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第1部
お肉大事
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昼になり、休憩のために川のほとりの草原に天幕が張られる。
騎士や使用人たちが忙しく動き回る中、
「ナオ、勝負だ」
柔らかな草の生えた土手の上で、いつになくキリッとした顔を見せるヴァレリラルド。
そうすると金髪碧眼の整った顔だちもあいまって王子様のようで、そういえばヴァルって王太子だったな、と思い出す梛央。
「望むところだよ、ヴァル」
あまり身長差はないとは言え、そこには大きな8歳の年の差がある。そうは見られないが実は梛央は運動神経がいい。
勝機は我にあり。
梛央は心の中でガッツポーズをすると、100メートルほど先にいるテュコ、アイナ、ドリーンの方を向いた。
ことの始まりは馬車を降りた梛央にヴァレリラルドが駆け寄って、
「ナオ、私と駆けっこしない?」
と持ち掛けたことだった。
「ヴァレリラルドと?」
「うん。もし私が負けたら、私の大事にしているものをあげる。もし私が勝ったら……」
梛央の耳元でごにょごにょと話すヴァレリラルド。
ヴァレリラルドの内緒話に、梛央は笑顔で頷いている。
「今度はどんなことをそそのかしたんですか」
その様子を眺めながら、呆れた目でケイレブを見るテュコ。
「馬車の中で殿下と二人なんだ。話すことは恋愛話だろう?」
「殿下は大きいですが、8歳ですよ。あなたは何のためのS級冒険者なんですか」
小声で悪態をつくテュコに、俺はいろんなものがS級なんだよ、と笑うケイレブだった。
「殿下、ナオ様、いいですか?」
梛央とヴァレリラルドの横でケイレブが言うと、
「いいぞ」
「いいよ」
ヴァレリラルドと梛央が声をそろえる。
「では、行けっ!」
ケイレブの発声とともに梛央とヴァレリラルドは同時に駆け出した。
スタートダッシュに成功した梛央が、肩に届くくらいに伸びた黒髪を靡かせて綺麗なフォームで先行する。
それを必死に追いかけるヴァレリラルド。
「意外に速いな、ナオ様」
「殿下も頑張って」
シアンハウスの夜会以来仲良くなったヴァレリラルドの護衛騎士たちと梛央の護衛騎士たちが遠巻きに、微笑ましく眺めている。
「ナオ様、転ばないでくださいねーっ」
「ナオさまーっ」
アイナとドリーンはもちろん梛央を応援していた。
梛央がリードしたまま、テュコたちのところにあと数メートル、というところで、
「僕の勝……」
「悪いねっナオっ」
勝ちを確信した梛央のすぐ横をヴァレリラルドが駆け抜けて先に到着した。
「勝ったぁぁぁっ!」
両手をあげて勝利を雄たけびをあげるヴァレリラルド。
「負けたぁぁっ」
ヴァレリラルドより少しだけ遅れて到着した梛央は、息を切らしながら悔しがる。
「ナオ様、お速かったですよ」
「かっこよかったですよ、ナオ様」
梛央の健闘をたたえるアイナとドリーン。
「ナオ様がケガがなく走り抜けたことが、うれしいです」
梛央が転ばないか心配していたテュコは胸をなでおろす。
「あぁぁっ、テュコに身長で負けて、ヴァルにかけっこで負けたぁぁっ」
息を切らしながら壮大に落ち込む梛央。
「私は毎日剣の稽古をしているし、体も鍛えてるけど、ナオはこの前まで寝込んでたんだよ。体力が回復してないわりに速かったよ」
「ヴァルに慰められた……」
体力不足は織り込み済み。それでも勝てると思っていた梛央はいろんなことがショックだった。
「うん。勝ちは勝ち、負けは負けだからね。ご褒美はいただくよ。アイナ、ドリーン、頼むね」
「はい」
