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第2部

ボフ美、ボフ美を受け入れる。

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 「女神さま、またねー」

 にこやかに手を振っているボフスラヴァに、アシェルナオはまだ感情を昂らせていた。

 「ボフ美、僕は怒ってる」

 「死んじゃったもんねぇ。わかるよ、うん」

 言葉のわりに笑顔で言われても説得力はなかった。

 「言いたいことはいっぱいあるけど、とりあえずお世話されなくて大丈夫だから。用事があったら言いつけるかもしれないけど。ボフ美も精霊王なら忙しいと思うから、どうぞお引き取り下さい」

 10歳の小さなアシェルナオから冷ややかに対応される、とてもそうとは思えない精霊王ボフ美。

 「ごめんねぇ。精霊の愛し子はいるだけで精霊の力が活性化するのよ。善き精霊王のわたしも、めちゃめちゃわくわくしてるのよ。ナオちゃんがいるだけで国が栄えるって言っても過言じゃないから。ナオちゃんが楽しく幸せに生きていればそれだけで清浄な空気になっちゃう。だから、ちゃんと愛されてねぇ。前が早世だった分もねぇ」

 「ちゃんと愛されてるよ。2度も早世したけど。って、善き精霊王?」

 アシェルナオは怪訝な顔をする。

 「愛されていても愛されすぎることはないよ、まだまだ足りない。ナオちゃんが幸せになるのをラヴ……ボフ美も協力するから!」

 ガッツポーズをするボフスラヴァ。

 「精霊王がボフ美を受け入れてる……」

 サリアンが不敬罪で今にも死にそうな声をあげる。

 「そうだ、ナオちゃん。これつけて」

 ボフスラヴァは目の前の空気を掴んで、アシェルナオの前で手のひらを広げる。

 そこには金色の小さな塊があった。

 アシェルナオが身構える前にボフスラヴァの手が伸びる。

 「なに?」

 耳に何かが装着されたのを感じて、アシェルナオはテュコに抱き着く。

 ソーメルスの砦でつけられた腕輪を思い出して、あの時の恐怖が蘇っていた。

 「つけないと悪いものがナオちゃんを見つけに来るからねぇ」

 「悪いものってなに? 見つけてどうするの? 怖いこと言わないで」

 悪いもの、というのが純粋に怖くて、アシェルナオは今度はオルドジフの後ろに隠れる。

 梛央としての16年の記憶が戻ったものの、10歳の子供の姿のアシェルナオは、精神も10歳に引きずられていた。

 「ナオ様を怖がらせるな、ボフ美」

 もう一度ゲンコツを食らわせるテュコ。

 「いたいから! 怖がらせてごめんね。愛し子って、いるだけで清浄な気が生まれるし、精霊たちが活性化するのよ。その分霊力っていうのかな、そういうのが強いの。だから、女神様に加護を授かった瞬間に愛し子の存在があの子にも知られちゃったの。いまナオちゃんにつけたイヤーカフは居場所をわからせるような強い霊力を発しないように抑えるものよ。それをつけていても加護は使えるから安心してね。ナオちゃん、似合うわよぉ」

 きゃっ、と笑うボフスラヴァ。

 「あの子って誰?」

 「ナオちゃんは気にしなくていいわよぅ。大丈夫、ボフ美がなんとかするから。ナオちゃんのそばにずっとついていたいんだけど、封印が解けたばかりですることがあるのぉ。用がある時は呼んでねぇ」

 そう言うとボフスラヴァは姿を消す。

 アシェルナオが精霊の愛し子であることは知っている面々だが、洗礼を受ければ精霊の加護を授かり、以前の記憶を取り戻す程度に考えていた。だが蓋をあけてみれば女神と精霊王が出現するという前代未聞の洗礼の儀式になってしまった。

 「グルグル、洗礼の儀式ってこんなに疲れるものなの?」

 記憶を取り戻したせいなのかなんなのか、アシェルナオは疲労感に襲われていた。

 「いやいや、普通は聖水を額につけて、それから精霊玉に手をあてて何の加護を授かったのかを調べて終わりじゃ」

 「私も情報量が多すぎて疲れた。グルンドライスト、精霊玉は公爵家のサロンに場所を移してもできるだろう? オリヴェル、熱いお茶を頼む」

 「では場所を屋敷に移しましょう」

 女神がいて、アシェルナオが精霊の愛し子である。それをわかっていたはずだが半信半疑なところもあった。だが実際に女神と精霊王を見た公爵夫妻とその嫡男は、自分がとんでもない存在を家族に迎えたことに改めて驚愕していた。

 「待って。その前に言いたいことがあります」

 アシェルナオはオリヴェル、パウラ、シーグフリードの前に進み出る。

 「父さま、母さま、兄さま。僕を生み、育ててくださってありがとうございます。10年間愛情を注がれて大切に育ててもらったこと、本当に嬉しく思っています」

 愛し子の生まれ変わりとはいえ、自分がお腹を痛めて生んだ可愛い子供が、自分たちの手元を離れていってしまうことを、パウラはずっと恐れてきた。

 アシェルナオが前世を思い出して、いよいよ自分たちに別れを告げようとしていることを感じて、耐え切れずにパウラは顔を覆って涙した。

 「それで、あの……僕、これからもこの家の子供でいていいの……?」

 その言葉に、パウラは顔を上げる。

 そこには不安に揺れる瞳で見上げてくるアシェルナオがいた。

 パウラは、いつか来る別れを恐れていたが、それを感じていたアシェルナオもまた、いつかこの家から切り捨てられることを恐れていたのではないのか。

 そう思い当たったパウラは母である自分がいかに愚かだったのかを知った。

 「アシェルナオは母様がこの身に宿して産んだ子供です。この家はずっとあなたの家です。なのに母さまがいつかアシェルナオを手離さないといけないと思い込んでしまって、不安を抱えていて……。母さまのせいで不安にさせていてごめんなさい。今さらですけど、母さまはアシェルナオをどこにもやりません。陛下や殿下が引き取るとおっしゃっても、母さまは絶対にアシェルナオを手離しません」

 パウラはアシェルナオをしっかりと抱きしめた。

 「アシェルナオは我が家の大事な子供。宝物だよ。遠慮していたのなら、もっと甘えてきてほしい。たくさん我儘言って父さまたちを困らせてもいいんだ」
 
 「だそうだよ。兄さまにももっと甘えて、困らせてほしい」

 オリヴェルやシーグフリードも寄り添ってきて、アシェルナオは泣きそうな顔で何度も頷いた。

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