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第2部

これでいいよ、ケルるん

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 エルとルルがエルランデル公爵家に匿われて10日ほどが経った頃、アシェルナオの住む部屋のホールにはオリヴェル、パウラ、シーグフリードの姿があった。

 3人はルルとアシェルナオに注目している。

 ルルの手にはシルバーの細いサークレットが握られており、今まさにそれをアシェルナオの頭につけようとしていた。

 ルルの手がアシェルナオの頭に伸び、黒い艶やかな髪にサークレットが装着されると、一瞬サークルが光るのと同時に背中まである髪の毛先までオリヴェルとシーグフリードと同じアッシュグレーに変わる。

 その瞳も黒曜石から紺色に変わった。

 「ほう」

 「まあ」

 オリヴェルとパウラが声をあげ、アシェルナオは自分の髪と瞳の色が見たくて、

 「みっちー、ぴか、鏡を作って」

 水の精霊と光の精霊に呼びかける。

 目の前に現れた水鏡に自分の顔を映した。

 「父さまと兄さまと同じ髪の色だ。……でも瞳は紺色……?」

 戸惑うアシェルナオに、

 「髪の毛の色はナオ様の髪の毛と似た系統だったからわりと楽だったけど、瞳の色はそれが限界だった」

 すまない、と、ルルが頭を下げる。

 「黒でないなら、人前に出るのには問題はないが……」

 パウラと同じ瞳がいいと言ったアシェルナオの希望には届かない。

 オリヴェルは言葉を切って、アシェルナオの顔をみた。

 「母さまの色ではないです……」

 その綺麗な顔は、やはり残念そうな表情を浮かべていた。

 「アシェルナオ、おいでなさい」

 パウラは自分の隣にアシェルナオを呼び寄せ、その顔を覗き込む。

 「母さま?」

 「その瞳の色は母さまの母さまと同じ色だわ。すごく綺麗な色。母さまは、ずっとこの瞳の色がよかったと思っていたの。アシェルナオがこの瞳の色になって、母さまは嬉しいわ」

 懐かしそうに微笑むパウラに、アシェルナオの顔が嬉しそうに輝く。

 「じゃあ、これでいいよ、ケルるん」

 ルルの方を向いて言うアシェルナオに、

 「じゃあってなんだよ。これでもすっごい大変だったんだぞ。この発明を公表したいくらいなんだぞ」

 なんだか悔しいルルが怒鳴る。だが、

 「その対価はお支払いしていますことよ?」

 パウラに言われて何も言えず、口をつぐむルル。

 「髪の色と瞳の色の問題が解決したな」

 成果に満足したオリヴェルが言うと、

 「アシェルナオ、おめでとう。これでお出かけも、学園に行くのも問題なくなったね」

 アシェルナオの頭を撫でるシーグフリード。

 「では早速お友達に招待状を送りましょうね」

 「お友達!」

 パウラの言葉にアシェルナオは側に控えるサリアンを見る。

 「招待状お待ちしてますよ」

 頷くサリアン。

 「テュコ、僕にお友達ができるよ!」

 アシェルナオは立ち上がり、後ろに立っていたテュコの胸にダイブした。

 「ええ、よかったですね、ナオ様」

 小さな体を抱きとめて、一緒に喜ぶテュコ。

 「でもね、僕のこの世界の一番最初の友達はテュコだからね。それは変わらないからね。僕の大事な友達で、大事な侍従だよ」

 本当なら4歳年上のはずのアシェルナオは、テュコに抱き着いたまま言った。

 「……ありがとうございます」

 最初から、自分に仕える者としてではなく、一番近しい者として扱ってくれていた梛央のことを思い出して、テュコの胸も熱くなった。



 梛央としての記憶が戻り、精霊たちが常にそばにいるようになったアシェルナオは、ヴァレリラルドと少しだけ苦しい再会を果たしてからはエルとルルが加わった順調な日々を送っていた。

 だが、この日ばかりは悲し気に朝食の席についていた。

 学園を卒業し、年が明け、シーグフリードが王城に務めに行くことになったのだ。

 「アシェルナオ、元気を出して」

 シーグフリードは隣に座るアシェルナオに声をかける。

 「兄さまが卒業されて、おうちにいらっしゃることが多くなって、今までが楽しすぎました」

 しょんぼりと肩を落とすアシェルナオ。

 「私は王城にお勤めにあがるだけで、毎日帰ってくるよ?」

 「朝は一緒にご飯食べられますか? お夕食は食べられますか?」

 学園に通うのとは違い、お勤めにあがるということがそんなに易しくはないことはわかっているが、10歳の心と体に引きずられているアシェルナオは、つい聞き分けのないことを口にした。

 「アシェルナオ、兄さまは陛下の補佐と統括騎士団長の補佐をすることになった殿下の側近として王城に勤めにあがるんだ。兄さまが頑張らないと殿下も頑張れないから、わかってくれるかい?」

 「はい……。僕の我儘です。ごめんなさい」

 自分でもわかっているアシェルナオは、それでも悲しくて俯いた。

 「なるべく朝と夜のどちらかは一緒に食事できるようにするよ。それに、兄さまがお勤めに慣れて来たら、アシェルナオも兄さまに会いに来てくれるかい?」

 「会いに行ってもいいのですか?」

 「ああ。殿下にも会えるよ」

 「……髪と瞳の色が違っても、ヴァルにはお顔を見せられません」

 「ベールの君でいいよ」

 それでもまだ小さいうちはヴァレリラルドに会うことが躊躇われるアシェルナオだったが、仕事中のジーグフリードには会いたいと思った。

 「ヴァルは置いておいても、兄さまのお仕事しているところに行きたいです」

 「じゃあ、早く仕事に慣れるように頑張ってくるよ」

 「はい、行ってらっしゃいませ兄さま。頑張って来て下さい」

 悲し気だったアシェルナオは、一転して笑顔でシーグフリードを送り出していた。

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