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第2部
エルはエス
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「んんー」
エルによる魔法の授業で、アシェルナオは自分の体に魔力を巡らせる練習をしていた。
学園に通えば必ず魔法の初歩として授業に組み込まれているカリキュラムなので、今のうちからできるようになっておくように練習しているのだが、まだアシェルナオは成功したことがなかった。
『ナオ、りきんでもだめだよ』
『やさしくねー、こんな感じでー』
精霊たちがアシェルナオの右腕を駆け上がり、肩を通って左腕に駆け降りる。そこからUターンして左腕を駆け上がり、首の前を通って右腕を駆け降りる。
精霊たちなので重さはほとんどないが、通り過ぎたところがなんとなくこそばゆかった。
「邪魔しちゃだめ。集中できないよ」
『集中しなくてもいいのに』
『ナオ、自然体でいいよー』
『ナオはそんなことしなくていいのにー』
赤、青、緑、白、茶の精霊たちがアシェルナオの周りを飛び回る。
「だよねぇ? きっと僕の中には魔力はないんだよ。ある気がしないもん」
精霊たちに同意を求めるアシェルナオ。
「魔力はある。魔力を巡らせるのは感覚だから、コツがつかめるまでに時間がかかる子供も多いんだ。あきらめずにやる」
パンパン、と手を叩きながら注意するエル。
「みんながしなくてもいいって言うんだよ? 普通の勉強にしよ?」
以前は理数系が得意だった梛央は、アシェルナオでもそっちの勉強がしたかった。
魔法ではないのなら、シルヴマルク王国の地理や、文学でもよかった。
「そういうのは先輩の方が詳しいし、大方の勉強はもう済んでるって聞いてる。今は魔法の授業中。はい、もう1回集中」
エルは厳しく言いつける。
「テュコー、エルるんがエスー」
アシェルナオは側に控えているテュコに救いを求めた。
「わかるなぁ。うちのスヴェンも勉強が好きな方じゃないから、口実をつけて逃げたがるんだ。けどナオ様、エルがエスとは? エルのエルのサイズがエス?」
「なんですか、俺の俺のサイズって! それがエスって! テュコ先輩の前で何てことを!」
聞き捨てならない、とエルは立ち上がる。
「サリアン、下ネタ禁止って、後ろでアイナとドリーンが怒った顔をしてますよ」
テュコは苦笑しながら、サリアンの後ろで睨みをきかせているアイナとドリーンに目を向ける。
「ごめんごめん、エルのエスって言葉が面白くて」
笑うサリアンに、
「エスっていうのはSMの、人をいじめて快楽を得たり興奮する人のことだよ」
10歳のアシェルナオからまさかの性的指向発言が飛び出して、一瞬場が凍り付く。
アシェルナオは何も感じていないようで、エルに言われるままに体内に魔力を巡らせてみる。が、魔力が巡るというイメージが全くわかなかった。
「こういうところで科学の世界で生きてきたツケが……」
アシェルナオが呟いたところで、何事もなかったことにして周囲の時が動き始めた。
「ナオ様、アルテアン殿から服が届きました。シーグフリード様が発注していたもののようですよ」
アイナが手に持っている箱を見せる。
「兄さまからの? どんなんだろ?」
集中力が切れていたアシェルナオはソファから立ち上がってアイナのもとに行く。
授業を中断されてむっとするエルに、
「ナオ様は別の世界で16歳まで生きていたんだ。そこは文明の発達した科学の世界だったらしいから、魔法はともかく、魔力というものがまだどんなものか自分でつかめていないんだと思う。今は頭ごなしに体の中に魔力を巡らせろと言うよりも、違うやり方を考えたほうがいいのかもしれない」
テュコが助言する。
「確かに、一度もやったことのないものをやれというのは難しいのかもしれません。どうやったらナオ様にわかりやすく魔力というものをわかってもらえるだろう」
考え込むエルの耳に、
「マント?」
むむっ、と可愛い声が聞こえた。
「ナオ様、羽織ってみましょう?」
ドリーンがそれを羽織らせる。
それ。
白いフード付きのマントだが、頭の部分にふさふさの長い耳と、太ももまでの丈のお尻の部分にふさふさの尻尾がついていた。
「かわいい雪うさぎさんですよ、ナオ様」
「愛くるしいですぅ」
アイナとドリーンがきゃぁっ、と悲鳴をあげて喜んでいた。
「確かに可愛い服を着せたいって、兄さまは言ってたけど……本当に可愛いものを着せるなんて……兄さまは……兄さまは……なんて誠実な性格……。そんな兄さまが好きだけど……」
16歳まで生きていた記憶のあるアシェルナオは、可愛いマントを自分が着ることに身もだえていたが、
「ナオ様、そのマントにはリングダールのポシェットが映えると思いますよ」
テュコの一言がアシェルナオを浮上させる。
アイナがマントの上からリングダール型ポシェットをかけると、
「どう? 似合う? 可愛い? 僕もリングダールみたい?」
くるくるっとターンして雪うさぎマントとリングダールポシェットのコラボを披露した。
『ナオかわいいー』
『ナオ、ゆきうさぎの精霊みたい』
『ナオも精霊になるー?』
「それは遠慮しときます」
