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第1部

悪しき精霊

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 冷えた体を温めて着替えを済ませた梛央とヴァレリラルドの護衛騎士たちは、古城の騎士棟にある食堂に集まっていた。

 温かな食事を黙々と食べる騎士たちを、ヴァレリラルドとケイレブ、マフダル、オルドジフも黙って見守っている。

 あらかたの護衛騎士たちが食事を終えると、

 「サリー、どの付近で飛竜を見失った?」

 ケイレブが穏やかに尋ねる。

 「飛竜はいったんはキースの街の方に飛んでいたけど、大きく旋回してエンロート方面に方向を変えたんだ。こちらも街道から森の中に入って追ったんだけど、枝葉が邪魔をして見失ってしまった。そこから追っ手を4つに分けて、それぞれの方向で開けた場所に出て探したけど、飛竜を見つけることはできなかった」

 そう言って肩を落とすサリアンの背中を、労わるように優しく撫でるケイレブ。

 「ナオは大丈夫。ナオは精霊の愛し子だから。精霊に愛されてるから。きっと精霊が守ってくれるはずなんだ」

 自分に言い聞かせるように、祈るようにヴァレリラルドが言った。

 「キースの街といえば、馬で王都まで半日。定期的に第三騎士団が見回っている場所でもあります。そこにフェルウルフが30頭も? しかもボスフェルまで? そこに通常なら山岳地や北の果てにしか生息しないはずの飛竜まで襲撃してきたとは、通常では考えられないことです」

 マフダルが首をひねる。

 「俺も作為的なものを感じた。ただの魔獣の襲撃とは考えられない」

 ケイレブも考え込む。

 「それに天候の急変も、ただの自然現象ではないと感じました」

 フォルシウスが言うと、

 「作為的に魔獣を……しかも天候を扱うことができるもの……。悪しき精霊…………」

 オルドジフが小さく呟く。

 「悪しき精霊?」

 聞き逃さず問い返すフォルシウス。

 「以前から精霊神殿の者の間で言われていることだ。天候を操り、魔獣を操る者がいるのではないか、という程度なんだが。今の話を聞いて、悪しき精霊のことを思い浮かべた」

 「確かに今日は悪天候に急変してから次から次へと何かに操られるように魔獣が現れた。その何かに名前をつけるとしたら悪しき精霊というのがぴったりだな」

 ケイレブも同意した。

 「さあ、殿下。護衛騎士たちも戻ってきて話もできました。今日はもう遅うございます。明日に備えて休みましょう」

 マフダルがヴァレリラルドを促した時、

 「兄上!」

 食堂に、手のひらに収まるくらいの発光体が入ってきたのを見て、フォルシウスが叫ぶ。

 「私にも見える」

 「私にも。何の光だ?」

 ヴァレリラルドとサリアンが発光体を見つめていると、周りの護衛騎士たちも光を見て驚いたり警戒したりしている。

 「ほかの者にも精霊が見える?」

 フォルシウスは自分以外の者たちにも見えていることに驚いた。

 「これは精霊ではない」

 オルドジフは険しい表情で周りを見回した。

 「では、何なんだ?」

 ケイレブもヴァレリラルドの横で警戒しながらオルドジフに尋ねる。光は人々の話を理解しているのか、オルドジフの前に浮かんでいた。

 「精霊ではないが、ナオ様の危機を知らせにきてくださったものでしょう。違いますか?」

 オルドジフの言葉に、光は、違わない、と言いたげに空中で円を描いた。

 「あなたについていけばナオ様のもとに行けますか?」

 さらに問われ、再び円を描く光。

 「行くぞ!」

 サリアンが、言うが早いか立ち上がる。

 「私も行く!」

 待っていてくださいと言われる前にヴァレリラルドは叫んだ。

 「すぐに行きましょう。精霊でないものが知らせにきたということは、よくない状況です」

 オルドジフの言葉に、ケイレブは着替えたばかりの護衛騎士たちを促し、マフダルも厩舎にいち早く知らせるべく駆け出していた。
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