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第2部
ヴァレリラルドの知らないこと
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「これは殿下もご存知ないことですが」
イクセルはマロシュを値踏みするように見ているシーグフリードに話し始めた。
「リータ村の村長は以前第一騎士団に所属されていました。ケイレブ殿同様に貴族のあり方に馴染めずに退団されましたが、今のケイレブ殿が現国王の信任が厚いのと同様、イザーク殿も前セーデルブラント王の信任が厚い方でした。前王の意向で密かに王族を匿うことのできる村づくりに邁進され、村の男たちに剣を教え、女たちには王城務めの経験のある妻のメロウが礼儀作法を教えたと聞いています。あくまでも表向きは普通の漁村ですが、ですから安心して王太子殿下も王女殿下もリータ村に滞在できるのです。学園を卒業されるまでは伝えないと仰せでしたから、そろそろ陛下から殿下にリータ村の話があると思います」
「そんな秘密を持つ村が。エルとルルはイザーク殿に拾われて運がよかったということか。ではマロシュも剣を?」
「俺は長剣より短剣が得意です。その方が携帯に便利ですから。若くて頼りないと思われるのも当然だと思いますが、じいちゃんに教わったことは身についてるつもりです。よろしくお願いします」
腰を折るマロシュに、
「採用。では話をしようか」
シーグフリードは長椅子にマロシュとイクセルを促す。
「いいんですか?」
マロシュ自身が怪訝そうにつぶやく。
「リータ村はルドの領地にある。そこの冒険者ギルドから転移陣で王城の冒険者ギルドに来たとしても、そこから王城にあるこの執務室にたどり着くまでに服装が乱れていない。顔が疲れていない。それは来る前に頭の中で予行演習を繰り返していることを意味している。それに分を弁えている。度胸もありそうだ。それが採用理由だが、問題があるか?」
先に1人がけの椅子に座るシーグフリード。
「いえ、よろしくお願いします。殿下とは小さい頃によく遊んでもらいました。けれど殿下が綺麗なお姉ちゃんを連れてきた翌年から殿下はあまり村に来なくなって、たまに来ても表情が暗くなっておられました。殿下に何があったのかを詮索しようとは思いません。けれど、もし殿下が苦しい立場にあるなら、微力ながら力になりたいです」
そう言って長椅子に座るマロシュ。
「採用してもらって、推薦した甲斐がありました」
ほっとしてその横に座るイクセル。
「早速だが話を始めさせてもらう。先日、宰相から6歳の貴族の子供が数日の間に2人行方不明になったことを知らされた」
ローセボームが陣中見舞いと称して訪れた日に、シーグフリードにだけこの報告書を渡していた。それはローセボーム、ひいてはベルンハルドが気になっている案件だった。
「6歳の貴族の子供?」
子供が行方不明になるのは事件に違いないが、それが王太子の執務室で取り上げるほど重大なのかとマロシュは顔で疑問を訴える。
「貴族の子供が行方不明になることは、普通ではありえないことだ。貴族の子供は出かけることはほとんどない。屋敷の奥で夫人や使用人たちに守られて過ごすのが普通だからだ。屋敷には通常門番を置いている。使用人が何人もいる。屋敷に不審な人物が立ち入るはずがない。その中で屋敷の奥で守られているはずの子供が行方不明になるのは不可解なんだ」
「貴族の生活はそうなんですね。理解しました。通常ではありえないことが2件続けて起きた。偶然ではなく明らかに何かが関与している事件ということですね」
「そうだ」
マロシュの頭の回転のよさに感心しながらシーグフリードは頷く。
「誰も気づかないうちに屋敷の中から人がいなくなる……誰も目撃した者がいないのに突然人が現れる……。10年、いえ11年近く前に起きた殿下の身の回りの事件と似ています」
イクセルはシーグフリードのもたらした情報に、過去の不吉な出来事を思い出していた。
「同じようなことが以前も? その時はどうやってそれを成し遂げたんだ?」
「その事件の犯人は大罪を犯してその場で斬り捨てられましたが、失ったものがあまりにも大きすぎました。犯人が死亡したことで解明できていない部分も多く、また同じようなことが起きているのならば、やがて大きな危機となるでしょう。私や近衛騎士団も協力します」
イクセルは危機感を感じてシーグフリードに訴えた。
「協力が必要な際は頼む。マロシュ、行方不明の貴族の家に行って、子供たちがいなくなった状況をもう少し詳しく調べてきてくれないか? 住所を書いたものを渡すが、読み書きは問題ないな? 王都の地理は?」
「読み書きは問題ないです。王都の地理もじいちゃん特製の地図を頭に入れています。住所がわかればすぐに行けます」
「なかなか使えるようでありがたい。これが貴族の住所だ」
「はい」
使えると言われたことが嬉しくて、マロシュは嬉しそうにシーグフリードからメモを受け取る。
「イクセル、私も行きたいところがあるんだが」
「喜んでお供します。この事件が気になりますし、殿下の側近を守ることも仕事ですから」
イクセルは進んで同行を希望した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
