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第2部
トラップ発動
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ヴァレリラルドを思うと不安になり、食事どころではなかったが、アシェルナオは夜になるとオリヴェルとパウラの待つ食堂で一緒に食事を摂り、自分の住居スペースに戻ってきた。
「リンちゃん」
まだホールの隅に置いたままだったリングダールに駆け寄って、抱きしめながら絨毯の上に座り込む。
「よっぽど心配なんだねぇ」
一旦家に帰っていたサリアンが戻って来て、まだリングダールにべったりなアシェルナオを見て痛ましい表情をする。
いくらアシェルナオにヴァレリラルドは大丈夫だと言ったところで、実際に無事に帰ってくるまでは気が気ではないだろう。
「サリー?」
サリアンの声に気づいたアシェルナオが振り向く。
「いま戻りましたよ。今夜は私がフォルの代わりにナオ様の側にいます」
「サリー、おかえりなさい。スヴェン、怒ってなかった?」
自分がフォルシウスをヴァレリラルドに帯同させたとは言え、それでスヴェンにまで迷惑がかかってしまうとは思わなかったアシェルナオはサリアンの顔色を窺う。
「怒ってなんかいませんよ? スヴェンはケイレブの子ですよ? 護衛の役目が大事だということもわかっていますし、ナオ様を護ることがとても大切なことだと思っています。スヴェンは本当にケイレブに似て美人に弱くて。絶対にナオ様を護れって言われました」
安心させるように笑顔でサリアンが答えると、
「あれ、遠回しに自分のことを美人だと言ってるんだぜ」
「確かに美人だけど、ナオ様と比べると、ねぇ」
エルとルルがこそこそと囁きあう。だが声はサリアンにも聞こえていて、サリアンは2人を睨みつける。
「ナオ様。先にご入浴されませんか?」
リングダールを抱きしめて絨毯に座ったままのアシェルナオにテュコが声をかけた。
「まだいい」
リングダールに顔を埋めてアシェルナオは首を振る。
「アイナとドリーンがいつまでも休めませんよ?」
「じゃあ、お風呂が終われば、もう少しここにいてもいい?」
「少しだけですよ? 湯冷めしますからね?」
「はーい。アイナ、ドリーン、お風呂はいるー」
早く入浴して、またヴァレリラルドの様子を聞きたいアシェルナオは、浴室のある2階に行くために階段を駆け上った。
すでに夜も更けつつある時刻。
ネルダールはエンゲルブレクトに渡されたナイフで空間を切りさいた。
線のような切れ目に手をかけ、水の中にいるような抵抗を感じながら左右に広げる。できた隙間から身を滑らすと、何度か訪れたことのある中央統括神殿のエントランスにいた。
不必要な灯りは消されており、薄暗い空間に突然現れたネルダールを見咎める者はいなかった。
記憶をたどりに、保管庫のある地下へ降りる階段に向かう。
気が抜けるほど楽に地下への侵入を果たしたネルダールは、通路の最奥、正面にある保管庫の前に歩み寄る。
そこは重厚なことが一目でわかる金属製の一枚扉で、扉の前面に繊細な彫金で花や鳥が描かれていた。
ネルダールは扉の中央にナイフをあて、それを下まで下ろす。
できた空間の切れ目に手をかけて身をくぐらせた瞬間、爆音が鳴った。
誰もいない地下へ人が集まる気配がして、咄嗟にネルダールはナイフで空間に切れ目を入れて身をくぐらせる。
空間から出た場所は、先ほどと同じエントランスホールだった。
先ほどと違うのは誰もいなかったホールに数人の神官がいたことだった。
騒然としていたため、ふいにネルダールが現れたところは見ていなかったようで、
「おや、あなたは?」
同じ神官姿であり、どこかで見かけたことのあるネルダールに中央統括神殿の神官は声をかける。
「私はバスロ精霊神殿の神官でネルダールと申します。旧知の仲であるオルドジフを訪ねてきたのですが、急に大きな音がしてびっくりしているところです。何かあったのですか?」
「オルドジフ殿の。私はサーブリーと申します。さきほどの音は何かの警戒音でしょう。オルドジフ殿でしたね。おそらくグルンドライスト様とご一緒だと思います。呼んで参りますから、騒がしいでしょうがこちらでお待ちください」
「いいえ、この状況では私の来訪どころではないでしょう。またの機会に出直すことにしますが、グルンドライスト様はご健勝でしょうか。今でも洗礼の儀式をされておられるのでしょうか」
「洗礼の儀式はオルドジフ殿がされておられますよ。他の神官がすることもあります。グルンドライスト様が儀式をされるのは王族……ああ、懇意にされておられるエルランデル公爵家には時折でかけていらっしゃいます。もしかしたら出先で洗礼の儀式をしていらっしゃるのかもしれませんね」
「確かエルランデル公爵家にはお2人、お子様がいらっしゃいましたね。下のお子様はまだお小さかったはず……。下夜月3の風に出かけられたのでは?」
