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第2部
おこ
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時間を少し遡って、シーグフリードが早朝にアシェルナオと話をした日の午前。
すでにウルリクもベルトルドも来ていて、シーグフリードはヴァレリラルドの出勤を待っていた。
「おはようございます」
入室してきた人物を迎え入れながら挨拶するミヒルの声で、執務机に向かっていたシーグフリードは扉のほうに顔を向けた。
「おはよう」
言いながら入室してきたヴァレリラルドに、
「おはよう、ラル。要請があった場合の騎士の編成は終わった。指示があるまで待機してもらっている」
待ちかねていたシーグフリードが報告する。
「ご苦労だったな」
「支援物資もいつでも転送できるように準備が済んでいる。それと、事後承諾になるが追加で1人、ラルの側近として招聘することになった」
「側近? 私の? 誰だ?」
怪訝な顔をするヴァレリラルド。
「以前第一騎士団にいたフォルシウスだ」
「フォルシウス? もう何年も前に第一騎士団をやめて神殿騎士になったと聞いているが」
懐かしい名前を聞いて、ヴァレリラルドはシーグフリードを見つめる。
「クランツと結婚したんだ。いまは神殿騎士ではなくフリーで護衛の仕事をしている。クランツからエンロートに魔獣が集結していると聞いて、協力したいと申し出てくれたんだ」
「クランツと。そうか……」
梛央の護衛をしていた時はクランツとフォルシウスが2人で組んでいたことを思い出して、ヴァレリラルドは少しの間10年前の頃に意識を向ける。
梛央の人間性もあってその周囲にはいつも笑顔が溢れ、温かな空気が流れていた。梛央を護ろうと、テュコもアイナ、ドリーン、騎士たちも、みんなが強い絆が結ばれていた。
その中の2人が結婚していたことを喜ばしく思いながらも、梛央を思うとヴァレリラルドの、胸の奥のいまだに癒えない傷が、激しく疼いた。
「フォルシウスは騎士としての能力も十分だし、癒し手としても有能だ。常にウルとルドとフォルシウスと一緒にいるんだぞ」
「要請があれば私は1人の騎士として行く。護衛は不要だ」
梛央がいないこの世界で、自分だけが大事に護られることが許せなくて、ヴァレリラルドは吐き捨てるように言う。
「1人の騎士として行けるはずがない。王太子が要請されて魔獣討伐に行く。それは成果をあげて必ず生還するということを意味している。それがわからないようなら行かせられない」
声は抑えているが、その瞳はシーグフリードにしては珍しく怒気を孕んでいた。
「ラルは強い。剣じゃ、俺より強いかもしれない。けど、油断や慢心は命取りなんだ。相手が魔獣だろうと、何があるかわからないんだ。万全を期してラルを護りたい。そう思ってるのはシグだけじゃないからな!」
ウルリクもヒステリックに叫ぶ。
「ラルが否定しようが、ラルはこの国の次期国王だ。次期国王を1人の騎士と同じと考えるのなら、それはラルの甘ったれた考えで、見当違いだ。むしろ俺たちを何だと思ってる。俺たちの任務は、どんな危険な状況でもラルを護りつつ成果をあげることだ。そのための覚悟を侮るんじゃないぞ」
体格は立派だが、普段はおとなしいベルトルドも声をあらげる。
「……すまない」
梛央に助けられた命だから大切にしないといけない。わかっていても、時折そうすることが辛いことがある。
けれどもそれを口にすることもできないヴァレリラルドは、小さく謝罪の言葉を呟く。
「わかればいいけどな。わかれば。俺はヴァルを気にかけつつ魔獣も倒すけどな」
「ああ、ウルは魔獣な。何体でもいっていいからな」
ベルトルドはまだ苛ついているウルリクをなだめ、シーグフリードは複雑な気持ちでヴァレリラルドを見つめていた。
王太子の執務室の扉が開き、ローセボームが顔を出したのは午後のことだった。
「王太子殿下。先ほど陛下に、マフダルから殿下への応援要請がありました。今から会議の間においで願えませんかな」
ローセボームの口調は緊迫した状況を感じさせない、穏やかなものだった。
「それはエンロートに、ケイレブでも手に負えないくらいの魔獣が現れたということだろう? ならば会議の間に行ってる暇など」
ヴァレリラルドは立ち上がって叫んだが、すぐに思い直して、わかった、と言った。
王太子が要請されて魔獣討伐に行くことの意味を、今朝シーグフリードに説かれたばかりだからだ。
自分は自分の使命を全うするだけだ、と、ヴァレリラルドは心の中で決意を新たにする。
「イヴァン、待機させている騎士たちに出動の連絡を頼む。ミヒル、補給庫の物資を転移陣の間に移してくれ。行こう、ラル」
シーグフリードに促され、ヴァレリラルドは力強く頷いた。
「ヴァル……」
ホールの隅で、絨毯の上でリングダールを抱きしめながら、アシェルナオは花弁を耳にあてて小さく呟く。
思ったよりもヴァレリラルドがエンロートに出発するのが早く、フォルシウスを同行させるのが間に合ったことにほっとしたが、不安は大きかった。
