に向かったクノトコ地区に向けて、シーグフリードはイクセルとともに馬を走らせていた。
ヴァレリラルドの無事を願い続けながら手綱を握っているシーグフリードは、
「もうすぐです」
案内する従卒の言葉に、逸る心を抑えきれず馬の速度をあげる。
「シーグフリード様、あれを」
イクセルの視線の先を見るシーグフリードの瞳に、上空に漏れる光が見えた。
「あそこだ! 君はここまででいい。これから先はイクセルと2人で行く」
「シーグフリード様、先導します」
イクセルがシーグフリードの前に馬身を出して先を行く。
「ラル、無事でいてくれ」
すぐそのあとを追いながら、シーグフリードは祈っていた。
もうすぐでその光の場所に、というところでシーグフリードは異変を感じた。
「……歌? この声……まさか」
綺麗な高音の歌声が聞こえてきて、同時にえもいわれぬ思いが広く広がっていくのを感じた。
それは前を行くイクセルも同じようで、驚いた顔でシーグフリードを振り向く。
シーグフリードは頷くと、馬のスピードを落とし、あたりを見回しながら進んでいく。
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