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第2部
あああっ(未遂)
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森の木の上で、月に照らされたシルヴマルク王国の気を見渡していたボフスラヴァの前に、腰よりも長い透き通るようなリーフグリーンの髪を持つ美女が舞い降りた。
「ボフ美様」
ボフスラヴァの前に跪く美女に、
「いやーん、その名前が浸透してるー」
ボフスラヴァが両手の拳をわなわなさせると、露出度高めの服の、豊満な胸がゆさゆさと揺れる。
「愛し子様のつけられたお名前を一度聞くと、それ以外の名前を頭が受け付けないのです」
美女は、ぷぷっ、と小さく噴き出して笑った。
「ひどいー。でもボフ美がボフ美を受け入れたから許しちゃう。シルちゃん、ヘッダがどこにいるかわかった?」
「シルフです。スーザーが何重にも隠匿の魔法をかけているのでわからなかったのですが、先ほど精霊の泉の近くの黒の森で気配を感じました」
「ありがとう、行ってくるね」
「ボフ美様、また封印されないようにお気を付けて」
「大丈夫よぉ」
ひらひらと手を振りながら瞬間的に風になっていなくなったボフスラヴァに、
「ボフ美って。似合い過ぎていて笑いが止まらない。愛し子ちゃん、可愛すぎる」
シルフは誰もいなくなった森の木の上で笑い転げていた。
「見つけた」
昼間でも光の差さない、鬱蒼とした樹々の枝葉に覆われた森。
一際太い幹を持つ大木の上にいた黒いフードの人物の前にボフスラヴァが現れた。
その手には自分が封印されていた壺が握られていて、
「逃がさないんだから。何やってるのよ。何取り込まれてるのよ。何悪しき精霊のふりしちゃってるのよ。優しいからそんなことになってるのよ。悪い感情に染まっちゃうのよ。今度はボフ美が封印するんだからね。安心して、ボフ美が女神さまにお願いするから」
ボフスラヴァは蓋を開けて壺の口を黒いフードの人物に向ける。
黒いフードの人物は手を振り上げると、ボフスラヴァの持っていた壺の口がボフスラヴァに向いた。
「あああっ」
壺の口に体が吸い込まれそうになって、慌てて壺の口を外側に向ける。
「あっぶなーい。また封印されるところだった!」
ボフスラヴァが封印の危機を乗り越えて安堵した時、すでにそこには誰の姿もなかった。
エンゲルブレクトが授かったのは夜の加護だった。
王族の授かる加護として、1つだけ、しかも夜という加護は地味すぎるものだった。決して誇れるものではなかった。
肩身の狭さを感じていたエンゲルブレクトは、そのせいで王弟とはいえ目立たない存在に徹してきた。だが、加護そのものは強いものだった。
闇の貴人と出会ってからはさらに強くなったことをエンゲルブレクトは感じていた。人を見るだけで闇の深さを感じることができるのだ。
だからシモンの心の闇を見抜くのは簡単だった。
シモンの心の闇に付け入り、闇を深くし、エンゲルブレクトの闇に取り込む。シモンの精神は面白いように闇に呑み込まれ、壊れていった。
下夜月3の風に洗礼を受けた者を探すためにエンゲルブレクトは王都の、貴族が利用する精霊神殿に向かった。
王族は中央統括神殿の大聖堂で儀式や祈りを捧げるが、たまたま近くに来たので立ち寄ってみた。祈りを捧げてもよいか。そう言えば敬虔な精霊信者だと、さすが王弟殿下だと、神官たちは喜んで聖堂に案内した。
大勢の神官たちを見回したエンゲルブレクトは候補を見つけた。
案内していただけますか?