もしヴァレリラルドに何かあればと思うと、胸の鼓動が激しくなって、指先が震えるアシェルナオだった。
すでにウルリクもベルトルドも来ていて、シーグフリードはヴァレリラルドの出勤を待っていた。
「おはようございます」
入室してきた人物を迎え入れながら挨拶するミヒルの声で、執務机に向かっていたシーグフリードは扉のほうに顔を向けた。
「おはよう」
言いながら入室してきたヴァレリラルドに、
「おはよう、ラル。要請があった場合の騎士の編成は終わった。指示があるまで待機してもらっている」
待ちかねていたシーグフリードが報告する。
「ご苦労だったな」
「支援物資もいつでも転送できるように準備が済んでいる。それと、事後承諾になるが追加で1人、ラルの側近として招聘することになった」
「側近? 私の? 誰だ?」
怪訝な顔をするヴァレリラルド。
「以前第一騎士団にいたフォルシウスだ」
「フォルシウス? もう何年も前に第一騎士団をやめて神殿騎士になったと聞いているが」
懐かしい名前を聞いて、ヴァレリラルドはシーグフリードを見つめる。
「クランツと結婚したんだ。いまは神殿騎士ではなくフリーで護衛の仕事をしている。クランツからエンロートに魔獣が集結していると聞いて、協力したいと申し出てくれたんだ」
「クランツと。そうか……」
梛央の護衛をしていた時はクランツとフォルシウスが2人で組んでいたことを思い出して、ヴァレリラルドは少しの間10年前の頃に意識を向ける。
梛央の人間性もあってその周囲にはいつも笑顔が溢れ、温かな空気が流れていた。梛央を護ろうと、テュコもアイナ、ドリーン、騎士たちも、みんなが強い絆が結ばれていた。
その中の2人が結婚していたことを喜ばしく思いながらも、梛央を思うとヴァレリラルドの、胸の奥のいまだに癒えない傷が、激しく疼いた。
「フォルシウスは騎士としての能力も十分だし、癒し手としても有能だ。常にウルとルドとフォルシウスと一緒にいるんだぞ」
「要請があれば私は1人の騎士として行く。護衛は不要だ」
梛央がいないこの世界で、自分だけが大事に護られることが許せなくて、ヴァレリラルドは吐き捨てるように言う。
「1人の騎士として行けるはずがない。王太子が要請されて魔獣討伐に行く。それは成果をあげて必ず生還するということを意味している。それがわからないようなら行かせられない」
声は抑えているが、その瞳はシーグフリードにしては珍しく怒気を孕んでいた。
「ラルは強い。剣じゃ、俺より強いかもしれない。けど、油断や慢心は命取りなんだ。相手が魔獣だろうと、何があるかわからないんだ。万全を期してラルを護りたい。そう思ってるのはシグだけじゃないからな!」
ウルリクもヒステリックに叫ぶ。
「ラルが否定しようが、ラルはこの国の次期国王だ。次期国王を1人の騎士と同じと考えるのなら、それはラルの甘ったれた考えで、見当違いだ。むしろ俺たちを何だと思ってる。俺たちの任務は、どんな危険な状況でもラルを護りつつ成果をあげることだ。そのための覚悟を侮るんじゃないぞ」
体格は立派だが、普段はおとなしいベルトルドも声をあらげる。
「……すまない」
梛央に助けられた命だから大切にしないといけない。わかっていても、時折そうすることが辛いことがある。
けれどもそれを口にすることもできないヴァレリラルドは、小さく謝罪の言葉を呟く。
「わかればいいけどな。わかれば。俺はヴァルを気にかけつつ魔獣も倒すけどな」
「ああ、ウルは魔獣な。何体でもいっていいからな」
ベルトルドはまだ苛ついているウルリクをなだめ、シーグフリードは複雑な気持ちでヴァレリラルドを見つめていた。
王太子の執務室の扉が開き、ローセボームが顔を出したのは午後のことだった。
「王太子殿下。先ほど陛下に、マフダルから殿下への応援要請がありました。今から会議の間においで願えませんかな」
ローセボームの口調は緊迫した状況を感じさせない、穏やかなものだった。
「それはエンロートに、ケイレブでも手に負えないくらいの魔獣が現れたということだろう? ならば会議の間に行ってる暇など」
ヴァレリラルドは立ち上がって叫んだが、すぐに思い直して、わかった、と言った。
王太子が要請されて魔獣討伐に行くことの意味を、今朝シーグフリードに説かれたばかりだからだ。
自分は自分の使命を全うするだけだ、と、ヴァレリラルドは心の中で決意を新たにする。
「イヴァン、待機させている騎士たちに出動の連絡を頼む。ミヒル、補給庫の物資を転移陣の間に移してくれ。行こう、ラル」
シーグフリードに促され、ヴァレリラルドは力強く頷いた。
「ヴァル……」
ホールの隅で、絨毯の上でリングダールを抱きしめながら、アシェルナオは花弁を耳にあてて小さく呟く。
思ったよりもヴァレリラルドがエンロートに出発するのが早く、フォルシウスを同行させるのが間に合ったことにほっとしたが、不安は大きかった。
もしヴァレリラルドに何かあればと思うと、胸の鼓動が激しくなって、指先が震えるアシェルナオだった。
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