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第2部
異質な者
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「うぅーん」
目が覚めたアシェルナオは寝台の中で背伸びをすると、
「リンたん、おはよう」
横で寝ているリングダールに挨拶をする。
「ナオ様、お目覚めになりましたか?」
天蓋カーテンの向こう側で耳心地のいい低い声が聞こえ、
「起きたよ、おはようテュコ」
アシェルナオが言うと同時に天蓋カーテンが開けられて、ビスク色の髪の青年が姿を見せた。
「おはようございます、ナオ様。今日は10歳のお誕生日ですね。おめでとうございます」
テュコが言うと、
「おめでとうございます、ナオ様」
「今日は洗礼の儀式ですね、おめでとうございます」
テュコの後ろからアイナとドリーンも顔を覗かせる。
アシェルナオは寝台を降りると、
「テュコ、アイナ、ドリーン。いつも私をお世話してくれてありがとう。今日で10歳になりました。これからもよろしくね」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
その表情には昨日の物憂げさはなく、いつもの愛くるしい笑みが浮かんでいた。
10歳になったアシェルナオは平均よりも小さくて、テュコの腰くらいの身長しかないが、アイナとドリーンにより毎晩磨きこまれている白い肌はきめが細かく、しっとり潤っていて、背中まである黒髪は艶やかに光を反射している。
3人を見上げてくる黒曜石の瞳はきらきらと輝いていて、綺麗な顔立ちをより魅力的にしていた。
テュコもアイナもドリーンも、梛央の時からずっと、ことあるごとに感謝の気持ちを口にするアシェルナオを見て目を細める。
「ナオ様も10歳ですか」
梛央が消えてから11年近く。テュコがアシェルナオの侍従に復職してから4年。
あっという間のようにも感じるが、まだまだあの頃の梛央よりも幼いアシェルナオに、早く成長してほしいようで、可愛い盛りの子供時代を長く見つめていたいとも思うテュコだった。
「今日で10歳だよ、テュコ。私はもう大きいよ」
「ええ、大きくなってますよ。ちゅこと呼ばれていた頃が懐かしいです」
テュコの言葉にダメージを受けるアシェルナオ。
「それは私が8歳までの話だよ。もうテュコって言えるよ」
必死に訴えるアシェルナオは、笑っても怒っても何をしても可愛すぎて、
「そうでしたね。仕度をして朝食の間に行きましょう。みなさま、きっとお待ちになっていますよ。今日は大切な日ですからね」
テュコはアシェルナオの侍従に戻れた喜びを噛みしめながら言った。
「はーい」
「ナオ様、あとでアルテアン殿が儀式の服を持っておいでになりますよ」
「朝食のあとで髪を編みましょうね」
「はーい」
元気に返事をするアシェルナオに、テュコたちは朝の支度を手伝い始めた。
エルランデル公爵家の朝食の間は、夫婦用の寝台が2つ入るくらいの広さしかない空間だった。
給仕も多くは入れず、侍従は時には部屋の外からドア越しに中を覗くこともある。
大きくはないテーブルで、なるべく使用人を排除し、家族水入らずに近い状況で顔を見ながら食事を楽しむというのがエルランデル公爵家の朝のルールだった。
「父さま、母さま、兄さま、おはようございます」
朝食の間に入ると、アシェルナオはお行儀よく挨拶をして席に着く。
「おはよう、アシェルナオ。10歳のお誕生日おめでとう。あとでみんなもお祝いに来るよ」
当主席からオリヴェルがお祝いの言葉をアシェルナオに贈る。
「おはよう、アシェルナオ。……おめでとう」
パウラは俯いて、アシェルナオの顔を見ずに言った。
アシェルナオは不安げな瞳をパウラに向ける。
「おはよう、アシェルナオ。10歳のお誕生日おめでとう。今日はいよいよ洗礼の儀式だね。昨日はよく眠れたかい?」
隣の席のシーグフリードが声をかけてきた。