「ええ、確かその頃に出かけられました。オルドジフ殿も一緒でしたよ」
「ありがとうございます。では私はこれで」
ネルダールはサーブリーに頭を下げると玄関扉を開けて外に出た。
「リンちゃん」
まだホールの隅に置いたままだったリングダールに駆け寄って、抱きしめながら絨毯の上に座り込む。
「よっぽど心配なんだねぇ」
一旦家に帰っていたサリアンが戻って来て、まだリングダールにべったりなアシェルナオを見て痛ましい表情をする。
いくらアシェルナオにヴァレリラルドは大丈夫だと言ったところで、実際に無事に帰ってくるまでは気が気ではないだろう。
「サリー?」
サリアンの声に気づいたアシェルナオが振り向く。
「いま戻りましたよ。今夜は私がフォルの代わりにナオ様の側にいます」
「サリー、おかえりなさい。スヴェン、怒ってなかった?」
自分がフォルシウスをヴァレリラルドに帯同させたとは言え、それでスヴェンにまで迷惑がかかってしまうとは思わなかったアシェルナオはサリアンの顔色を窺う。
「怒ってなんかいませんよ? スヴェンはケイレブの子ですよ? 護衛の役目が大事だということもわかっていますし、ナオ様を護ることがとても大切なことだと思っています。スヴェンは本当にケイレブに似て美人に弱くて。絶対にナオ様を護れって言われました」
安心させるように笑顔でサリアンが答えると、
「あれ、遠回しに自分のことを美人だと言ってるんだぜ」
「確かに美人だけど、ナオ様と比べると、ねぇ」
エルとルルがこそこそと囁きあう。だが声はサリアンにも聞こえていて、サリアンは2人を睨みつける。
「ナオ様。先にご入浴されませんか?」
リングダールを抱きしめて絨毯に座ったままのアシェルナオにテュコが声をかけた。
「まだいい」
リングダールに顔を埋めてアシェルナオは首を振る。
「アイナとドリーンがいつまでも休めませんよ?」
「じゃあ、お風呂が終われば、もう少しここにいてもいい?」
「少しだけですよ? 湯冷めしますからね?」
「はーい。アイナ、ドリーン、お風呂はいるー」
早く入浴して、またヴァレリラルドの様子を聞きたいアシェルナオは、浴室のある2階に行くために階段を駆け上った。
すでに夜も更けつつある時刻。
ネルダールはエンゲルブレクトに渡されたナイフで空間を切りさいた。
線のような切れ目に手をかけ、水の中にいるような抵抗を感じながら左右に広げる。できた隙間から身を滑らすと、何度か訪れたことのある中央統括神殿のエントランスにいた。
不必要な灯りは消されており、薄暗い空間に突然現れたネルダールを見咎める者はいなかった。
記憶をたどりに、保管庫のある地下へ降りる階段に向かう。
気が抜けるほど楽に地下への侵入を果たしたネルダールは、通路の最奥、正面にある保管庫の前に歩み寄る。
そこは重厚なことが一目でわかる金属製の一枚扉で、扉の前面に繊細な彫金で花や鳥が描かれていた。
ネルダールは扉の中央にナイフをあて、それを下まで下ろす。
できた空間の切れ目に手をかけて身をくぐらせた瞬間、爆音が鳴った。
誰もいない地下へ人が集まる気配がして、咄嗟にネルダールはナイフで空間に切れ目を入れて身をくぐらせる。
空間から出た場所は、先ほどと同じエントランスホールだった。
先ほどと違うのは誰もいなかったホールに数人の神官がいたことだった。
騒然としていたため、ふいにネルダールが現れたところは見ていなかったようで、
「おや、あなたは?」
同じ神官姿であり、どこかで見かけたことのあるネルダールに中央統括神殿の神官は声をかける。
「私はバスロ精霊神殿の神官でネルダールと申します。旧知の仲であるオルドジフを訪ねてきたのですが、急に大きな音がしてびっくりしているところです。何かあったのですか?」
「オルドジフ殿の。私はサーブリーと申します。さきほどの音は何かの警戒音でしょう。オルドジフ殿でしたね。おそらくグルンドライスト様とご一緒だと思います。呼んで参りますから、騒がしいでしょうがこちらでお待ちください」
「いいえ、この状況では私の来訪どころではないでしょう。またの機会に出直すことにしますが、グルンドライスト様はご健勝でしょうか。今でも洗礼の儀式をされておられるのでしょうか」
「洗礼の儀式はオルドジフ殿がされておられますよ。他の神官がすることもあります。グルンドライスト様が儀式をされるのは王族……ああ、懇意にされておられるエルランデル公爵家には時折でかけていらっしゃいます。もしかしたら出先で洗礼の儀式をしていらっしゃるのかもしれませんね」
「確かエルランデル公爵家にはお2人、お子様がいらっしゃいましたね。下のお子様はまだお小さかったはず……。下夜月3の風に出かけられたのでは?」
「ええ、確かその頃に出かけられました。オルドジフ殿も一緒でしたよ」
「ありがとうございます。では私はこれで」
ネルダールはサーブリーに頭を下げると玄関扉を開けて外に出た。
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