「逆に恐縮です」
ヴァレリラルドが望んだ褒美とは、今日宿泊する予定の宿まで梛央の馬車に同乗し、代わりにアイナとドリーンがヴァレリラルドの馬車に乗る、というものだった。
「体力つけなくちゃ」
まだ息が整わない梛央に、
「たくさん食べて、適度に運動しましょう。まずはそこからです」
テュコが力強く言った。
梛央に過激な運動は絶対にさせられなかった。
体力のなさを痛感した梛央は昼食に焼かれた肉を積極的に食べていた。
「ナオ様、今日はよくお召し上がりですね」
エンゲルブレクトはカトラリーを持つ手を止めて、その様子を嬉しそうに見ている。
「体力不足を実感したんだ。これからの成長期に向けてタンパク質を積極的に摂らないと、ヴァレリラルドに身長を追い越されるどころか体重も越されちゃう。うん、お肉大事」
自分で言って自分で納得する梛央。
身長はまだ梛央の方が少し高いが、体重はすでに越されていることは誰の目にも明らかだったが、微妙な微笑みだけで追及はしなかった。
「タンパク質がなんなのかよくわからないけど、食べ物で体を作るのは大事だよ。私ももっとお肉を食べるようにしないと」
自分に言い聞かせるヴァレリラルド。
今でも十分にお肉を食べているヴァレリラルドがもっとお肉を食べると……。
「テュコ、僕、そんなにお肉食べられない……。勝てる気がしない」
早速弱音を吐く梛央。
「ナオ様、今日は早めにキースの街に着く予定です。この旅の最後の夜になります。旅の最後の晩餐ですから、豪勢な晩餐にしましょう」
そんな梛央を見ながらエンゲルブレクトが提案した。
「うん」
「森の中を抜ける街道ですが、ここは王都が近いこともあり、第三騎士団が定期的に見回りに来ています。魔獣の報告もありません。安心していいですよ」
「馬車の前にはエンゲルブレクト殿下の護衛騎士が警戒しながら先導していますからね」
エンゲルブレクトとハハトが梛央を安心させるように言った。
騎士や使用人たちが忙しく動き回る中、
「ナオ、勝負だ」
柔らかな草の生えた土手の上で、いつになくキリッとした顔を見せるヴァレリラルド。
そうすると金髪碧眼の整った顔だちもあいまって王子様のようで、そういえばヴァルって王太子だったな、と思い出す梛央。
「望むところだよ、ヴァル」
あまり身長差はないとは言え、そこには大きな8歳の年の差がある。そうは見られないが実は梛央は運動神経がいい。
勝機は我にあり。
梛央は心の中でガッツポーズをすると、100メートルほど先にいるテュコ、アイナ、ドリーンの方を向いた。
ことの始まりは馬車を降りた梛央にヴァレリラルドが駆け寄って、
「ナオ、私と駆けっこしない?」
と持ち掛けたことだった。
「ヴァレリラルドと?」
「うん。もし私が負けたら、私の大事にしているものをあげる。もし私が勝ったら……」
梛央の耳元でごにょごにょと話すヴァレリラルド。
ヴァレリラルドの内緒話に、梛央は笑顔で頷いている。
「今度はどんなことをそそのかしたんですか」
その様子を眺めながら、呆れた目でケイレブを見るテュコ。
「馬車の中で殿下と二人なんだ。話すことは恋愛話だろう?」
「殿下は大きいですが、8歳ですよ。あなたは何のためのS級冒険者なんですか」
小声で悪態をつくテュコに、俺はいろんなものがS級なんだよ、と笑うケイレブだった。
「殿下、ナオ様、いいですか?」
梛央とヴァレリラルドの横でケイレブが言うと、
「いいぞ」
「いいよ」
ヴァレリラルドと梛央が声をそろえる。
「では、行けっ!」
ケイレブの発声とともに梛央とヴァレリラルドは同時に駆け出した。
スタートダッシュに成功した梛央が、肩に届くくらいに伸びた黒髪を靡かせて綺麗なフォームで先行する。
