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第1部
馬車に乗るのが怖い
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朝食を終え、食堂から割り当てられた部屋に戻った梛央は、言葉が少なくなっていた。
「ナオ様、どうかされましたか?」
「お食事中に何かありましたか?」
食堂から帰ってくると様子が変わっていた梛央に、同行していなかったアイナとドリーンが訪ねる。
「何もない」
梛央は首を振って小さく答えた。
「さっきまで頑張って食事してたのに、どうしたの? ナオ様はエンロート見物を楽しみにしていたんじゃなかった?」
同行していたサリアンも首をひねる。
「……楽しみ」
寝台からリングダールを持ってきてソファに置いて、それにもたれかかる。
その姿が何かある事を明確に告げていた。
「仕方ありませんね。ドーさんに聞いてもらいましょうか?」
フォルシウスの言葉に、梛央は、はっとした顔になる。
「ドーさんには言わない。……ドーさんに聞かれたくない……」
「私たちはナオ様をお護りするために、何がナオ様を気鬱にさせているのか、その理由を知らなければいけません。お話してくださいますか? 誰だと話しやすいですか?」
「じゃあ、ヴァル」
「わかりました」
護られる自覚の出てきた梛央に、何より自分から話してくれる気持ちになった梛央に、テュコたちは少しだけ安堵した。
「ナオ、呼んでるって聞いたけど、何かあった?」
梛央から呼ばれるのは初めてで、ヴァレリラルドはケイレブたちを連れてすぐに駆けつけた。
「うん……。ここ、座ってくれる?」
梛央は自分の座るソファの横を触る。
言われた通りヴァレリラルドが座ると、
「サリーとケイレブもそこに座って」
大きい者が立っているのが落ち着かなくて、梛央は自分の前のソファにサリアンとケイレブを座らせた。護衛騎士たちは壁際で待機している。
「あのね……エンロートの街を見るの、すごく楽しみなんだ」
「うん」
「でも……馬車に乗るのが怖い」
「馬車?」
思ってもいない言葉に、ヴァレリラルドはもちろんテュコたちも首を捻る。
馬車ならここまでずっと乗っていたはずだし、不快感を感じている様子はなかった。
「大きい馬車で、エレクが一緒だと、怖い」
辛そうに声を出す梛央に、
「叔父上がナオに何かした? カルムで一緒に馬車に乗った時? 一緒に市場に行ったとき?」
エンゲルブレクトと梛央の接点といえばそれくらいしか思い浮かばなくて、ヴァレリラルドは気色ばむ。
「違う。違うんだ……エレクは何もしてない……」
梛央はヴァレリラルドとは反対側の隣に座るリングダールをぎゅっと抱きしめる。
リングダールの代わりに抱きしめられたいと思いながら、
「ナオ、わかるように話して?」
梛央の背中に声をかけるヴァレリラルド。
「前の世界で、僕を襲った男に、エレクは似てるんだ。エレクは悪くないんだけど、襲われた場所に似てる大きな馬車にエレクと一緒に乗ってるのが、怖い……」
梛央にとってのタブーが原因なら、梛央がこれほどナーバスになっても仕方ないことだと、テュコたちは思った。
「たしかに、カルムで市場に行く時は黒塗りの大きな馬車ではなく普通の貴族用の馬車でしたね」
思い出しながらサリアンが言った。
「カルムからエンロートに向かうときにずっと静かだったのは、エンゲルブレクト殿下が怖かったからですか?」
テュコが梛央の足元に跪いて、顔を覗き込むように訪ねた。
「うん……最初はなぜ緊張してるかわからなくて、考えてるうちにあの時と同じ状況だからだって気付いて、そしたら心が暗い所にいて、そこで父さんが泣いてて、悲しくて……」
泣きそうな顔になる梛央。
「話していただき、ありがとうございます。偉いですよ。きっとオルドジフ殿がいたら褒めてくれますよ」
「大丈夫だよ、ナオ。叔父上のことだから一緒に馬車で行くことを変えないだろうけど、私が隣で手をつないでいるから。ナオに嫌なことを思い出させないから」
「私たちもいますからね、楽しくいきましょう」
テュコやヴァレリラルド、サリアンに言われて、うん……と頷く梛央。
