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第1部
兄は新たな扉を開けたようだ
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見舞いという目的も果たし、精霊神殿長補佐が梛央を見てどういう反応を示すのかも見届けたエンゲルブレクトとヴァレリラルドは、オルドジフにしがみついて泣いている梛央に配慮して部屋を辞した。
それを目で追っていたオルドジフは、
「ナオはここで頑張っていて、えらいよ。ナオが一人で頑張っているのだから、『父さんたち』が頑張らないはずがない。お互い頑張っているのなら、会えなくても、つながっているということではないだろうか」
梛央の背中を優しく叩きながら言った。
「僕、自分の夢のことばっかりで、周りの人がどれだけ僕を支えてくれていたのかわかっていなかった……。ごめんなさい、父さん……」
オルドジフの胸に顔を押し付けたまま、しゃくりあげる梛央。
「親なら、子供が夢を持っていることだけでも嬉しいものだよ。子供の夢を支えるのが親なんだ。ナオはやりたいことを見つけて、頑張っていた。それは嬉しいことで、決して悪いことではないんだ」
オルドジフの言葉に梛央は一層激しく泣きじゃくる。
オルドジフはいつまでも背中を撫で続けていた。
梛央が落ち着いたのはそろそろお昼になるという時刻だった。
「あの、甘えちゃってごめんなさい」
体が一回り小さくなったのでは、と心配するくらい涙を流した梛央は、びっくりするくらい気持ちがすっきりしていた。
おかげで青い上着の胸の部分が涙で濡れて色が変わっていたが、オルドジフは、あえて魔法で乾かそうとは思わなかった。
「いいんですよ。涙は心の安定剤です。少しはお心が晴れましたか?」
「うん。あのね、オルドジフ」
「なんでしょう?」
「さっき言ってくれたこと、きっと父さんもそう思ってくれてたんだろうなって思った。嬉しかった。ありがとう」
「ええ、お父上もそう思っておられるはずです」
「うん。それでね、オルドジフのこと、ドーさんて、呼んでいい?」
恥ずかしそうにねだる梛央が可愛くて、思わずにっこりと笑う。が、厳つい顔つきのために何かを企んでいるような表情になっていた。
「兄上、顔、ちょっと怖いですよ」
フォルシウスがそっと囁く。
「父さんもそんな顔してた」
感動したように梛央が目を見開く。
「そうですか。私はナオ様が可愛くて可愛くてたまらないって気持ちで笑ってみたんですが、きっとナオ様のお父上も、そんな気持ちでいらしたんでしょう」
「そうなのかな……」
嬉しそうな、寂しそうな顔をする梛央。
「そうですよ」
テュコも同意する。
「そうなんだ……。僕、あまり父さんに可愛がってもらった記憶がなくて、もしかして嫌われてるんじゃないかって思ってた。僕は母さんに似てて父さんには全然似てなかったから……」
「愛する人に似てるから、とても大事に思っていて、気軽に声をかけるのをためらわれていたんですよ」
「好きな人になかなか話しかけられない感じだね」
テュコの言葉に、サリアンも共感して言った。
「ナオ様、ドーさんでもオルドーさんでも、お好きなように呼んでください」
「じゃあ、ドーさんね。ドーさんも一緒にお昼食べよう? テュコ、いい?」
「はい。オルドジフ殿、ぜひナオ様に食べさせてください。オルドジフ殿のほうがナオ様の食欲がわきそうです」
苦笑するテュコに、
「食べさせる、ですか?」
首をひねるオルドジフだったが、やがて梛央の隣に席が用意され、料理が運ばれると、その中にパン粥の皿があった。
梛央が椅子を寄せてオルドジフの席に近づくと、
「あーん」
可愛く口を開けた。
そこで『食べさせる』の意味を知ったオルドジフはスプーンでパン粥をすくって、梛央の口に運ぶ。
はむっ、とスプーンを口にいれて咀嚼する姿に、オルドジフは雷に打たれたような喜びに襲われていた。
なんと甘美で、なんと尊い行為なんだ。
オルドジフは震えながら護衛騎士として側に待機しているフォルシウスを見た。
弟は可愛い。可愛いが……。
フォルシウス、すまない。兄は新たな扉を開けたようだ。
オルドジフは申し訳なさそうにフォルシウスを見たが、フォルシウスには梛央に餌付けしてドヤ顔をしているようにしか見えなかった。
食事が終わると、応接スペースに異動する。
そこでも梛央はオルドジフの隣に座り、反対側の隣にはリングダールを置いて、安心しきっている。
梛央を見るオルドジフも慈愛に満ちた顔をしていて、その場は癒される空間になっていたが、
「兄上、そろそろお話をうかがいたいのですが」
昨日から気になっていたフォルシウスがしびれを切らした。
「お話?」
首をかしげる梛央。
オルドジフは頷くと梛央に視線を向けた。
「ナオ様。あなた様は確かに精霊の愛し子様です。フォルシウスは精霊の存在が光として見えるようですが、私は透明な人型に見えます。精霊がナオ様の周りに数体、舞うように漂っています」
梛央は自分の体の周りを眺める。
「ナオ様、エンロートへの道中で体調がすぐれなかったとお聞きしました。悲しいという思いが溢れてきた、ということはありませんか?
