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第2部
必要な人間(でも超逃げて)
しおりを挟むその日、アシェルナオはいつもよりかなり早く目を覚ました。
寝台を降りて天蓋カーテンを開けると、部屋で寝ずの番をしているフォルシウスが椅子から立ち上がり、歩み寄る。
「ナオ様、随分早いですね。まだ夜が明けていませんからテュコたちも来ていませんよ。呼びましょうか?」
「ううん、一人で身支度できるからいい。そしたら朝食の間に行きたい。フォル、ついてきて?」
「それはいいですが、テュコたちを待った方がよくないですか?」
「だって、早く行かないと兄さまに会えないんだ。昨日も早めに行ったけど、もうお出かけしたあとだった。帰りも遅くて会えないから、早く行きたいんだ」
言いながら着ている寝間着を脱ぎだすアシェルナオ。
「ナオ様、今日着る服はどこに?」
寝間着を脱ぎ捨てて下着姿になったアシェルナオにフォルシウスが尋ねる。
「あ」
前世の世界のベビードールのような下着姿で立ち尽くすアシェルナオ。
脱ぎ着はできるが、服の管理はできない公爵家次男だった。
「早く起きた時はお呼びくださいと言ってるでしょう?」
寝室のドアが開き、テュコを先頭にアイナとドリーンが身支度をきっちり整えた姿で現れた。
「おはよう、服」
「私は服ではありません。フォルシウスといえど、高貴な方がむやみに下着姿を晒してはいけません」
「はーい」
テュコが小言を言っているあいだにアイナとドリーンが洗顔の用意をし、今日の服を用意する。
「でもね、早起きしなくちゃって思ったのは僕だから、テュコたちにまで早起きさせるの、嫌だったんだ」
あっという間に身支度が整ったアシェルナオは、けれど少し拗ねたように言った。
「子供は気にしなくてよいことです」
苦笑するテュコ。
「子供じゃないよ。僕、一度16歳まで生きてるよ」
「16歳でもとても可愛らしかったですよ。それからさらに可愛らしくなってるから、まだ子供ですよ」
自分でも精神年齢が大人になったとはとても思えないアシェルナオは、言い返せなかった。
「私はナオ様の子供時代を長く見ていられて幸せですよ」
「私もですよ」
「うーん、じゃあ、行ってきます」
まだ納得できないが、アイナとドリーンに見送られながら、アシェルナオはテュコとフォルシウスに付き添われて寝室を後にした。
アシェルナオが朝食の間に着いたとき、シーグフリードが朝食を終えて出てくるところだった。
「兄さま、おはようございます」
間に合ったことが嬉しくて、アシェルナオは笑顔で頭をさげて挨拶をする。
「アシェルナオ、おはよう。今日は早いね。ちょうど今から会いに行こうと思っていたんだ」
「なんですか?」
胸騒ぎを感じて、アシェルナオはシーグフリードを見上げる。
「兄さまはエンロートの魔獣討伐が終わるまで王城に泊まり込むことにしたから、しばらく会えなくなるんだ。落ち着いたらすぐに帰ってくるよ」
「え……」
言ったとたんに心配そうな顔をするアシェルナオに、なるべく安心させるような笑顔を見せるシーグフリード。
「ケイレブたちが先にエンロートに向かっているが、もしかしたらラルに応援要請があるかもしれない。そうなったときは王城とエンロートを行き来してラルが安心して戦えるように補佐するのが兄さまの仕事だ。だからいつでも対応できるように王城に詰めておくんだよ」
安心させるためにきちんと状況を教えてくれるシーグフリードに、心配すぎて泣きそうな顔になりながらもアシェルナオは頷いた。
「わかりました。兄さまとヴァルの無事を祈っています」
「いい子だ、アシェルナオ」
泣くのを我慢しているアシェルナオが愛しくて、シーグフリードは手を伸ばして艶やかな黒髪を撫でる。
「兄さま」
アシェルナオは決意した顔でシーグフリードを見つめる。
「なんだい? アシェルナオ」
「ヴァルがエンロートに出陣するときは、一緒にフォルを連れて行ってください」
「ナオ様?」
急に自分の名前を出されて、フォルシウスは戸惑った声を出す。
ケイレブが魔獣討伐のためにエンロートに出発したことは、クランツも同行しているのでもちろん知っていた。
だが、第一騎士団を辞めて10年の月日が経つフォルシウスは、いくらクランツが現地で魔獣と戦っているとわかっていても自分も一緒に行きたいとは思わなかった。
クランツにはクランツの護るべきものが、フォルシウスにはフォルシウスの護るべきものがあるからだ。
「フォルシウスを?」
「フォルは以前第一騎士団にいました。フォルは騎士としても癒し手としても優秀で、今のヴァルのそばには必要な人間です。屋敷の中にいる僕にはフォルは過ぎた人材です。もちろんフォルがいいと言ってくれれば、ですけど……」
シーグフリードに訴えていたアシェルナオは、自分の後ろにいるフォルシウスを振り向く。
「フォル、お願い。ヴァルを護って」
目にいっぱい涙を溜めて、でも泣かないように唇をきつく結んでいるアシェルナオに、フォルシウスは一瞬の逡巡のあとにしっかりと頷いた。
「わかりました。ナオ様の気持ちを持って殿下に仕えてきます」
「ありがとう、フォル。でも僕のことはヴァルには言わないで。それで、フォルも気を付けてね。ヴァルに何かあったら嫌だけど、フォルに何かあっても嫌だからね?」
泣くのを堪えたまま言うアシェルナオに、フォルシウスは頷きながらシーグフリードを見る。
「フォルシウスが同行してくれればありがたいよ。助かる」
「けれど、ナオ様の護衛はどうしましょう?」
テュコの問いに、
「そうだな。今日はサリアンに頼もう。明日からは考えよう」
シーグフリードもそれだけはすぐにいい案が見つからなかった。
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