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第1部

世界最強

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 「ナオ様。私がわかりますか?」

 少し照明を明るくして、ショトラが寝台に近づく。

 「……ショトラ先生」

 「そうです。ナオ様はとても怖い思いをして、この二、三日正気を失っていました。その間何も口にしておられません。なおかつ嘔吐されました。いまナオ様の身体には水分と栄養が不足しています。わかりますか?」

 ショトラの問いに、梛央は頷く。

 父さんの声が聞こえて、実際はオルドジフなのだが、そこで助けられたはずなのにずっと夢の中にいて、夢の中でも男に……。

 「ナオ」

 考え込む様子で、梛央の心中を察したオルドジフが頭を撫でる。

 「心が癒えるのは時間がかかる。まずは体から元気になりましょう。さっきも言いましたが、水分と栄養が不足しています。まずは液体のお薬から口にしていきましょう。日の光を浴びて、たくさん寝て、お薬を飲んでいれば体はじきによくなりますよ」

 ショトラの言葉に梛央は頷く。

 「テュコ、ナオ様にお薬を一口。それと白湯を一口飲ませてくれ」

 「はい」

 「ナオ様、いきなり胃にたくさん入れると胃がびっくりします、まずは少しずつ入れていきましょう。テュコ、ナオ様がほしがった時に、最初は一口ずつ。午後からは二口ずつ。起きたときにも同量を飲ませてくれ。夜からは三口ずつ。食事は夜にパン粥を少し、な」

 「はい」

 やっと梛央の世話ができて嬉しそうにテュコが動く。

 「サリアン、フォルシウス。ナオ様はもう大丈夫だからゆっくり休んでくるといい。私も久しぶりに自分のベッドで寝る。あとは頼むよ、テュコ。オルドジフ殿はもう少し頼む」

 ショトラが言うと、梛央はもたれていたオルドジフの胸から体を少し起こした。
 それをオルドジフがふらつかないように支える。
 「ショトラ先生、ありがとうございました。フォル、癒してくれてありがとう。サリー、僕を護ってくれてありがとう」

 掠れた声で、ゆっくりと、一人一人を見ながら言うと、梛央は頭を下げる。

 「がんばったのはナオ様ですよ」

 柔らかな笑顔でショトラが言った。

 「私は、あまりお役に立てなくて……」

 やっと癒しをかけられたのは、梛央が衰弱して抵抗できなくなってからだという事実に、フォルシウスは申し訳なさそうにうつむく。

 「たとえそうでも、心配してそばにいてくれた。その気持ち、あたたかい。僕、悪い夢の中にいたけど、あたたかい人たちのところに、帰りたいって思ってたんだ」

 まだ長く話すと疲れる梛央は、とぎれとぎれにそう言うと、微笑んでみせる。

 「私も! 私も、馬車の中で指示しただけで、ナオ様を護れなかった。ナオ様、馬車から転げ落ちて、道に溜まった冷たい水に浸かって、雨に濡れて……私がもう少し早く助けに行ければ。私は護衛なのにっ」

 悔しいのと、情けないのと、申し訳ないのと、安堵。いろいろな思いがごちゃ混ぜになって怒鳴るサリアンに、梛央は手をあげて、おいでおいでをした。

 サリアンが寝台のそばまで行くと、梛央は手をのばして下に下げるしぐさをする。サリアンが戸惑いながら寝台の脇に膝まづくと、梛央はその頭を撫でた。

 「サリーは、できる最善のことをしてくれたでしょ? 僕、いなかったけどわかるよ。先頭でずっと僕を探してくれてた、って。僕はきっと、サリーやみんなの思いで、戻って来れたと思う。だから、護ってくれてありがとう」

 サリアンのローズグレイの髪は触り心地がよくて、梛央は何度も撫でる。

 「ナオ様……決めた。私はナオ様みたいな子供がほしい」

 サリアンはいつの間にか涙を流しながら決意していた。

 「子供ができたとしてもナオ様のような子供とは限らんぞ。相手はケイレブだろう? さあ、話またあとにしろ。ナオ様を休ませるんだ」

 ショトラはフォルシウスとサリアンを引きずるように部屋を出て行った。
 
 「さあ、ナオ様。お薬とお白湯ですよ。あーん」

 あーん、と口を開ける梛央に、薬を飲ませるテュコ。

 「にがっ」

 思った以上に薬が苦くて、梛央は顔を顰めた。すかさず白湯を飲ませる。

 「次はシロップを用意しておきますね」

 「お願いします」
 
 よほど苦かったのか、シロップを所望する梛央に、テュコはまた梛央との日常が戻ってきてことに幸せを感じていた。



 
 「ナオ様!」

 「ナオ様!」

 夜が明けきって、梛央の部屋に来たアイナとドリーンは、部屋に朝陽が差し込んでいるのを見て寝台に駆けつけた。

 梛央が保護されて戻って来て以来、刺激を嫌う梛央のために締め切られていたカーテンが開かれているのだ。

 「アイナ、ドリーン、屋内で走ってはいけませんよ」

 「すみません」

 「でも、カーテンが」

 テュコに言われてあたふたしながらも寝台の中の梛央に2人の目は釘付けになっていた。

 「おはよう」

 寝台の中で、オルドジフにくっついて上体を起こしていた梛央がアイナとドリーンを見て笑っていた。

 「ナオ様が……」

 「笑ってらっしゃる……」

 2人はエプロンを顔にあてて肩を震わせる。

 「すごく心配かけたみたいでごめんね?」

 「心配しました」

 「ナオ様が目覚めて嬉しいです」

 泣きじゃくるアイナとドリーンに、梛央は戻って来れてよかったと改めて思った。

 「アイナもドリーンも、泣いていないでお仕事お願いしますよ。午前中はスプーンに一杯ずつのお薬と白湯を、あまり頻繁ではない程度にナオ様に飲んでいただくようにショトラ先生から言われています。午後は2杯ずつ。夜はパン粥を少し召し上がってもらいます。ナオ様、眠くなければオルドジフ殿とソファの方へ行かれませんか? アイナとドリーンに寝具の交換をしてもらいますから」

 「うん、わかった」

 梛央が頷くと、オルドジフは先に寝台を降りようと体を動かす。

 「うっ」

 途端に固まるオルドジフに、

 「ドーさん、大丈夫?」

 梛央は心配そうにオルドジフの顔を覗き込む。

 「ずっと同じ姿勢だったから体が固まっているだけだよ」

 オルドジフはゆっくりと肩を回しながら体の感覚を確かめる。

 「オルドジフ殿はずっとナオ様の身体を抱いていましたからね。あとでフォルシウス殿に癒してもらいましょう」

 「そうだったんだ……ごめんね、ドーさん。僕重くなかった?」

 「心配するくらい軽かったよ」

 「そう……? ドーさん、リンちゃんと同じでそばにいたら落ち……あっ、リンちゃん、僕の下敷きになって壊れちゃったんだ……」

 気が付いたら毛皮だけの姿になっていたリングダールを思い出して、梛央は泣きそうな顔になる。

 「待っていなさい」

 オルドジフはギスギスした動きで寝台を降りると、しばらくしてリングダールを抱えて戻ってきた。

 「リンちゃん!」

 オルドジフにリングダールを渡されて、梛央はぎゅっと抱きしめた。

 「壊れたという報告を受けていたからね。また可愛がってあげるんだよ」

 「うん。大事にするから、また癒してね、リンちゃん」

 リングダールと、それに頬ずりする梛央の組み合わせは、世界最強に可愛かった。
 
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