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第2部
会いたくてたまらない
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ホールの片隅で会議の間の会話を聞いていたアシェルナオは、ヴァレリラルドの決意の固さと、討伐を成功させる自信のようなものを感じていた。
けれどやはりヴァレリラルドがスタンピード並みの魔獣の群れと戦うのは不安で、怖かった。
それに、エンゲルブレクトがわざとヴァレリラルドを前線に出そうと仕向けていたことも、アシェルナオの心を重くしていた。
以前、自分を襲った男に似ているエンゲルブレクトが、襲われた場所に似ている黒い大きな馬車の中で自分の近くにいるということが怖かった。
今でもアシェルナオはエンゲルブレクトを思うと怖いという感情がわいてくる。
過去のいやな記憶が、なぜかあらたな恐怖につながりそうな予感がしてくるのだ。
「今日は随分とおとなしいですが、体調でも?」
リングダールを抱きしめてじっとしているアシェルナオに、サリアンが声をかける。
「ううん。いま精霊たちに話を聞いてるの」
妖精からの贈り物でヴァレリラルドの話を聞いているのだが、実際に精霊たちもアシェルナオの周りで耳を傾けているので、あながち嘘ではなかった。
「精霊、ですか……」
上位貴族とか王族とか精霊とか、自分より強い立場の存在には及び腰になるサリアンは、アシェルナオからそっと距離を取った。
「出発の準備で忙しいところを、すまない」
会議の間の王の座の後ろにある国王の待機室に入ると、ベルンハルドは長椅子に腰を下ろした。
静かにローセボームがその後ろに立つ。
「父上、私なら大丈夫です。王太子が魔獣討伐に行くことは成果をあげて必ず生還することだ、と、側近たちが私よりもわかってくれていますから」
時に自暴自棄になりそうになる心を諫めてくれる側近たちがいることを感謝するヴァレリラルドは、瞳に強い輝きを浮かべて言った。
「ああ。いい側近に恵まれたな。それは、ヴァレリラルド。お前自身の持つ強さと優しさが、周りの側近を成長させているんだ。……王としてはエンロートを守るために頑張ってこい、と言うべきだろうが、万が一にもお前を失うのではないかという不安に襲われているんだ」
父親としての迷いを、隠さずにベルンハルドは口にした。
「……父上」
ヴァレリラルドは静かに笑った。「私は、ナオに救ってもらった命を、粗末にはしません。以前は自棄になってどうなってもいいと思ったこともありました。けれど、私はナオに何1つ返していないんです。ナオに何かを返せるようなことをしないうちは、何かを返せるような人間になるまでは、決して命を落とすことはありません。ナオにつないでもらった命を、やすやすと落とすわけにはいかないんです」
神々しい威厳のようなものを纏うヴァレリラルドに、ベルンハルドもローセボームも、ナオが生まれ変わっていることを隠していることに、罪悪感を感じた。
「ヴァレリラルド、無事に帰ってきたら」
アシェルナオのことを教えよう、と言おうとしたベルンハルドを、
「陛下」
それ以上言ってはいけません、という意味を込めてローセボームが制する。
「……なんでもない。無事に帰ってくるんだぞ」
「もちろんです」
ヴァレリラルドの返事に満足しながらも、ベルンハルドは表情を曇らせる。
「ところで、さっきのエンゲルブレクトの発言だが」
「……叔父上は、私の代わりにナオがいなくなったことを恨んでおいでなのでしょう」
当時、エンゲルブレクトは梛央に執着していた。先に梛央にプロポーズしたのはエンゲルブレクトだった。
エンゲルブレクトが本気で梛央を愛していたのなら、梛央を死なせてしまった自分を恨んでも仕方ないとヴァレリラルドは顔を伏せる。
「もちろん、それもあるだろう。だが、最近のエンゲルブレクトはおかしい。昔はもっと腹のうちに溜めておく性質だったが、最近は表立って不穏な発言をするようになった。……心の中にエンゲルブレクトに対する不信感をおいておいてほしい。常に警戒を怠るな」
ベルンハルドの発言の意図がよくわからなかったが、ヴァレリラルドはしっかり頷いた。
ヴァレリラルド自身から、自分が庇ったことで自棄になった時期があったことを聞いたアシェルナオは、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
けれど、たとえその心を傷つける結果になったとしても、ヴァレリラルドの身を守ったことを、アシェルナオは後悔していなかった。
それを乗り越えて、何かを返したいと言ってくれるヴァレリラルドを思うと、会いたくてたまらなかった。小さくなった身を見せるのには抵抗はあるが、それでも会いたかった。
魔獣に負けないで。何も返してくれなくていいから、死なないで。