「はい」
アシェルナオは小さな声で返事をする。
「どうした? アシェルナオ」
「ううん、なんでもないです」
兄に問われ、アシェルナオは首を振る。
「今日は大事な日だよ。その前に何か心を煩わせることがあるのなら、兄さまに教えてほしいな」
パウラと同じアメジスト色の瞳でアシェルナオに体を向けて、優しくシーグフリードが尋ねる。
「私はふがいない子供です……」
観念したように、アシェルナオはその胸中を口にした。
しょんぼりとした顔をするアシェルナオの瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
「そんなことはないぞ。アシェルナオは可愛い我が家の宝物だ。誰がふがいないと言った?」
いつも笑顔を浮かべて楽しそうなアシェルナオは公爵家の癒しであるというのに、使用人が不用意な発言でもしたのかと、オリヴェルは気色ばむ。
「誰も言ってないです」
首を振るアシェルナオ。
「ではどうしてふがいないと?」
「私は今日10歳になりました。そして今日洗礼の儀式をします。……でも、ふつうは6歳でするものだと習いました。10歳でやっと洗礼を受けることができるような子供でごめんなさい」
すでに少しずつ勉強を始めていたアシェルナオは、洗礼の儀式が6歳で行われることを学んでいた。
その時に、なぜ自分は洗礼を受けていないのか、アシェルナオは周囲に聞いてみた。
6歳のアシェルナオは小さくて体が弱かったから洗礼には耐えられないから、という答えが揃えたように返って来ていた。
だが10歳の誕生日でようやく迎える洗礼の儀式も、本来なら一番に喜んでくれるはずのパウラは、お祝いの言葉はあったものの、視線も合わせてくれないのだ。
きっと、自分が出来の悪い子供でふがいないからだ。
それにこの黒髪と黒目は、オリヴェルともパウラとも似ていない。顔立ちもどちらにも似ていない。
誰にも似ていない。
きっとそれが、自分が望まれていない者、異質な者と思える原因で、アシェルナオの瞳からポロリと涙が零れ落ちた。
目が覚めたアシェルナオは寝台の中で背伸びをすると、
「リンたん、おはよう」
横で寝ているリングダールに挨拶をする。
「ナオ様、お目覚めになりましたか?」
天蓋カーテンの向こう側で耳心地のいい低い声が聞こえ、
「起きたよ、おはようテュコ」
アシェルナオが言うと同時に天蓋カーテンが開けられて、ビスク色の髪の青年が姿を見せた。
「おはようございます、ナオ様。今日は10歳のお誕生日ですね。おめでとうございます」
テュコが言うと、
「おめでとうございます、ナオ様」
「今日は洗礼の儀式ですね、おめでとうございます」
テュコの後ろからアイナとドリーンも顔を覗かせる。
アシェルナオは寝台を降りると、
「テュコ、アイナ、ドリーン。いつも私をお世話してくれてありがとう。今日で10歳になりました。これからもよろしくね」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
その表情には昨日の物憂げさはなく、いつもの愛くるしい笑みが浮かんでいた。
10歳になったアシェルナオは平均よりも小さくて、テュコの腰くらいの身長しかないが、アイナとドリーンにより毎晩磨きこまれている白い肌はきめが細かく、しっとり潤っていて、背中まである黒髪は艶やかに光を反射している。
3人を見上げてくる黒曜石の瞳はきらきらと輝いていて、綺麗な顔立ちをより魅力的にしていた。
テュコもアイナもドリーンも、梛央の時からずっと、ことあるごとに感謝の気持ちを口にするアシェルナオを見て目を細める。
「ナオ様も10歳ですか」
梛央が消えてから11年近く。テュコがアシェルナオの侍従に復職してから4年。
あっという間のようにも感じるが、まだまだあの頃の梛央よりも幼いアシェルナオに、早く成長してほしいようで、可愛い盛りの子供時代を長く見つめていたいとも思うテュコだった。
