上 下
74 / 412
第1部

兄は新たな扉を開けたようだ

しおりを挟む
 見舞いという目的も果たし、精霊神殿長補佐が梛央を見てどういう反応を示すのかも見届けたエンゲルブレクトとヴァレリラルドは、オルドジフにしがみついて泣いている梛央に配慮して部屋を辞した。

 それを目で追っていたオルドジフは、

 「ナオはここで頑張っていて、えらいよ。ナオが一人で頑張っているのだから、『父さんたち』が頑張らないはずがない。お互い頑張っているのなら、会えなくても、つながっているということではないだろうか」

 梛央の背中を優しく叩きながら言った。

 「僕、自分の夢のことばっかりで、周りの人がどれだけ僕を支えてくれていたのかわかっていなかった……。ごめんなさい、父さん……」

 オルドジフの胸に顔を押し付けたまま、しゃくりあげる梛央。

 「親なら、子供が夢を持っていることだけでも嬉しいものだよ。子供の夢を支えるのが親なんだ。ナオはやりたいことを見つけて、頑張っていた。それは嬉しいことで、決して悪いことではないんだ」

 オルドジフの言葉に梛央は一層激しく泣きじゃくる。

 オルドジフはいつまでも背中を撫で続けていた。




 梛央が落ち着いたのはそろそろお昼になるという時刻だった。

 「あの、甘えちゃってごめんなさい」

 体が一回り小さくなったのでは、と心配するくらい涙を流した梛央は、びっくりするくらい気持ちがすっきりしていた。

 おかげで青い上着の胸の部分が涙で濡れて色が変わっていたが、オルドジフは、あえて魔法で乾かそうとは思わなかった。

 「いいんですよ。涙は心の安定剤です。少しはお心が晴れましたか?」

 「うん。あのね、オルドジフ」

 「なんでしょう?」

 「さっき言ってくれたこと、きっと父さんもそう思ってくれてたんだろうなって思った。嬉しかった。ありがとう」

 「ええ、お父上もそう思っておられるはずです」

 「うん。それでね、オルドジフのこと、ドーさんて、呼んでいい?」

 恥ずかしそうにねだる梛央が可愛くて、思わずにっこりと笑う。が、厳つい顔つきのために何かを企んでいるような表情になっていた。

 「兄上、顔、ちょっと怖いですよ」

 フォルシウスがそっと囁く。

 「父さんもそんな顔してた」

 感動したように梛央が目を見開く。

 「そうですか。私はナオ様が可愛くて可愛くてたまらないって気持ちで笑ってみたんですが、きっとナオ様のお父上も、そんな気持ちでいらしたんでしょう」

 「そうなのかな……」

 嬉しそうな、寂しそうな顔をする梛央。

 「そうですよ」

 テュコも同意する。

 「そうなんだ……。僕、あまり父さんに可愛がってもらった記憶がなくて、もしかして嫌われてるんじゃないかって思ってた。僕は母さんに似てて父さんには全然似てなかったから……」

 「愛する人に似てるから、とても大事に思っていて、気軽に声をかけるのをためらわれていたんですよ」

 「好きな人になかなか話しかけられない感じだね」

 テュコの言葉に、サリアンも共感して言った。

 「ナオ様、ドーさんでもオルドーさんでも、お好きなように呼んでください」

 「じゃあ、ドーさんね。ドーさんも一緒にお昼食べよう? テュコ、いい?」

 「はい。オルドジフ殿、ぜひナオ様に食べさせてください。オルドジフ殿のほうがナオ様の食欲がわきそうです」

 苦笑するテュコに、

 「食べさせる、ですか?」

 首をひねるオルドジフだったが、やがて梛央の隣に席が用意され、料理が運ばれると、その中にパン粥の皿があった。

 梛央が椅子を寄せてオルドジフの席に近づくと、

 「あーん」

 可愛く口を開けた。

 そこで『食べさせる』の意味を知ったオルドジフはスプーンでパン粥をすくって、梛央の口に運ぶ。

 はむっ、とスプーンを口にいれて咀嚼する姿に、オルドジフは雷に打たれたような喜びに襲われていた。

 なんと甘美で、なんと尊い行為なんだ。

 オルドジフは震えながら護衛騎士として側に待機しているフォルシウスを見た。

 弟は可愛い。可愛いが……。

 フォルシウス、すまない。兄は新たな扉を開けたようだ。

 オルドジフは申し訳なさそうにフォルシウスを見たが、フォルシウスには梛央に餌付けしてドヤ顔をしているようにしか見えなかった。
 


 
 食事が終わると、応接スペースに異動する。

 そこでも梛央はオルドジフの隣に座り、反対側の隣にはリングダールを置いて、安心しきっている。

 梛央を見るオルドジフも慈愛に満ちた顔をしていて、その場は癒される空間になっていたが、

 「兄上、そろそろお話をうかがいたいのですが」

 昨日から気になっていたフォルシウスがしびれを切らした。

 「お話?」

 首をかしげる梛央。

 オルドジフは頷くと梛央に視線を向けた。

 「ナオ様。あなた様は確かに精霊の愛し子様です。フォルシウスは精霊の存在が光として見えるようですが、私は透明な人型に見えます。精霊がナオ様の周りに数体、舞うように漂っています」

 梛央は自分の体の周りを眺める。

 「ナオ様、エンロートへの道中で体調がすぐれなかったとお聞きしました。悲しいという思いが溢れてきた、ということはありませんか?

 「ある……。すごく悲しかった。夢なのかな、そこに父さんがいて、声をあげて泣いていたのが見えて……。母さんも、カオルも優人もすごく悲しそうで……。それが僕のせいだと思うとどうしようもなく悲しかった……」

 「ナオ様のお気持ち、お察しするに余りあることです。普段は抑えられている悲しみを引きずり出すようなものが、実はこのエンロートにはあるのです」

 オルドジフは静かに語りだした。
しおりを挟む
感想 107

あなたにおすすめの小説

ギャルゲー主人公に狙われてます

白兪
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。 自分の役割は主人公の親友ポジ ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

伯爵家のいらない息子は、黒竜様の花嫁になる

ハルアキ
BL
伯爵家で虐げられていた青年と、洞窟で暮らす守護竜の異類婚姻譚。

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...