会って、そう伝えたかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ローセボーム、フラグを立てさせませんでしたよ。
けれどやはりヴァレリラルドがスタンピード並みの魔獣の群れと戦うのは不安で、怖かった。
それに、エンゲルブレクトがわざとヴァレリラルドを前線に出そうと仕向けていたことも、アシェルナオの心を重くしていた。
以前、自分を襲った男に似ているエンゲルブレクトが、襲われた場所に似ている黒い大きな馬車の中で自分の近くにいるということが怖かった。
今でもアシェルナオはエンゲルブレクトを思うと怖いという感情がわいてくる。
過去のいやな記憶が、なぜかあらたな恐怖につながりそうな予感がしてくるのだ。
「今日は随分とおとなしいですが、体調でも?」
リングダールを抱きしめてじっとしているアシェルナオに、サリアンが声をかける。
「ううん。いま精霊たちに話を聞いてるの」
妖精からの贈り物でヴァレリラルドの話を聞いているのだが、実際に精霊たちもアシェルナオの周りで耳を傾けているので、あながち嘘ではなかった。
「精霊、ですか……」
上位貴族とか王族とか精霊とか、自分より強い立場の存在には及び腰になるサリアンは、アシェルナオからそっと距離を取った。
「出発の準備で忙しいところを、すまない」
会議の間の王の座の後ろにある国王の待機室に入ると、ベルンハルドは長椅子に腰を下ろした。
静かにローセボームがその後ろに立つ。
「父上、私なら大丈夫です。王太子が魔獣討伐に行くことは成果をあげて必ず生還することだ、と、側近たちが私よりもわかってくれていますから」
時に自暴自棄になりそうになる心を諫めてくれる側近たちがいることを感謝するヴァレリラルドは、瞳に強い輝きを浮かべて言った。
「ああ。いい側近に恵まれたな。それは、ヴァレリラルド。お前自身の持つ強さと優しさが、周りの側近を成長させているんだ。……王としてはエンロートを守るために頑張ってこい、と言うべきだろうが、万が一にもお前を失うのではないかという不安に襲われているんだ」
父親としての迷いを、隠さずにベルンハルドは口にした。
「……父上」
ヴァレリラルドは静かに笑った。「私は、ナオに救ってもらった命を、粗末にはしません。以前は自棄になってどうなってもいいと思ったこともありました。けれど、私はナオに何1つ返していないんです。ナオに何かを返せるようなことをしないうちは、何かを返せるような人間になるまでは、決して命を落とすことはありません。ナオにつないでもらった命を、やすやすと落とすわけにはいかないんです」
神々しい威厳のようなものを纏うヴァレリラルドに、ベルンハルドもローセボームも、ナオが生まれ変わっていることを隠していることに、罪悪感を感じた。
「ヴァレリラルド、無事に帰ってきたら」
アシェルナオのことを教えよう、と言おうとしたベルンハルドを、
「陛下」
それ以上言ってはいけません、という意味を込めてローセボームが制する。
「……なんでもない。無事に帰ってくるんだぞ」
「もちろんです」
ヴァレリラルドの返事に満足しながらも、ベルンハルドは表情を曇らせる。
「ところで、さっきのエンゲルブレクトの発言だが」
「……叔父上は、私の代わりにナオがいなくなったことを恨んでおいでなのでしょう」
当時、エンゲルブレクトは梛央に執着していた。先に梛央にプロポーズしたのはエンゲルブレクトだった。
エンゲルブレクトが本気で梛央を愛していたのなら、梛央を死なせてしまった自分を恨んでも仕方ないとヴァレリラルドは顔を伏せる。
「もちろん、それもあるだろう。だが、最近のエンゲルブレクトはおかしい。昔はもっと腹のうちに溜めておく性質だったが、最近は表立って不穏な発言をするようになった。……心の中にエンゲルブレクトに対する不信感をおいておいてほしい。常に警戒を怠るな」
ベルンハルドの発言の意図がよくわからなかったが、ヴァレリラルドはしっかり頷いた。
ヴァレリラルド自身から、自分が庇ったことで自棄になった時期があったことを聞いたアシェルナオは、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
けれど、たとえその心を傷つける結果になったとしても、ヴァレリラルドの身を守ったことを、アシェルナオは後悔していなかった。
それを乗り越えて、何かを返したいと言ってくれるヴァレリラルドを思うと、会いたくてたまらなかった。小さくなった身を見せるのには抵抗はあるが、それでも会いたかった。
魔獣に負けないで。何も返してくれなくていいから、死なないで。
会って、そう伝えたかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ローセボーム、フラグを立てさせませんでしたよ。
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