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第2部

顔が見たい

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 その日、王太子の執務室の扉を開けたシーグフリードは、ヴァレリラルドをはじめとした者たちがすでに出勤していたことに少し驚いた。

 「ラル、誕生日おめでとう。今朝は早いが、式典などはないのか?」

 今日。上光月3の光はヴァレリラルドの19歳の誕生日だった。

 「成人した男性王族の誕生日など、祝うほどのものじゃないだろう。あるとしたら来年の20歳の時だな。夜にうちうちで食事会をするようだが」

 興味なさそうに答えるヴァレリラルドに、

 「祝うほどのものじゃないって言うけど、独身の王太子の誕生日だぞ。目にとめてほしい貴族の子女が夜会の正体を待ちわびているだろうに。俺も夜会に行きたい。可愛い女の子と話がしたいし踊りたい」

 ウルリクが駄々をこねる。

 「夜会はたまに開かれてるだろう。王城で大々的な夜会を、私の誕生日ごときで開かなくてもいい。父上も理解してくださってる」

 「そこまで自分の価値を低く見積もらなくてもいいと思うけどな。……ラルの誕生日を祝いたいと思っている者もいるんだ」

 シーグフリードは持ってきた花束を神妙な顔でヴァレリラルドに渡す。

 「シーグフリード?」

 「私からではない。うちの天使からだ。卒業式の抱っこのお礼だそうだ」

 ヴァレリラルドの誕生日に花束を届けてほしいと、思いつめた顔でお願いをしたアシェルナオを、シーグフリードは思い出していた。

 可愛い天使をまだ手元に置いて、のびのびと育てたいと願う兄としての思い。今朝、アシェルナオの庭から聞こえてきた美しい歌声が切なくて、2人の仲を引き裂いている罪悪感。

 シーグフリードは複雑な思いでヴァレリラルドを見つめる。

 「アシェルが?」

 花束を受け取るヴァレリラルドは、その花束の色合いの優しさに、はっとする。

 以前、シアンハウスで梛央のためにヴァレリラルドが作った花束の色合いに似ていると思った。

 那央のために心を込めて摘んだ花で作った花束に。

 卒業式の日に抱き上げたアシェルは、花のような華やいだ香りとともに、心が落ち着くような清涼感もあって、とても懐かしいものを感じた。

 それは、あの頃の、短い間だったが幸せな時間を思い起こさせた。

 ヴァレリラルドは花束に顔を近づけて香りを嗅ぐ。

 記憶の中のアシェルの匂いとは違うが、ほのかに甘い香りがした。

 『この人がヴァルね』

 花の妖精が花の中から現れたが、その姿は誰にも見えなかった。

 花の妖精は花弁を一枚抜くと、羽を羽ばたかせてヴァレリラルドの前に立つ。

 『そーれぇ』

 花の妖精が花弁をヴァレリラルドの唇にあてる。花弁はヴァレリラルドの唇に溶け込むように消えていった。

 『任務完了』

 そう言うと花の妖精は開いていた窓から外へ出ていった。

 「私が喜んでいたと、アシェルに礼を言ってくれないか。それで、シグ。いつかアシェルに会わせてほしい」

 思い詰めた顔でヴァレリラルドが頼む。

 「独身の王太子が公爵家の次男と会っているとなると、周囲が王太子妃候補だと思ってしまうだろう」

 やはり複雑な心境でシーグフリードが言った。

 「思われてもいい。今私が会いたいと思うのはアシェルだけだ」

 梛央を忘れたわけではないが、アシェルのことはどうも気になって仕方がないヴァレリラルドは、気になる理由が知りたかった。

 「当分先だ」

 まだ嫁にはやらん。

 やはりそこは譲れないシーグフリードだった。



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