上 下
151 / 416
第2部

愛し子をさがせ

しおりを挟む
 ヘルクヴィスト領の領城。

 窓を背に、執務机に向かっていたエンゲルブレクトは、何かを感じて振り返った。

 先ほどまで晴天だった空は、いつの間にか厚い雲に覆われていた。

 「ハハト」

 エンゲルブレクトは扉近くの机で報告書を精査していたハハトに声をかける。

 「はい、エンゲルブレクト様」

 「目が疲れてしまった。少し休憩しよう。熱いお茶を頼めるか?」

 それは人払いの意味も込められていて、長年の付き合いでそれを察したハハトは軽く頭を下げて執務室から辞した。

 それを見届けて、エンゲルブレクトは椅子から立ち上がり、窓辺に歩み寄る。

 「随分のご無沙汰でしたね。10年以上ぶりですよ。てっきり愛し子様と一緒に消えてしまったと思っていました」

 窓を開けてそう語るエンゲルブレクトに、

 「愛し子が加護を受けた」

 その背後から小さく呟く声がして、窓を閉めながらエンゲルブレクトは振り向く。

 そこには黒いフードを目深にかぶった黒いローブ姿の人物がいた。

 「愛し子? ナオ様は消えましたが、新たな愛し子が誕生したのですか?」

 「誕生していた。今日加護を受けた。だから封印が解けた」

 ボソボソとか細い声が呪文のように聞こえる。

 「加護を受けたということは6歳の子供……そうですか。それは興味深い」

 エンゲルブレクトは10年前に消えた梛央を思い浮かべる。

 どうしても自分のものにしたいと思った黒目黒髪の美しい梛央。あと少しで手に入るところだったが精霊に阻まれて実現はしなかった、しなやかで魅力的なその肢体。

 未成熟な淡い色の性器のそばに五弁の花の痣を持つ少年。

 梛央の噂が広がったのは意図したことではなかったが、そのおかげで梛央が消失したことに対して王太子への責任が問えるはずだった。
 
 事によっては王太子の座を剥奪する事もできたかもしれなかった。

 だが、愛し子の残した手紙により、剥奪どころか王太子の輝ける未来が約束されたことになってしまった。

 それが何とも口惜しいまま、10年以上の歳月が流れていた。

 「愛し子を王族には渡さない。渡してはいけない」

 「私も王族なのですよ、一応」

 エンゲルブレクトは冷ややかに笑う。

 「お前は王座には興味ない」

 「……さあ、どうでしょうね」

 今度は曖昧に笑うエンゲルブレクト。

 「この国に愛し子はいらない。王族の手に渡る前に見つけ出せ」

 「見つけ出してどうするつもりです?」

 「……」

 黒いローブの人物から負の、憎しみの感情が沸き起こる。

 「いいでしょう。愛し子には興味があります。愛し子を見つけ出すかわり、私の望み通りに動いていただきますよ」

 黒いローブの人物は何も言わず、靄となって消えた。

 「楽しくなってきた。さて、加護を受けたのなら6歳の貴族の子供か……」

 梛央以上の愛し子などいないだろうと思いながら考えを巡らせるエンゲルブレクトだった。

しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

処理中です...