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第1部
リンちゃん
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『飛竜だ!』
ケイレブの声が人々に恐れられている魔獣の名を告げると、
「なぜ飛竜がこんなところに……。ナオ様、ソファから降りて下に座って。リングダールに顔を埋めて、体を丸めて。殿下とテュコもナオ様にくっついて固まって。なるべく体を固定して」
サリアンが強い語調にならないように気をつけながら指示する。
「わかった」
言われた通りにソファから降りて床に座り、リングダールを抱えて体を丸める。ヴァレリラルドがその傍らにぴったりと身を寄せ、テュコもヴァレリラルドの体に寄り添いながら、なるべくソファの足部分を足で突っ張って固定させる。
「苦しいだろうけど、いいと言うまでその態勢でいて。舌をかまないように口は閉じて」
サリアンの追加の指示に、梛央は頷く。
通信機からはケイレブの指示が次々に飛んでいるが、自分にぴったりとくっつくヴァレリラルドと、その横にくっつくテュコがいる。
自分がお兄さんだと思うと、怖いという気持ちよりも自分より年下の子たちを守らなければ、という思いが強かった。
『護衛騎士、馬車から降りろ!』
ケイレブの声に、馬車の上で人が移動する気配があった。
ほぼ同時に馬車が持ち上げられる感覚があり、次の瞬間馬車が傾く。最初はゆっくりと傾いた馬車は数秒後には勢いを増して傾き、気付いたときは体を何度も馬車の壁に打ち付けていた。
思わず目を瞑っていた梛央は強い痛みを覚えて目を開ける。自分がいる場所に違和感を感じ、あたりを見回して、梛央は馬車が横転して天井だったところに横たわっていることを知った。
「ナオ様、殿下、大丈夫?」
テュコの体を小脇に抱えるように支えていたサリアンが確認する。
「大丈夫」
「私も大丈夫」
しっかりした声で返す2人に、サリアンは頷く。
『サリー、次が来る!』
ケイレブの声に、梛央はさっきと同じ態勢をとったが、今度はさっきとは比べ物にならない衝撃に襲われた。
何度も体を打ち付けられ、気が付いた時には体が冷たい水に浸っていて、上からは激しい雨に打たれていた。
全身が痛んだが、状況を知りたくて、かろうじてまだ離さずにしがみついていたリングダールにすがるようにして体を起こそうとした梛央に、何かがすごい速度で近づいてきた。
その方向に顔を向けた梛央が見たものは大きな鳥のようなものだった。だが鳥にしては嘴が短く牙があり、恐ろしい目つきをしていた。
首が長くて鱗で覆われている。翼には羽毛はなく、かわりに骨のような筋があり、まるで巨大な蝙蝠の翼のようだった。
通信機から聞こえた『飛竜』という言葉を思い出した時には、もうすぐそこまでそれが近づいていた。
思わず梛央が目を瞑った時、すぐ横で眩しい閃光が走った。ほぼ同時にとてつもなく重いものが落ちたことを想像させる振動が地面を震わせ、風を巻き起こす。
同時に体を預けていた存在がなくなり、梛央の上体は、ぬかるんだ道の上に倒れ落ちた。
だが体を受け止めたのは砂利や土の混じったぬかるみではなく、さっきまで抱きしめていたリングダールの、中身のない毛皮だった。
「リンちゃん」
慣れ親しんだもふもふの毛皮に、呆然と声をあげる梛央。
「ナオ様! すぐ行くからそのままでいて!」
少し離れたところからサリアンの声がした。
サリアンのものらしい足音が水を跳ねながら近づいてきて、それにほっとしたのか、急に体の痛みに支配されて梛央の意識が遠くなる。
聞こえる大きな音。足音。誰かの叫ぶ声。
だが、体が何かに激しく締め付けられるのを感じたのを最後に、梛央の意識は途絶えた。
ケイレブの声が人々に恐れられている魔獣の名を告げると、
「なぜ飛竜がこんなところに……。ナオ様、ソファから降りて下に座って。リングダールに顔を埋めて、体を丸めて。殿下とテュコもナオ様にくっついて固まって。なるべく体を固定して」
サリアンが強い語調にならないように気をつけながら指示する。
「わかった」
言われた通りにソファから降りて床に座り、リングダールを抱えて体を丸める。ヴァレリラルドがその傍らにぴったりと身を寄せ、テュコもヴァレリラルドの体に寄り添いながら、なるべくソファの足部分を足で突っ張って固定させる。
「苦しいだろうけど、いいと言うまでその態勢でいて。舌をかまないように口は閉じて」
サリアンの追加の指示に、梛央は頷く。
通信機からはケイレブの指示が次々に飛んでいるが、自分にぴったりとくっつくヴァレリラルドと、その横にくっつくテュコがいる。
自分がお兄さんだと思うと、怖いという気持ちよりも自分より年下の子たちを守らなければ、という思いが強かった。
『護衛騎士、馬車から降りろ!』
ケイレブの声に、馬車の上で人が移動する気配があった。
ほぼ同時に馬車が持ち上げられる感覚があり、次の瞬間馬車が傾く。最初はゆっくりと傾いた馬車は数秒後には勢いを増して傾き、気付いたときは体を何度も馬車の壁に打ち付けていた。
思わず目を瞑っていた梛央は強い痛みを覚えて目を開ける。自分がいる場所に違和感を感じ、あたりを見回して、梛央は馬車が横転して天井だったところに横たわっていることを知った。
「ナオ様、殿下、大丈夫?」
テュコの体を小脇に抱えるように支えていたサリアンが確認する。
「大丈夫」
「私も大丈夫」
しっかりした声で返す2人に、サリアンは頷く。
『サリー、次が来る!』
ケイレブの声に、梛央はさっきと同じ態勢をとったが、今度はさっきとは比べ物にならない衝撃に襲われた。
何度も体を打ち付けられ、気が付いた時には体が冷たい水に浸っていて、上からは激しい雨に打たれていた。
全身が痛んだが、状況を知りたくて、かろうじてまだ離さずにしがみついていたリングダールにすがるようにして体を起こそうとした梛央に、何かがすごい速度で近づいてきた。
その方向に顔を向けた梛央が見たものは大きな鳥のようなものだった。だが鳥にしては嘴が短く牙があり、恐ろしい目つきをしていた。
首が長くて鱗で覆われている。翼には羽毛はなく、かわりに骨のような筋があり、まるで巨大な蝙蝠の翼のようだった。
通信機から聞こえた『飛竜』という言葉を思い出した時には、もうすぐそこまでそれが近づいていた。
思わず梛央が目を瞑った時、すぐ横で眩しい閃光が走った。ほぼ同時にとてつもなく重いものが落ちたことを想像させる振動が地面を震わせ、風を巻き起こす。
同時に体を預けていた存在がなくなり、梛央の上体は、ぬかるんだ道の上に倒れ落ちた。
だが体を受け止めたのは砂利や土の混じったぬかるみではなく、さっきまで抱きしめていたリングダールの、中身のない毛皮だった。
「リンちゃん」
慣れ親しんだもふもふの毛皮に、呆然と声をあげる梛央。
「ナオ様! すぐ行くからそのままでいて!」
少し離れたところからサリアンの声がした。
サリアンのものらしい足音が水を跳ねながら近づいてきて、それにほっとしたのか、急に体の痛みに支配されて梛央の意識が遠くなる。
聞こえる大きな音。足音。誰かの叫ぶ声。
だが、体が何かに激しく締め付けられるのを感じたのを最後に、梛央の意識は途絶えた。
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