「ナオ様。みんな一緒ですよ。馬車に乗ってる時間は短い。殿下の存在は心の中で消して、楽しいことを考えましょう」
ケイレブが言うと、梛央も小さく頷いた。
「ナオ様、どうかされましたか?」
「お食事中に何かありましたか?」
食堂から帰ってくると様子が変わっていた梛央に、同行していなかったアイナとドリーンが訪ねる。
「何もない」
梛央は首を振って小さく答えた。
「さっきまで頑張って食事してたのに、どうしたの? ナオ様はエンロート見物を楽しみにしていたんじゃなかった?」
同行していたサリアンも首をひねる。
「……楽しみ」
寝台からリングダールを持ってきてソファに置いて、それにもたれかかる。
その姿が何かある事を明確に告げていた。
「仕方ありませんね。ドーさんに聞いてもらいましょうか?」
フォルシウスの言葉に、梛央は、はっとした顔になる。
「ドーさんには言わない。……ドーさんに聞かれたくない……」
「私たちはナオ様をお護りするために、何がナオ様を気鬱にさせているのか、その理由を知らなければいけません。お話してくださいますか? 誰だと話しやすいですか?」
「じゃあ、ヴァル」
「わかりました」
護られる自覚の出てきた梛央に、何より自分から話してくれる気持ちになった梛央に、テュコたちは少しだけ安堵した。
「ナオ、呼んでるって聞いたけど、何かあった?」
梛央から呼ばれるのは初めてで、ヴァレリラルドはケイレブたちを連れてすぐに駆けつけた。
「うん……。ここ、座ってくれる?」
梛央は自分の座るソファの横を触る。
言われた通りヴァレリラルドが座ると、
「サリーとケイレブもそこに座って」
大きい者が立っているのが落ち着かなくて、梛央は自分の前のソファにサリアンとケイレブを座らせた。護衛騎士たちは壁際で待機している。
「あのね……エンロートの街を見るの、すごく楽しみなんだ」
「うん」
「でも……馬車に乗るのが怖い」
「馬車?」
思ってもいない言葉に、ヴァレリラルドはもちろんテュコたちも首を捻る。
馬車ならここまでずっと乗っていたはずだし、不快感を感じている様子はなかった。
「大きい馬車で、エレクが一緒だと、怖い」
辛そうに声を出す梛央に、
「叔父上がナオに何かした? カルムで一緒に馬車に乗った時? 一緒に市場に行ったとき?」
エンゲルブレクトと梛央の接点といえばそれくらいしか思い浮かばなくて、ヴァレリラルドは気色ばむ。
「違う。違うんだ……エレクは何もしてない……」
梛央はヴァレリラルドとは反対側の隣に座るリングダールをぎゅっと抱きしめる。
リングダールの代わりに抱きしめられたいと思いながら、
「ナオ、わかるように話して?」
梛央の背中に声をかけるヴァレリラルド。
「前の世界で、僕を襲った男に、エレクは似てるんだ。エレクは悪くないんだけど、襲われた場所に似てる大きな馬車にエレクと一緒に乗ってるのが、怖い……」
梛央にとってのタブーが原因なら、梛央がこれほどナーバスになっても仕方ないことだと、テュコたちは思った。
「たしかに、カルムで市場に行く時は黒塗りの大きな馬車ではなく普通の貴族用の馬車でしたね」
思い出しながらサリアンが言った。
「カルムからエンロートに向かうときにずっと静かだったのは、エンゲルブレクト殿下が怖かったからですか?」
テュコが梛央の足元に跪いて、顔を覗き込むように訪ねた。
「うん……最初はなぜ緊張してるかわからなくて、考えてるうちにあの時と同じ状況だからだって気付いて、そしたら心が暗い所にいて、そこで父さんが泣いてて、悲しくて……」
泣きそうな顔になる梛央。
「話していただき、ありがとうございます。偉いですよ。きっとオルドジフ殿がいたら褒めてくれますよ」
「大丈夫だよ、ナオ。叔父上のことだから一緒に馬車で行くことを変えないだろうけど、私が隣で手をつないでいるから。ナオに嫌なことを思い出させないから」
「私たちもいますからね、楽しくいきましょう」
テュコやヴァレリラルド、サリアンに言われて、うん……と頷く梛央。
「ナオ様。みんな一緒ですよ。馬車に乗ってる時間は短い。殿下の存在は心の中で消して、楽しいことを考えましょう」
ケイレブが言うと、梛央も小さく頷いた。
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