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第2部

ずっと、あなたが……

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 アシェルナオに申し訳ないと思いながらも、オルドジフはハッセルバリとともにエルランデル公爵家の馬車寄せに待たせていた中央統括神殿の馬車に駆け寄る。

 「急いで神殿に戻ってくれ!」

 一言御者にそう言うと、オルドジフは馬車に飛び乗る。

 「オルドジフ殿、ネルダールの行き先に心当たりがあるのでは? 早く身柄を確保しなければネルダールが遠くに行ってしまうかもしれないんですよ?」

 ハッセルバリは、ネルダールを探しに行くはずが神殿に戻ると言うオルドジフの真意がわからなかった。

 「大聖堂だ」




 私は貧しい貴族の家に生まれた。

 使用人はわずか2人。領地も持たず、収入を得る手段は国からのいくばくかの支給のみ。先のない貧乏貴族の子に生れた私には、だが生まれながらに一筋の光が差していた。

 特に強い加護を授かったわけでもなく、強い魔法が使えるわけではないが、私は生まれつき精霊を身近に感じることができたのだ。

 精霊がいると、そこが揺らいで見えた。

 そこから透明な気が蒸気のように湧き出しているのが見えるのだ。

 私は初等科を終えると、バスロ精霊神殿の神官となった。

 貴族の出とはいえ、初等科を出たばかりの下位貴族に与えられるのは清掃作業、雑用、簡単な下仕事だけだった。

 周りには友と呼べる者はなく孤独だったが、けれど私には精霊を感じる力がある。いつかは上の立場になり、精霊の存在を、その意義を、広く国民に伝えていくのだ。そう思うと修行も楽しくさえあった。

 そんな私の唯一の楽しみは、神官なら誰でも閲覧を許可されている大聖堂の大図書室で文献を読むことだった。

 休みの日はいつもそこで1人で本を読んでいた私だが、いつしかそこに1人加わることになった。

 オルドジフ。

 私と同じ年だが、高等科を終了してフランソン精霊神殿の神官になった男。

 オルドジフの家は上位貴族でありながら代々精霊の見える家系として有名で、これまでも精霊神殿の神殿長や、中央のトップを何人も輩出していた。

 下位貴族の私には遠い存在だが、寡黙で芯のある眼差しで本を読むその姿に共鳴し、彼もまたそう思ってくれたようで、私たちはいつしか友と呼べる仲になった。

 数年が経つと、私たちは一緒に各地の精霊神殿を回りながら現地の人たちに信仰を説き、現地の生活に触れるようになった。

 厳めしい容貌から敬遠されがちなオルドジフだが、その信仰の篤さと、すべてを受け入れるような寛容な人間性は、そばにいて居心地の良いものだった。

 私の人生の中で最も楽しく、最も輝いていた時間だった。

 だが、オルドジフが異例の若さでフランソン精霊神殿の神殿長補佐に抜擢されると、それが一変した。

 神殿長補佐と一端の神官とでは生活そのものがまるで違うようになった。

 あんなに身近にいたオルドジフが、話をするのもままならない遠い存在になってしまった。

 やはり、名門の貴族の出だからか。精霊神殿とはいえ、血筋がものをいうのか。

 やりきれない思いが私の足を大聖堂から遠ざけ、私はますます他者との接触を拒むようになった。

 10年前にオルドジフの弟のフォルシウスが神殿騎士となったのも、オルドジフが自分の地位を確立させるためだろう。

 オルドジフはその後、中央統括神殿長のグルンドライスト様の補佐となり、ゆくゆくはその後継になると予想されている。

 志は同じだったのに。同じ時を過ごしていたのに、なぜだ。

 この数年はそればかりを考えてきた。

 私の精霊の存在を感じる力は年々衰え、今では何も感じないに等しい。

 なぜだ。

 高等科にもいかず、ずっと神官として精霊に身を捧げていたのに、なぜだ。

 心に闇を抱えるようになった私に、エンゲルブレクト王弟殿下が声をかけてくださった。

 私の闇を許してくれて、優しい言葉をかけてくれた。

 愛し子が洗礼を受けたから、その子を探して新たな神殿を作ろう。そうしたら私を神殿長として任命する。だから愛し子の条件にあう子供たちを連れ去って、愛し子かどうか確かめるんだ。

 その言葉は私に再び希望を与えてくれた。

 心のどこかでは、やめろ、という声がする。

 だが頭と体が強烈にエンゲルブレクト王弟殿下の言葉に引き寄せられて、意志とは関係なく行動に移していた。

 中央統括神殿の保管庫を調べる。

 その指示に心が動いた。

 あそこにはオルドジフがいる。そこに侵入して調べる。少しは私のことを思い出してくれるだろうか。

 だが、失敗した。

 保管庫に侵入しようとしたところで弾かれて、爆音を神殿中に鳴らしてしまった。

 神官から聞いたエルランデル公爵邸でも子供を攫うのに失敗して、顔に火傷を負ってしまった。

 その火傷の顔を思い切り蹴り上げられて、ますます顔は熱を持っている。だが、火ぶくれとなった顔に痛みがあるのはわかるけれど、神経が麻痺しているのかあまり痛みは感じなかった。

 もう自分は終わっているのだ。

 そう思うと心は静かに凪いでいた。

 「ネルダール!」

 懐かしい声がした。避けていながらも、ずっと聞きたいと願っていた声だった。

 やはり、私は……。




 かつてネルダールと共に研鑽した大聖堂の大図書室。

 ネルダールの心当たりは、ここしかなかった。

 暗い大聖堂の中をハッセルバリと共に大図書室を目指して駆け抜ける。

 やがてドアを開けて飛び込んだ大図書室に、ネルダールはひっそりと立っていた。

 「ネルダール!」

 オルドジフはその名を叫び、早足で歩み寄る。

 ネルダールは静かにオルドジフを振り向いた。

 その顔の半分は、アシェルナオやサリアンの言うとおり焼けただれていたが、その口元には穏やかな笑みがたたえられていた。

 「誰に唆された? お前はこんなことをする人間では……」

 ネルダールの顔を見ると、やはりかつての思い出がよみがえり、オルドジフは戸惑いながら尋ねる。

 ネルダールの口が開かれた瞬間、その体がこわばり、やがて床に頽れた。

 「ネルダール!」

 駆けつけるオルドジフとハッセルバリが目にしたのは、その背中に突き刺さる短剣だった。

 「しっかりしろ、ネルダール」

 オルドジフはネルダールを抱き起す。

 「オルドジフ……ずっと、あなたが……」

 ネルダールは幸せそうな笑みを浮かべ、そして二度と動かなかった。

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