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第2部

愛し子の手紙

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 200年ぶりに愛し子が出現した。

 その報告はサミュエルからエンゲルブレクトへ。エンゲルブレクトから国王ベルンハルドになされた。

 ベルンハルドは、すぐさま大臣を招集してその事実を通知したが、同時に精霊神殿で洗礼を受けるまでは愛し子の存在は公表しないことも通達していた。

 それでも国民のあいだには少しずつ愛し子の存在が広まっていた。

 エンロートの小運河で梛央の歌を聴いた者たちからかもしれないし、奥城での梛央の歌声を聴いた者たちからかもしれない。

 精霊の加護が薄まり、泉が瘴気で覆われた時に精霊の愛し子が現れて、精霊の力を国中に満たしたという伝説の愛し子。

 その愛し子がベルンハルド国王の御世に現れた。国を豊かに幸せに導いてくれるに違いない。

 高揚感が国民の中に広がり始めた頃に、愛し子である梛央がヴァレリラルドを庇って凶刃に倒れた。

 その事実さえ噂となり広まり、高揚感を感じていた国民はそれを上回る絶望に襲われた。

 「さて、ローセボームよ。公表さえしていない愛し子様の出現の噂が広まり、あまつさえ凶刃に倒れたという噂さえ流出したのはなぜだろうな」

 王城の会議の間にはローセボームをはじめ、ベルンハルドが招集した大臣たちが顔を揃えていた。

 中央に座るベルンハルドが険しい表情で席に着く大臣たちを見回す。

 会議の間に集まっている大臣たちは落ち着かない表情の者、不機嫌な様相の者、悲痛な表情を浮かべる者とさまざまだったが、

 「兄上。問題はそこではありません。愛し子様がご出現し、国民がその喜びに沸き始めた矢先になぜ、愛し子様が消えなければならなかったのか。護衛は何をしていたのです。なぜ愛し子様が、ナオ様がヴァレリラルドを庇って死なねばならなかったのです。それも犯人はヴァレリラルドの侍従だった男というではありませんか」

 列席していたエンゲルブレクトだけは怒りを顕わにしていた。

 同じく列席していた、まだ8歳のヴァレリラルドは梛央の死を受け止めらずに悄然とた様子で俯いている。

 「エンゲルブレクトよ。ことは私の目の前で起きた。あれは人知を超越したものの仕業だ。ヴァレリラルドや護衛に落ち度はないと私は判断している。それともお前は、目の前にいながら何もできなかった私に落ち度があったとでも言いたいのか?」

 ラフな服装に王のマントを羽織ったベルンハルドは組んだ手の片方の拳を顎に当ててエンゲルブレクトを見やる。

 「私が兄上を批判するなど……」

 王への批判は、すなわち国家反逆ともみなされる。

 うろたえるエンゲルブレクトに、ベルンハルドは無表情な視線を向けたままだった。

 その時、会議の間の重い扉がわずかに開き、ベルンハルドの侍従の一人が入室すると、主君に歩み寄ってその耳に何かを囁く。

 「わかった。入れてくれ」

 その声を合図に再び扉が開いた。

 入室してきたのはシアンハウスの家令であるサミュエルだった。

 サミュエルは正面に座す国王ベルンハルドに深く一礼すると懐から一通の手紙を取り出した。

 「お歴々の皆様の前で失礼いたします。どなたか、これを陛下へ」

 差し出された手紙を、ローセボームは誰にも任せずに自らが受け取りに行き、自らの手でベルンハルドに手渡す。

 「サミュエル、この手紙は?」

 「愛し子様がシアンハウスに滞在中に私に託されていた、愛し子様自ら封蝋された手紙でございます。託された私にも何が書かれているか存じません。自分に何かあった時は公表するようにという愛し子様の意志を感じましたので、今これをお持ちした次第です」

 梛央の手紙の存在に、俯いていたヴァレリラルドは顔をあげ、食い入るようにベルンハルドの手に渡された手紙を見つめる。

 「ふむ」

 ベルンハルドは侍従にペーパーナイフを渡されて封を開けると、中から一枚の紙を取り出す。

 
『みなさま、はじめまして。僕は秋葉梛央と言います。
 精霊の導きを受けて、精霊の泉に現れました。シルヴマルク王国でも、この世界でもない、別の世界の日本という国から来た者です。
 僕がシルヴマルク王国に出現したのは王太子であるヴァレリラルド殿下の命を護るためです。
 ヴァレリラル殿下はこの国を豊かで幸せな国に導くために生まれてきました。そのヴァレリラルド殿下に何かあった時に命をかけて護るために、僕は出現しました。
 この手紙を書いたのは、その時にヴァレリラルド殿下の立場が悪くならないよう、使命をまっとうした愛し子の存在を否定しないよう、お願いするためです。
 ヴァレリラルド殿下とシルヴマルク王国の繁栄を祈って。
 秋葉梛央 』


 ベルンハルドの読み上げる手紙に、ヴァレリラルドは涙が止まらなかった。

 身を挺して護ってくれた梛央が、窮地に立たされることまで事前に察し、案じてくれていたことに、熱いものがとめどなくこみあげていた。

 梛央が好きだった。愛と言うにはまだ幼い感情だったが、確かな思いがヴァレリラルドの中に芽生えていた。

 それがどんなに大きな存在であったことに今更ながらに気づかされ、同時に途方もない喪失感もヴァレリラルドは感じていた。


 国民の間に愛し子の噂が広がっていた手前、ベルンハルドは愛し子が出現したこと、だが王太子を庇って凶刃に倒れ、光となって天に消えていったこと。それが愛し子の使命だったことを、梛央の遺した手紙とともに公表した。

 王国の民たちは、せっかく出現した愛し子が消えたことには失望を禁じえなかったが、それ以上に愛し子が次代の王の治世の安泰を予言したことを喜ばしく受け止めていた。

 梛央が作ってくれた道を、梛央が望んでくれた道を進むべく、ヴァレリラルドはその日から涙を見せずに、梛央の髪と瞳の色を必ず身に纏いながら精進してきたのだった。

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