マロシュは梛央とヴァルがリータ村を訪れた時に触れ合った子供の1人です。ちょっとだけ名前出てます。
イクセルはマロシュを値踏みするように見ているシーグフリードに話し始めた。
「リータ村の村長は以前第一騎士団に所属されていました。ケイレブ殿同様に貴族のあり方に馴染めずに退団されましたが、今のケイレブ殿が現国王の信任が厚いのと同様、イザーク殿も前セーデルブラント王の信任が厚い方でした。前王の意向で密かに王族を匿うことのできる村づくりに邁進され、村の男たちに剣を教え、女たちには王城務めの経験のある妻のメロウが礼儀作法を教えたと聞いています。あくまでも表向きは普通の漁村ですが、ですから安心して王太子殿下も王女殿下もリータ村に滞在できるのです。学園を卒業されるまでは伝えないと仰せでしたから、そろそろ陛下から殿下にリータ村の話があると思います」
「そんな秘密を持つ村が。エルとルルはイザーク殿に拾われて運がよかったということか。ではマロシュも剣を?」
「俺は長剣より短剣が得意です。その方が携帯に便利ですから。若くて頼りないと思われるのも当然だと思いますが、じいちゃんに教わったことは身についてるつもりです。よろしくお願いします」
腰を折るマロシュに、
「採用。では話をしようか」
シーグフリードは長椅子にマロシュとイクセルを促す。
「いいんですか?」
マロシュ自身が怪訝そうにつぶやく。
「リータ村はルドの領地にある。そこの冒険者ギルドから転移陣で王城の冒険者ギルドに来たとしても、そこから王城にあるこの執務室にたどり着くまでに服装が乱れていない。顔が疲れていない。それは来る前に頭の中で予行演習を繰り返していることを意味している。それに分を弁えている。度胸もありそうだ。それが採用理由だが、問題があるか?」
先に1人がけの椅子に座るシーグフリード。
「いえ、よろしくお願いします。殿下とは小さい頃によく遊んでもらいました。けれど殿下が綺麗なお姉ちゃんを連れてきた翌年から殿下はあまり村に来なくなって、たまに来ても表情が暗くなっておられました。殿下に何があったのかを詮索しようとは思いません。けれど、もし殿下が苦しい立場にあるなら、微力ながら力になりたいです」
そう言って長椅子に座るマロシュ。
「採用してもらって、推薦した甲斐がありました」
ほっとしてその横に座るイクセル。
「早速だが話を始めさせてもらう。先日、宰相から6歳の貴族の子供が数日の間に2人行方不明になったことを知らされた」
ローセボームが陣中見舞いと称して訪れた日に、シーグフリードにだけこの報告書を渡していた。それはローセボーム、ひいてはベルンハルドが気になっている案件だった。
「6歳の貴族の子供?」
子供が行方不明になるのは事件に違いないが、それが王太子の執務室で取り上げるほど重大なのかとマロシュは顔で疑問を訴える。
「貴族の子供が行方不明になることは、普通ではありえないことだ。貴族の子供は出かけることはほとんどない。屋敷の奥で夫人や使用人たちに守られて過ごすのが普通だからだ。屋敷には通常門番を置いている。使用人が何人もいる。屋敷に不審な人物が立ち入るはずがない。その中で屋敷の奥で守られているはずの子供が行方不明になるのは不可解なんだ」
「貴族の生活はそうなんですね。理解しました。通常ではありえないことが2件続けて起きた。偶然ではなく明らかに何かが関与している事件ということですね」
「そうだ」
マロシュの頭の回転のよさに感心しながらシーグフリードは頷く。
「誰も気づかないうちに屋敷の中から人がいなくなる……誰も目撃した者がいないのに突然人が現れる……。10年、いえ11年近く前に起きた殿下の身の回りの事件と似ています」
イクセルはシーグフリードのもたらした情報に、過去の不吉な出来事を思い出していた。
「同じようなことが以前も? その時はどうやってそれを成し遂げたんだ?」
「その事件の犯人は大罪を犯してその場で斬り捨てられましたが、失ったものがあまりにも大きすぎました。犯人が死亡したことで解明できていない部分も多く、また同じようなことが起きているのならば、やがて大きな危機となるでしょう。私や近衛騎士団も協力します」
イクセルは危機感を感じてシーグフリードに訴えた。
「協力が必要な際は頼む。マロシュ、行方不明の貴族の家に行って、子供たちがいなくなった状況をもう少し詳しく調べてきてくれないか? 住所を書いたものを渡すが、読み書きは問題ないな? 王都の地理は?」
「読み書きは問題ないです。王都の地理もじいちゃん特製の地図を頭に入れています。住所がわかればすぐに行けます」
「なかなか使えるようでありがたい。これが貴族の住所だ」
「はい」
使えると言われたことが嬉しくて、マロシュは嬉しそうにシーグフリードからメモを受け取る。
「イクセル、私も行きたいところがあるんだが」
「喜んでお供します。この事件が気になりますし、殿下の側近を守ることも仕事ですから」
イクセルは進んで同行を希望した。
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マロシュは梛央とヴァルがリータ村を訪れた時に触れ合った子供の1人です。ちょっとだけ名前出てます。
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