浮かれていてもヒトとしての一線は超えないアシェルナオだった。
エルによる魔法の授業で、アシェルナオは自分の体に魔力を巡らせる練習をしていた。
学園に通えば必ず魔法の初歩として授業に組み込まれているカリキュラムなので、今のうちからできるようになっておくように練習しているのだが、まだアシェルナオは成功したことがなかった。
『ナオ、りきんでもだめだよ』
『やさしくねー、こんな感じでー』
精霊たちがアシェルナオの右腕を駆け上がり、肩を通って左腕に駆け降りる。そこからUターンして左腕を駆け上がり、首の前を通って右腕を駆け降りる。
精霊たちなので重さはほとんどないが、通り過ぎたところがなんとなくこそばゆかった。
「邪魔しちゃだめ。集中できないよ」
『集中しなくてもいいのに』
『ナオ、自然体でいいよー』
『ナオはそんなことしなくていいのにー』
赤、青、緑、白、茶の精霊たちがアシェルナオの周りを飛び回る。
「だよねぇ? きっと僕の中には魔力はないんだよ。ある気がしないもん」
精霊たちに同意を求めるアシェルナオ。
「魔力はある。魔力を巡らせるのは感覚だから、コツがつかめるまでに時間がかかる子供も多いんだ。あきらめずにやる」
パンパン、と手を叩きながら注意するエル。
「みんながしなくてもいいって言うんだよ? 普通の勉強にしよ?」
以前は理数系が得意だった梛央は、アシェルナオでもそっちの勉強がしたかった。
魔法ではないのなら、シルヴマルク王国の地理や、文学でもよかった。
「そういうのは先輩の方が詳しいし、大方の勉強はもう済んでるって聞いてる。今は魔法の授業中。はい、もう1回集中」
エルは厳しく言いつける。
「テュコー、エルるんがエスー」
アシェルナオは側に控えているテュコに救いを求めた。
「わかるなぁ。うちのスヴェンも勉強が好きな方じゃないから、口実をつけて逃げたがるんだ。けどナオ様、エルがエスとは? エルのエルのサイズがエス?」
「なんですか、俺の俺のサイズって! それがエスって! テュコ先輩の前で何てことを!」
聞き捨てならない、とエルは立ち上がる。
「サリアン、下ネタ禁止って、後ろでアイナとドリーンが怒った顔をしてますよ」
テュコは苦笑しながら、サリアンの後ろで睨みをきかせているアイナとドリーンに目を向ける。
「ごめんごめん、エルのエスって言葉が面白くて」
笑うサリアンに、
「エスっていうのはSMの、人をいじめて快楽を得たり興奮する人のことだよ」
10歳のアシェルナオからまさかの性的指向発言が飛び出して、一瞬場が凍り付く。
アシェルナオは何も感じていないようで、エルに言われるままに体内に魔力を巡らせてみる。が、魔力が巡るというイメージが全くわかなかった。
「こういうところで科学の世界で生きてきたツケが……」
アシェルナオが呟いたところで、何事もなかったことにして周囲の時が動き始めた。
「ナオ様、アルテアン殿から服が届きました。シーグフリード様が発注していたもののようですよ」
アイナが手に持っている箱を見せる。
「兄さまからの? どんなんだろ?」
集中力が切れていたアシェルナオはソファから立ち上がってアイナのもとに行く。
授業を中断されてむっとするエルに、
「ナオ様は別の世界で16歳まで生きていたんだ。そこは文明の発達した科学の世界だったらしいから、魔法はともかく、魔力というものがまだどんなものか自分でつかめていないんだと思う。今は頭ごなしに体の中に魔力を巡らせろと言うよりも、違うやり方を考えたほうがいいのかもしれない」
テュコが助言する。
「確かに、一度もやったことのないものをやれというのは難しいのかもしれません。どうやったらナオ様にわかりやすく魔力というものをわかってもらえるだろう」
考え込むエルの耳に、
「マント?」
むむっ、と可愛い声が聞こえた。
「ナオ様、羽織ってみましょう?」
ドリーンがそれを羽織らせる。
それ。
白いフード付きのマントだが、頭の部分にふさふさの長い耳と、太ももまでの丈のお尻の部分にふさふさの尻尾がついていた。
「かわいい雪うさぎさんですよ、ナオ様」
「愛くるしいですぅ」
アイナとドリーンがきゃぁっ、と悲鳴をあげて喜んでいた。
「確かに可愛い服を着せたいって、兄さまは言ってたけど……本当に可愛いものを着せるなんて……兄さまは……兄さまは……なんて誠実な性格……。そんな兄さまが好きだけど……」
16歳まで生きていた記憶のあるアシェルナオは、可愛いマントを自分が着ることに身もだえていたが、
「ナオ様、そのマントにはリングダールのポシェットが映えると思いますよ」
テュコの一言がアシェルナオを浮上させる。
アイナがマントの上からリングダール型ポシェットをかけると、
「どう? 似合う? 可愛い? 僕もリングダールみたい?」
くるくるっとターンして雪うさぎマントとリングダールポシェットのコラボを披露した。
『ナオかわいいー』
『ナオ、ゆきうさぎの精霊みたい』
『ナオも精霊になるー?』
「それは遠慮しときます」
浮かれていてもヒトとしての一線は超えないアシェルナオだった。
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