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第1部

僕のためにがんばるから(馬なみ再び)

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 午睡から目覚めたとき、陽は傾き始めていた。

 周囲の者たちが目覚めた梛央の周りでにこやかに待機していて、

 「え……僕、みんなを待たせて寝てた? 起こしてくれればよかったのに」

 申し訳なさ半分、起こしてくれなかった者たちにふてくされ半分で傍らに手を伸ばす。

 寝台ならそこにリングダールがあるのだが、今日は連れてきていないことを思い出すと、心の拠り所のない梛央はがっくりとうなだれた。

 「ナオが寝ているあいだ私は剣の稽古をして、汗をかいたからもう1回温泉に入ったよ。私も温泉好きになった」

 剣の稽古もしたし、温泉にも入ったヴァレリラルドは胸を張って言ったが、梛央の寝顔も十分堪能したことは言わなかった。

 「ほんと?」

 「私たちも交代で温泉に入りました。クセになりそうです」

 ヴァレリラルドの護衛騎士たちも笑顔で言った。

 「ナオ様。おかげで私たちもゆっくりと過ごすことができましたよ」

 「私たちはナオ様に勧められた足湯を楽しんでいました。足だけしか温泉に浸かっていないのに、全身がぽかぽかです」

 アイナとドリーンもにこやかに報告する。

 「私たちも交代で休ませてもらっていましたよ。なかなかこういう機会はないので楽しく過ごさせてもらいました」

 ハンメルトが元気な声をあげた。

 梛央がみんなを待たせていたことを気にしないように、思い思いが有意義に過ごせたとアピールしてくる。

 梛央は言葉に詰まり、俯く。

 「馬たちもここらの美味しい草を食べられて満足していますよ。いつもは厩舎の干し草ですが、今日は生の草ですからね」

 そう言ったクランツは梛央の表情に気づいた。

 「うちのサンノキがナオ様を乗せたくてうずうずしてるんです。天幕の片付けをしているあいだ、サンノキに乗ってみませんか?」

 言いながら梛央を抱き上げて馬たちのところに連れて行く。

 「クランツ、私も」

 フォルシウスがクランツの横暴を止めようと追いかける。が、

 「悪いが間に合っている」

 いつもならフォルシウスにかまいたがるクランツがきっぱりと断った。

 「え……」

 なぜかショックを受けるフォルシウス。

 「クランツなりの考えがあるんだろう。目の届く範囲でならクランツ単独でも大丈夫だ」

 ケイレブに言われて、フォルシウスは梛央を抱えて歩くクランツを目で追った。




 クランツに抱きかかえられた梛央が馬たちに近づくと、馬たちが一斉にいなないた。

 ドオルゥゥッ

 それを一際大きないななきで制したサンノキに、他の馬がしぶしぶ引く。

 梛央を乗せ、自分もサンノキに乗り、

 「サンノキ、ゆっくり歩いてくれ」

 クランツが声をかけると、サンノキは「まかせろ」と言いたげに短くいなないて歩き出す。

 サンノキは川沿いではなく柔らかな草の生えた場所を選んで進む。

 傾いて赤みを帯びた柔らかな日差しが2人と1頭を包んだ。

 「どうしてサンちゃんに誘ったの?」

 天幕から離れたところまで来ると、ずっと黙っていた梛央が口を開いた。

 「何か思いつめた顔をされていたので」

 梛央の背後から、何気ない口調でクランツが答える。

 「クランツは動物だけじゃなくて人の気持ちもわかるんだね」

 「ナオ様もでしょう? どうかしましたか?」

 「別にね、悲しいとか、寂しいとか辛いとか、そういうネガティブな感情じゃないんだ。ただ、みんな、すごく優しいから。僕が寝ていたのに、その時間で好きなことができた、ってみんなが言ってくるから……」

 「実際好きなことをさせてもらっていたんですよ」

 「そうだとしても、みんな優しい顔で……。みんないい人すぎて、僕にそれだけの価値はあるのかな、って、ちょっと思ったんだ」

 「ありますとも。ナオ様はナオ様が思うよりもずっと尊いですよ」

 クランツの言葉に、梛央は一度唇を結んでから、

 「あのね、僕、がんばろうと思うんだ」

 決意を口にした。

 「何をですか?」

 「フェルウルフが襲ってくる前にね、サリーが言ったんだ。僕はきっと、なるべくして愛し子になったんだ、って。自分より他人のことを考えているし、他人の喜びを自分のことのように喜べるから、って」

 「私もそう思います」

 「だから、僕が何かの犠牲になってしまわないように、誰かのために何かをしなくちゃ、とか思わないでほしい、って。もっとたくさんわがまま言って、偉ぶって、正々堂々としていいって。たった一人で、家族とも引き離されてこの世界に連れてこられたんだから、一生分の賠償を請求してやる、って叫んでいいんだ、って」

 「サリアンらしい優しさですね」

 「うん。サリーも、みんなも優しい。サンちゃんたち馬も優しい」

 梛央の話が聞こえているのか、サンノキが短くいなないた。

 「ナオ様も優しい、ってサンノキが言っています」

 「僕は愛し子って言われてるけど、僕に何ができるかわからない。でも、きっとわかる時がくると思う。そのときは、誰かのためじゃなく、僕のためにがんばるから」

 ひそかな、だけど固い決意を、梛央はクランツだけに明かした。

 「私に聞かせてよかったのですか?」

 「ヴァルとか、テュコとかサリーとかだと、僕を甘やかして止めようとするから。クランツならサンちゃんや他の馬たちみたいに、ただ聞いて胸にしまってくれるでしょう?」

 背後のクランツを振り向いて、上目遣いで見つめる梛央。

 「そういう風に見てくださってるんですね。光栄です。他言はしません。サンノキと同じ並びなのは複雑ですが」

 苦笑するクランツ。

 「そう? フォルが言ってたよね? クランツは馬なみだ、って。あれって馬と同じ並びってことじゃないの?」

 きょとんとした顔で言う梛央に、子供は大人の話をよく聞いていて、いつまでも覚えてるものだったな、と5人の弟妹を思い出しながら、クランツは少しの間無表情になっていた。
 
 
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