上 下
195 / 416
第2部

必要な人間(でも超逃げて)

しおりを挟む

 その日、アシェルナオはいつもよりかなり早く目を覚ました。

 寝台を降りて天蓋カーテンを開けると、部屋で寝ずの番をしているフォルシウスが椅子から立ち上がり、歩み寄る。

 「ナオ様、随分早いですね。まだ夜が明けていませんからテュコたちも来ていませんよ。呼びましょうか?」

 「ううん、一人で身支度できるからいい。そしたら朝食の間に行きたい。フォル、ついてきて?」

 「それはいいですが、テュコたちを待った方がよくないですか?」

 「だって、早く行かないと兄さまに会えないんだ。昨日も早めに行ったけど、もうお出かけしたあとだった。帰りも遅くて会えないから、早く行きたいんだ」

 言いながら着ている寝間着を脱ぎだすアシェルナオ。

 「ナオ様、今日着る服はどこに?」

 寝間着を脱ぎ捨てて下着姿になったアシェルナオにフォルシウスが尋ねる。

 「あ」

 前世の世界のベビードールのような下着姿で立ち尽くすアシェルナオ。

 脱ぎ着はできるが、服の管理はできない公爵家次男だった。

 「早く起きた時はお呼びくださいと言ってるでしょう?」

 寝室のドアが開き、テュコを先頭にアイナとドリーンが身支度をきっちり整えた姿で現れた。

 「おはよう、服」

 「私は服ではありません。フォルシウスといえど、高貴な方がむやみに下着姿を晒してはいけません」

 「はーい」

 テュコが小言を言っているあいだにアイナとドリーンが洗顔の用意をし、今日の服を用意する。

 「でもね、早起きしなくちゃって思ったのは僕だから、テュコたちにまで早起きさせるの、嫌だったんだ」

 あっという間に身支度が整ったアシェルナオは、けれど少し拗ねたように言った。

 「子供は気にしなくてよいことです」

 苦笑するテュコ。

 「子供じゃないよ。僕、一度16歳まで生きてるよ」

 「16歳でもとても可愛らしかったですよ。それからさらに可愛らしくなってるから、まだ子供ですよ」

 自分でも精神年齢が大人になったとはとても思えないアシェルナオは、言い返せなかった。

 「私はナオ様の子供時代を長く見ていられて幸せですよ」

 「私もですよ」

 「うーん、じゃあ、行ってきます」

 まだ納得できないが、アイナとドリーンに見送られながら、アシェルナオはテュコとフォルシウスに付き添われて寝室を後にした。
 




 アシェルナオが朝食の間に着いたとき、シーグフリードが朝食を終えて出てくるところだった。

 「兄さま、おはようございます」

 間に合ったことが嬉しくて、アシェルナオは笑顔で頭をさげて挨拶をする。

 「アシェルナオ、おはよう。今日は早いね。ちょうど今から会いに行こうと思っていたんだ」

 「なんですか?」

 胸騒ぎを感じて、アシェルナオはシーグフリードを見上げる。

 「兄さまはエンロートの魔獣討伐が終わるまで王城に泊まり込むことにしたから、しばらく会えなくなるんだ。落ち着いたらすぐに帰ってくるよ」

 「え……」

 言ったとたんに心配そうな顔をするアシェルナオに、なるべく安心させるような笑顔を見せるシーグフリード。

 「ケイレブたちが先にエンロートに向かっているが、もしかしたらラルに応援要請があるかもしれない。そうなったときは王城とエンロートを行き来してラルが安心して戦えるように補佐するのが兄さまの仕事だ。だからいつでも対応できるように王城に詰めておくんだよ」

 安心させるためにきちんと状況を教えてくれるシーグフリードに、心配すぎて泣きそうな顔になりながらもアシェルナオは頷いた。

 「わかりました。兄さまとヴァルの無事を祈っています」

 「いい子だ、アシェルナオ」

 泣くのを我慢しているアシェルナオが愛しくて、シーグフリードは手を伸ばして艶やかな黒髪を撫でる。

 「兄さま」

 アシェルナオは決意した顔でシーグフリードを見つめる。

 「なんだい? アシェルナオ」

 「ヴァルがエンロートに出陣するときは、一緒にフォルを連れて行ってください」

 「ナオ様?」

 急に自分の名前を出されて、フォルシウスは戸惑った声を出す。

 ケイレブが魔獣討伐のためにエンロートに出発したことは、クランツも同行しているのでもちろん知っていた。

 だが、第一騎士団を辞めて10年の月日が経つフォルシウスは、いくらクランツが現地で魔獣と戦っているとわかっていても自分も一緒に行きたいとは思わなかった。

 クランツにはクランツの護るべきものが、フォルシウスにはフォルシウスの護るべきものがあるからだ。

 「フォルシウスを?」

 「フォルは以前第一騎士団にいました。フォルは騎士としても癒し手としても優秀で、今のヴァルのそばには必要な人間です。屋敷の中にいる僕にはフォルは過ぎた人材です。もちろんフォルがいいと言ってくれれば、ですけど……」

 シーグフリードに訴えていたアシェルナオは、自分の後ろにいるフォルシウスを振り向く。

 「フォル、お願い。ヴァルを護って」

 目にいっぱい涙を溜めて、でも泣かないように唇をきつく結んでいるアシェルナオに、フォルシウスは一瞬の逡巡のあとにしっかりと頷いた。

 「わかりました。ナオ様の気持ちを持って殿下に仕えてきます」

 「ありがとう、フォル。でも僕のことはヴァルには言わないで。それで、フォルも気を付けてね。ヴァルに何かあったら嫌だけど、フォルに何かあっても嫌だからね?」

 泣くのを堪えたまま言うアシェルナオに、フォルシウスは頷きながらシーグフリードを見る。

 「フォルシウスが同行してくれればありがたいよ。助かる」

 「けれど、ナオ様の護衛はどうしましょう?」

 テュコの問いに、

 「そうだな。今日はサリアンに頼もう。明日からは考えよう」

 シーグフリードもそれだけはすぐにいい案が見つからなかった。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...