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第2部

ぱちぱちするよ

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 「んー」

 目が覚めたアシェルナオは、まだ瞳を閉じたまま、いつも横に置いているリングダールに手を伸ばす。

 けれどその手は空を切るばかりで、柔らかな毛並みに触れることはなかった。

 「ん……かたい……」

 いつもはふかふかの枕で眠っているはずなのに頬に触れるのは固いもので、アシェルナオはようやく目を開いて首を上に向ける。

 そこにはオルドジフの顔があり、その瞳は心配げに自分を見ていた。

 「あれ、ドーさん? どうしているの?」

 「ナオ、昨日のことを覚えているかい?」

 厳つい顔に似合わず、繊細に問いかけるオルドジフ。

 「昨日? んー……お昼ご飯食べて、ここに戻って来て、ルルがテーブルで頭を抱えていて……あれ? それでどうしたんだっけ?」

 首を傾げて考えるアシェルナオに、オルドジフはテュコ、フォルシウスと視線を交わす。

 「体調を崩して倒れてしまったんですよ。熱が出ていたようです」

 一瞬の逡巡のあと、テュコが安心させるような笑みを浮かべて言った。

 「熱にうなされているとフォルシウスから聞いて、心配で駆けつけたんだよ」

 オルドジフも話をあわせる。

 「そうだったんだ。だからドーさんが抱っこしてくれているんだね。ありがとう」

 オルドジフにぎゅっと抱き着くアシェルナオに、心底安心して、オルドジフはその小さな体を抱きしめる。

 「ナオ様、気分はどうですか?」

 フォルシウスがアシェルナオの顔色を覗き込む。見ているだけでも顔色はよくなっていたが、

 「痛いところはないよ」

 アシェルナオの口からも状況がよいことが伝えられる。

 その様子を見て、アイナはオリヴェルとパウラに報告するために寝室出て行き、ドリーンは朝の光を取り込むためにカーテンを開けた。

 「それはよかったです。ドリーン、冷たくない果実水を。ナオ様、昨日は熱が出ていましたから、体から水分と体力が奪われています。今日は一日寝台から出てはいけませんよ」

 「はーい」

 テュコの言いつけを了承するアシェルナオに、

 「では少し癒しをかけますね」

 そう言うとフォルシウスはアシェルナオの手を握る。
 
 「ドーさん、僕、重くない?」

 フォルシウスの手から温かいものが流れてくるのを感じながら、アシェルナオはオルドジフを見上げる。

 「前も重くなかったのに、小さくなったナオは重さを感じないくらいだよ」

 「そのうちドーさんくらいに大きくなるよ。でも大きくなっても、ドーさんなら抱っこしてくれていいよ」

 特別だよ、と笑うアシェルナオが愛しくて、オルドジフは腕の中の小さな体をもう一度ぎゅっ、と抱きしめる。

 その周りでみっちー、ぴか、ぐりが嬉しそうに飛び回っていた。



 オルドジフとフォルシウスが階下に降りていくと、アイナからの連絡を受けたオリヴェル、パウラ、シーグフリードがホールで待機していた。

 「アシェルナオの様子は?」

 「顔色もよく、お元気ですよ。ですが、昨日の記憶はないようです」

 「記憶がない?」

 アシェルナオが元気になっていることは喜ばしかったが、記憶がないというオルドジフの言葉に、オリヴェルは問い返す。

 「16歳まで生きた記憶があったとしても、今のナオ様の心と体はまだ10歳です。16歳でなんとか乗り越えられた事は、けれども10歳ではまだ乗り越えられなかったのでしょう。心がナオ様を護るために記憶を消したのだと思われます」

 オルドジフの見解に、

 「きっとそれはよくないことなのでしょう。けれど、アシェルナオが辛い思いをして心を悩ませるくらいなら、記憶がない状況でも笑っていてくれる方が嬉しいです」

 パウラは素直な心情を述べた。

 「アシェルナオに会っても?」

 シーグフリードの言葉に、フォルシウスが頷く。

 「熱が出たことと嘔吐したことで体力が落ちていますが、今日一日休まれれば明日には回復されるでしょう」

 「オルドジフもフォルシウスも一晩中アシェルナオについてくれてありがとう」

 オリヴェルは2人を労うと、パウラとシーグフリードを連れてアシェルナオの寝室にあがるために階段を上がっていった。


 

 人の出入りを感じてエルとルルがダイニングの扉から姿を見せる。

 「ナオ様に何か?」

 ホールにいたフォルシウスとオルドジフに、責任を感じているルルが尋ねる。

 「ナオ様が目を覚まして、今公爵夫妻たちが2階にあがったところだ」

 アシェルナオが目を覚ましたという報告に安堵したルルだが、

 「それで、ナオ様の様子は?」

 目を覚ましたアシェルナオの様子が気になって、不安そうに口にするルル。

 「元気だよ。ただし、ルルに手を挙げられたことは覚えていない」

 「え?」

 「辛い記憶にまだナオ様は耐えられなかった。だから心が記憶を消したんだ」

 オルドジフの説明に、それほどの傷をえぐるようなことをしたのだと、ルルは何気ない自分の行為を後悔した。

 何気ないしぐさと思っていたのは自分の甘さで、テュコに叩かれても、サリアンに怒られても、公爵家の信用を失っても、それだけでは許されないことをしたのだ。

 「俺……」

 「そこまで自分を責めることではない。その原因になったことは君のせいじゃないんだからね。だけど、わかってほしい。ふりだけでも、手をあげるのはだめだ。いいね?」

 青い顔で俯くルルにオルドジフが諭す。

 「はい……」

 ルルが頷くと、

 「俺も、肝に銘じます。2人で反省します」
 
 自分の半身のことは我がことだと思っているエルも頷く。

 「じゃあ、ここに座って。傷を治してあげるよ」

 フォルシウスに促されてホールの椅子に座るルル。

 その顔の左半分はまだ腫れていて、内出血が痛々しい痣を作っていた。

 「痛かっただろう」

 その頬に手を触れながらフォルシウスが言うと、ルルは顔を赤くした。

 「水で冷やしてもすぐに温くなるし、なんだかずっと顔がぱちぱちして地味に痛いんです」

 「精霊が怒ってるからだ」

 ルルの周りに精霊が2体、まとわりつくように飛び回っているのを見てオルドジフが言った。

 ソーメルスの砦で、凌辱されかけた梛央の姿を誰にも見せまいと怒りを感じさせていた精霊。その時ほどではないが、ルルにまとわりつく精霊たちからも怒りを感じていた。

 ここにアシェルナオがいたならば、ルルの腫れた頬に熱風を吹きかけるひぃと、ルルの顔に小さな石を当て続けているちゃーの姿が見えているはずだった。

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