それを必死に追いかけるヴァレリラルド。
「意外に速いな、ナオ様」
「殿下も頑張って」
シアンハウスの夜会以来仲良くなったヴァレリラルドの護衛騎士たちと梛央の護衛騎士たちが遠巻きに、微笑ましく眺めている。
「ナオ様、転ばないでくださいねーっ」
「ナオさまーっ」
アイナとドリーンはもちろん梛央を応援していた。
梛央がリードしたまま、テュコたちのところにあと数メートル、というところで、
「僕の勝……」
「悪いねっナオっ」
勝ちを確信した梛央のすぐ横をヴァレリラルドが駆け抜けて先に到着した。
「勝ったぁぁぁっ!」
両手をあげて勝利を雄たけびをあげるヴァレリラルド。
「負けたぁぁっ」
ヴァレリラルドより少しだけ遅れて到着した梛央は、息を切らしながら悔しがる。
「ナオ様、お速かったですよ」
「かっこよかったですよ、ナオ様」
梛央の健闘をたたえるアイナとドリーン。
「ナオ様がケガがなく走り抜けたことが、うれしいです」
梛央が転ばないか心配していたテュコは胸をなでおろす。
「あぁぁっ、テュコに身長で負けて、ヴァルにかけっこで負けたぁぁっ」
息を切らしながら壮大に落ち込む梛央。
「私は毎日剣の稽古をしているし、体も鍛えてるけど、ナオはこの前まで寝込んでたんだよ。体力が回復してないわりに速かったよ」
「ヴァルに慰められた……」
体力不足は織り込み済み。それでも勝てると思っていた梛央はいろんなことがショックだった。
「うん。勝ちは勝ち、負けは負けだからね。ご褒美はいただくよ。アイナ、ドリーン、頼むね」
「はい」
「逆に恐縮です」
ヴァレリラルドが望んだ褒美とは、今日宿泊する予定の宿まで梛央の馬車に同乗し、代わりにアイナとドリーンがヴァレリラルドの馬車に乗る、というものだった。
「体力つけなくちゃ」
まだ息が整わない梛央に、
「たくさん食べて、適度に運動しましょう。まずはそこからです」
テュコが力強く言った。
梛央に過激な運動は絶対にさせられなかった。
体力のなさを痛感した梛央は昼食に焼かれた肉を積極的に食べていた。
「ナオ様、今日はよくお召し上がりですね」
エンゲルブレクトはカトラリーを持つ手を止めて、その様子を嬉しそうに見ている。
「体力不足を実感したんだ。これからの成長期に向けてタンパク質を積極的に摂らないと、ヴァレリラルドに身長を追い越されるどころか体重も越されちゃう。うん、お肉大事」
自分で言って自分で納得する梛央。
身長はまだ梛央の方が少し高いが、体重はすでに越されていることは誰の目にも明らかだったが、微妙な微笑みだけで追及はしなかった。
「タンパク質がなんなのかよくわからないけど、食べ物で体を作るのは大事だよ。私ももっとお肉を食べるようにしないと」
自分に言い聞かせるヴァレリラルド。
今でも十分にお肉を食べているヴァレリラルドがもっとお肉を食べると……。
「テュコ、僕、そんなにお肉食べられない……。勝てる気がしない」
早速弱音を吐く梛央。
「ナオ様、今日は早めにキースの街に着く予定です。この旅の最後の夜になります。旅の最後の晩餐ですから、豪勢な晩餐にしましょう」
そんな梛央を見ながらエンゲルブレクトが提案した。
「うん」
「森の中を抜ける街道ですが、ここは王都が近いこともあり、第三騎士団が定期的に見回りに来ています。魔獣の報告もありません。安心していいですよ」
「馬車の前にはエンゲルブレクト殿下の護衛騎士が警戒しながら先導していますからね」
エンゲルブレクトとハハトが梛央を安心させるように言った。
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