「今日で10歳だよ、テュコ。私はもう大きいよ」
「ええ、大きくなってますよ。ちゅこと呼ばれていた頃が懐かしいです」
テュコの言葉にダメージを受けるアシェルナオ。
「それは私が8歳までの話だよ。もうテュコって言えるよ」
必死に訴えるアシェルナオは、笑っても怒っても何をしても可愛すぎて、
「そうでしたね。仕度をして朝食の間に行きましょう。みなさま、きっとお待ちになっていますよ。今日は大切な日ですからね」
テュコはアシェルナオの侍従に戻れた喜びを噛みしめながら言った。
「はーい」
「ナオ様、あとでアルテアン殿が儀式の服を持っておいでになりますよ」
「朝食のあとで髪を編みましょうね」
「はーい」
元気に返事をするアシェルナオに、テュコたちは朝の支度を手伝い始めた。
エルランデル公爵家の朝食の間は、夫婦用の寝台が2つ入るくらいの広さしかない空間だった。
給仕も多くは入れず、侍従は時には部屋の外からドア越しに中を覗くこともある。
大きくはないテーブルで、なるべく使用人を排除し、家族水入らずに近い状況で顔を見ながら食事を楽しむというのがエルランデル公爵家の朝のルールだった。
「父さま、母さま、兄さま、おはようございます」
朝食の間に入ると、アシェルナオはお行儀よく挨拶をして席に着く。
「おはよう、アシェルナオ。10歳のお誕生日おめでとう。あとでみんなもお祝いに来るよ」
当主席からオリヴェルがお祝いの言葉をアシェルナオに贈る。
「おはよう、アシェルナオ。……おめでとう」
パウラは俯いて、アシェルナオの顔を見ずに言った。
アシェルナオは不安げな瞳をパウラに向ける。
「おはよう、アシェルナオ。10歳のお誕生日おめでとう。今日はいよいよ洗礼の儀式だね。昨日はよく眠れたかい?」
隣の席のシーグフリードが声をかけてきた。
「はい」
アシェルナオは小さな声で返事をする。
「どうした? アシェルナオ」
「ううん、なんでもないです」
兄に問われ、アシェルナオは首を振る。
「今日は大事な日だよ。その前に何か心を煩わせることがあるのなら、兄さまに教えてほしいな」
パウラと同じアメジスト色の瞳でアシェルナオに体を向けて、優しくシーグフリードが尋ねる。
「私はふがいない子供です……」
観念したように、アシェルナオはその胸中を口にした。
しょんぼりとした顔をするアシェルナオの瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
「そんなことはないぞ。アシェルナオは可愛い我が家の宝物だ。誰がふがいないと言った?」
いつも笑顔を浮かべて楽しそうなアシェルナオは公爵家の癒しであるというのに、使用人が不用意な発言でもしたのかと、オリヴェルは気色ばむ。
「誰も言ってないです」
首を振るアシェルナオ。
「ではどうしてふがいないと?」
「私は今日10歳になりました。そして今日洗礼の儀式をします。……でも、ふつうは6歳でするものだと習いました。10歳でやっと洗礼を受けることができるような子供でごめんなさい」
すでに少しずつ勉強を始めていたアシェルナオは、洗礼の儀式が6歳で行われることを学んでいた。
その時に、なぜ自分は洗礼を受けていないのか、アシェルナオは周囲に聞いてみた。
6歳のアシェルナオは小さくて体が弱かったから洗礼には耐えられないから、という答えが揃えたように返って来ていた。
だが10歳の誕生日でようやく迎える洗礼の儀式も、本来なら一番に喜んでくれるはずのパウラは、お祝いの言葉はあったものの、視線も合わせてくれないのだ。
きっと、自分が出来の悪い子供でふがいないからだ。
それにこの黒髪と黒目は、オリヴェルともパウラとも似ていない。顔立ちもどちらにも似ていない。
誰にも似ていない。
きっとそれが、自分が望まれていない者、異質な者と思える原因で、アシェルナオの瞳からポロリと涙が零れ落ちた。
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