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第2部

会いたい……ナオ……

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 魔獣の数が目撃情報より多いとの知らせに、シーグフリードはイクセルを伴って転移陣でエンロートに向かった。

 さらにそこから前線基地となっているソーメルスの砦へ転移すると、砦の中は人が慌ただしく動き回っていた。

 人の合間を縫うように本部になっている広間に行くと、そこに目的の人物を見つけた。

 「司令担当のマフダル殿ですね。私はヴァレリラルド王太子の側近、シーグフリード・エルランデルです。イクセルはご存知ですよね」
 
 「マフダルです。イクセルは殿下の護衛として、数日ですが古城に滞在していましたから知っています。これを。いま、殿下とウルリクが孤立している状況です」

 マフダルは気忙しくシーグフリードとイクセルに通信機を渡す。

 「孤立?」

 つけながらシーグフリードが尋ねる。すると通信機から、

 『殿下、そちらにボスカルバングが移動しています!』

 サミュエルの叫び声が聞こえた。

 ヴァレリラルドからの応答はなかったが、しばらくして『ぐっ』というかみ殺した呻き声が聞こえた。

 「ラル! 返事をしろ! 無事か!」

 思わずシーグフリードは叫んでいた。





 ボスカルバングはヴァレリラルドを牙に引っかけたまま、巨体から想像つかないほどのスピードで猛進している。

 いつ木の幹に背中から激突させられるかわからない状況の中、右手でカルバングの牙にぶら下がりながら、ヴァレリラルドはなんとか反動をつけて牙から身を離そうともがくが、深く突き刺さった牙からは逃れられなかった。

 だらりと下がった左腕からはどくどくと血が流れ出ている。

 『ラル! 返事をしろ! 無事か!』

 ソーメルスの砦に着いたらしいシーグフリードの声が聞こえ、ヴァレリラルドの心に喜びが湧く。

 それはウルリクとベルトルドも同じようで、

 『シグ!』

 『こっちに来たのか!』

 弾んだ2人の声が通信機から聞こえた。

 『殿下を追え! 先回りしろ! 殿下、ご無事ですか! お返事を!』

 指示を出しながらヴァレリラルドに呼びかけるサミュエル。

 だが歯を食いしばって痛みに耐えるヴァレリラルドにはそれに応えることができなかった。

 こんなところで、死ぬわけには行かないんだ。

 こんな死に方では、助けてくれたナオに顔向けできないんだっ。

 力を振り絞って牙から逃れようとがむしゃらに身を捩るヴァレリラルドが負担になったのか、ボスカルバングが足をとめて首を左右に大きく振る。

 その反動でヴァレリラルドの体が宙に投げ出される。

 なんとか空中で体勢を立て直したが、痛みでうまく力が入らず、衝撃を吸収しきれずに着地して、木の根元に倒れこむ。

 森の中の、少し木々が開けたその場所の、木の幹になんとか上半身を起こすと、ヴァレリラルドは座り込んで左肩の傷を右手で押さえる。

 『ラル、返事だ!』

 『殿下、ご無事ですか!』

 相変わらず通信機からシーグフリードとサミュエルの必死な声が聞こえていて、こんな状況でありながらヴァレリラルドは笑みを浮かべた。

 「大丈夫だ。だが左肩に傷を負って動けない」

 心配させまいと、息を整えて話すヴァレリラルド。

 『無事か? 無事なんだな?』

 『殿下、クランツとフォルシウスが追っています。もうしばらく辛抱してください』

 ヴァレリラルドの声が聞こえて安心したシーグフリードとサミュエルの声。

 だがその声もヴァレリラルドには遠くに聞こえた。

 ボスカルバングの猛進中も流れ続けていた血が、今は座っているヴァレリラルドの座っている周りに血だまりを作っていた。

 血が、流れ過ぎたか・・・。

 体温が下がっていくのを感じながら、ヴァレリラルドは目の前のボスカルバングを通り越した夜空を見上げた。

 会いたかった。最後に、会いたかった。

 「会いたい……ナオ……」

 この10年、一度も忘れたことのない梛央への思いが零れる。

 そのヴァレリラルドの前にはボスカルバングの巨体があった。


 


 『会いたい……ナオ……』

 微かな、吐息のようなヴァレリラルドの声を聞いた者たちに激しい動揺が広がる。

 決して弱音を吐かないヴァレリラルドが、胸に秘めている思いを零れさせるような危機的な状況にいることが微かな呟きからわかってしまったのだ。

 「気をしっかり持て! お前は成果をあげて帰らないと行けないんだっ!」

 ソーメルスの砦で、通信機に向かって叫ぶと、シーグフリードはあたりを見回す。

 「誰か馬を! 誰かラルのところに案内してくれ!」

 シーグフリードは言いながらイクセルとともに臨時の厩舎になっている場所に駆け出す。

 死なせない。今ラルが死んだら誰も幸せにならない。

 友の身を案じ、アシェルナオの身を案じ、絶対に2人を悲しい別れにさせないと誓いながらシーグフリードは繋いであった馬に飛び乗った。
 



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