そう言うと、ネルダールという神官の心の闇がエンゲルブレクトの闇に引き寄せられるのがわかった。
個人的に祈りたいからと、ネルダールに小聖拝の間に案内させ、2人だけになったところでエンゲルブレクトは彼に腕輪を渡した。
人に認識できなくなるかわりに精神を蝕む腕輪。
これで下夜月3の風に洗礼を受けた子供の情報を盗み出し、攫ってくるように。子供の足の付け根に五弁の花弁の痣があれば私のところに連れてきてほしい。愛し子でなければ始末していい。
その命令に、2人の子供を攫ったという報告は届いたが、愛し子ではなかったという。
「愛し子は?」
私室で窓を開け放し、月夜を眺めていたエンゲルブレクトの前に黒いフードを被った黒いマント姿の人物が現れた。
「今夜あたり、お見えになると思っていましたよ」
「いつまでかかっている」
「この国の危機管理は思った以上のようでした。てっきり精霊に守護されたぬるい国だと思っていたんですけどね」
エンゲルブレクトは軽口で嘯く。
「心配しなくても、あの日に洗礼を受けた貴族の者はそう多くはありません。そのうちの2人は愛し子ではありませんでした。私も危険を冒して調べていますから、少しは見返りがほしいものです」
「魔獣なら各地に呼んでいる」
「各地ではなくエンロートに魔獣の大群を呼んでください。討伐中の王太子が命を落とすくらいの大型の魔獣を」
「エンロートに魔獣を呼ぶのは請け合う。あとは成果次第だ」
「ボフ美様」
ボフスラヴァの前に跪く美女に、
「いやーん、その名前が浸透してるー」
ボフスラヴァが両手の拳をわなわなさせると、露出度高めの服の、豊満な胸がゆさゆさと揺れる。
「愛し子様のつけられたお名前を一度聞くと、それ以外の名前を頭が受け付けないのです」
美女は、ぷぷっ、と小さく噴き出して笑った。
「ひどいー。でもボフ美がボフ美を受け入れたから許しちゃう。シルちゃん、ヘッダがどこにいるかわかった?」
「シルフです。スーザーが何重にも隠匿の魔法をかけているのでわからなかったのですが、先ほど精霊の泉の近くの黒の森で気配を感じました」
「ありがとう、行ってくるね」
「ボフ美様、また封印されないようにお気を付けて」
「大丈夫よぉ」
ひらひらと手を振りながら瞬間的に風になっていなくなったボフスラヴァに、
「ボフ美って。似合い過ぎていて笑いが止まらない。愛し子ちゃん、可愛すぎる」
シルフは誰もいなくなった森の木の上で笑い転げていた。
「見つけた」
昼間でも光の差さない、鬱蒼とした樹々の枝葉に覆われた森。
一際太い幹を持つ大木の上にいた黒いフードの人物の前にボフスラヴァが現れた。
その手には自分が封印されていた壺が握られていて、
「逃がさないんだから。何やってるのよ。何取り込まれてるのよ。何悪しき精霊のふりしちゃってるのよ。優しいからそんなことになってるのよ。悪い感情に染まっちゃうのよ。今度はボフ美が封印するんだからね。安心して、ボフ美が女神さまにお願いするから」
ボフスラヴァは蓋を開けて壺の口を黒いフードの人物に向ける。
黒いフードの人物は手を振り上げると、ボフスラヴァの持っていた壺の口がボフスラヴァに向いた。
「あああっ」
壺の口に体が吸い込まれそうになって、慌てて壺の口を外側に向ける。
「あっぶなーい。また封印されるところだった!」
ボフスラヴァが封印の危機を乗り越えて安堵した時、すでにそこには誰の姿もなかった。
エンゲルブレクトが授かったのは夜の加護だった。
王族の授かる加護として、1つだけ、しかも夜という加護は地味すぎるものだった。決して誇れるものではなかった。
肩身の狭さを感じていたエンゲルブレクトは、そのせいで王弟とはいえ目立たない存在に徹してきた。だが、加護そのものは強いものだった。
闇の貴人と出会ってからはさらに強くなったことをエンゲルブレクトは感じていた。人を見るだけで闇の深さを感じることができるのだ。
だからシモンの心の闇を見抜くのは簡単だった。
シモンの心の闇に付け入り、闇を深くし、エンゲルブレクトの闇に取り込む。シモンの精神は面白いように闇に呑み込まれ、壊れていった。
下夜月3の風に洗礼を受けた者を探すためにエンゲルブレクトは王都の、貴族が利用する精霊神殿に向かった。
王族は中央統括神殿の大聖堂で儀式や祈りを捧げるが、たまたま近くに来たので立ち寄ってみた。祈りを捧げてもよいか。そう言えば敬虔な精霊信者だと、さすが王弟殿下だと、神官たちは喜んで聖堂に案内した。
大勢の神官たちを見回したエンゲルブレクトは候補を見つけた。
案内していただけますか?
そう言うと、ネルダールという神官の心の闇がエンゲルブレクトの闇に引き寄せられるのがわかった。
個人的に祈りたいからと、ネルダールに小聖拝の間に案内させ、2人だけになったところでエンゲルブレクトは彼に腕輪を渡した。
人に認識できなくなるかわりに精神を蝕む腕輪。
これで下夜月3の風に洗礼を受けた子供の情報を盗み出し、攫ってくるように。子供の足の付け根に五弁の花弁の痣があれば私のところに連れてきてほしい。愛し子でなければ始末していい。
その命令に、2人の子供を攫ったという報告は届いたが、愛し子ではなかったという。
「愛し子は?」
私室で窓を開け放し、月夜を眺めていたエンゲルブレクトの前に黒いフードを被った黒いマント姿の人物が現れた。
「今夜あたり、お見えになると思っていましたよ」
「いつまでかかっている」
「この国の危機管理は思った以上のようでした。てっきり精霊に守護されたぬるい国だと思っていたんですけどね」
エンゲルブレクトは軽口で嘯く。
「心配しなくても、あの日に洗礼を受けた貴族の者はそう多くはありません。そのうちの2人は愛し子ではありませんでした。私も危険を冒して調べていますから、少しは見返りがほしいものです」
「魔獣なら各地に呼んでいる」
「各地ではなくエンロートに魔獣の大群を呼んでください。討伐中の王太子が命を落とすくらいの大型の魔獣を」
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