「ある……。すごく悲しかった。夢なのかな、そこに父さんがいて、声をあげて泣いていたのが見えて……。母さんも、カオルも優人もすごく悲しそうで……。それが僕のせいだと思うとどうしようもなく悲しかった……」
「ナオ様のお気持ち、お察しするに余りあることです。普段は抑えられている悲しみを引きずり出すようなものが、実はこのエンロートにはあるのです」
オルドジフは静かに語りだした。
それを目で追っていたオルドジフは、
「ナオはここで頑張っていて、えらいよ。ナオが一人で頑張っているのだから、『父さんたち』が頑張らないはずがない。お互い頑張っているのなら、会えなくても、つながっているということではないだろうか」
梛央の背中を優しく叩きながら言った。
「僕、自分の夢のことばっかりで、周りの人がどれだけ僕を支えてくれていたのかわかっていなかった……。ごめんなさい、父さん……」
オルドジフの胸に顔を押し付けたまま、しゃくりあげる梛央。
「親なら、子供が夢を持っていることだけでも嬉しいものだよ。子供の夢を支えるのが親なんだ。ナオはやりたいことを見つけて、頑張っていた。それは嬉しいことで、決して悪いことではないんだ」
オルドジフの言葉に梛央は一層激しく泣きじゃくる。
オルドジフはいつまでも背中を撫で続けていた。
梛央が落ち着いたのはそろそろお昼になるという時刻だった。
「あの、甘えちゃってごめんなさい」
体が一回り小さくなったのでは、と心配するくらい涙を流した梛央は、びっくりするくらい気持ちがすっきりしていた。
おかげで青い上着の胸の部分が涙で濡れて色が変わっていたが、オルドジフは、あえて魔法で乾かそうとは思わなかった。
「いいんですよ。涙は心の安定剤です。少しはお心が晴れましたか?」
「うん。あのね、オルドジフ」
「なんでしょう?」
「さっき言ってくれたこと、きっと父さんもそう思ってくれてたんだろうなって思った。嬉しかった。ありがとう」
「ええ、お父上もそう思っておられるはずです」
「うん。それでね、オルドジフのこと、ドーさんて、呼んでいい?」
恥ずかしそうにねだる梛央が可愛くて、思わずにっこりと笑う。が、厳つい顔つきのために何かを企んでいるような表情になっていた。
「兄上、顔、ちょっと怖いですよ」
フォルシウスがそっと囁く。
「父さんもそんな顔してた」
感動したように梛央が目を見開く。
「そうですか。私はナオ様が可愛くて可愛くてたまらないって気持ちで笑ってみたんですが、きっとナオ様のお父上も、そんな気持ちでいらしたんでしょう」
「そうなのかな……」
嬉しそうな、寂しそうな顔をする梛央。
「そうですよ」
テュコも同意する。
「そうなんだ……。僕、あまり父さんに可愛がってもらった記憶がなくて、もしかして嫌われてるんじゃないかって思ってた。僕は母さんに似てて父さんには全然似てなかったから……」
「愛する人に似てるから、とても大事に思っていて、気軽に声をかけるのをためらわれていたんですよ」
「好きな人になかなか話しかけられない感じだね」
テュコの言葉に、サリアンも共感して言った。
「ナオ様、ドーさんでもオルドーさんでも、お好きなように呼んでください」
「じゃあ、ドーさんね。ドーさんも一緒にお昼食べよう? テュコ、いい?」
「はい。オルドジフ殿、ぜひナオ様に食べさせてください。オルドジフ殿のほうがナオ様の食欲がわきそうです」
苦笑するテュコに、
「食べさせる、ですか?」
首をひねるオルドジフだったが、やがて梛央の隣に席が用意され、料理が運ばれると、その中にパン粥の皿があった。
梛央が椅子を寄せてオルドジフの席に近づくと、
「あーん」
可愛く口を開けた。
そこで『食べさせる』の意味を知ったオルドジフはスプーンでパン粥をすくって、梛央の口に運ぶ。
はむっ、とスプーンを口にいれて咀嚼する姿に、オルドジフは雷に打たれたような喜びに襲われていた。
なんと甘美で、なんと尊い行為なんだ。
オルドジフは震えながら護衛騎士として側に待機しているフォルシウスを見た。
弟は可愛い。可愛いが……。
フォルシウス、すまない。兄は新たな扉を開けたようだ。
オルドジフは申し訳なさそうにフォルシウスを見たが、フォルシウスには梛央に餌付けしてドヤ顔をしているようにしか見えなかった。
食事が終わると、応接スペースに異動する。
そこでも梛央はオルドジフの隣に座り、反対側の隣にはリングダールを置いて、安心しきっている。
梛央を見るオルドジフも慈愛に満ちた顔をしていて、その場は癒される空間になっていたが、
「兄上、そろそろお話をうかがいたいのですが」
昨日から気になっていたフォルシウスがしびれを切らした。
「お話?」
首をかしげる梛央。
オルドジフは頷くと梛央に視線を向けた。
「ナオ様。あなた様は確かに精霊の愛し子様です。フォルシウスは精霊の存在が光として見えるようですが、私は透明な人型に見えます。精霊がナオ様の周りに数体、舞うように漂っています」
梛央は自分の体の周りを眺める。
「ナオ様、エンロートへの道中で体調がすぐれなかったとお聞きしました。悲しいという思いが溢れてきた、ということはありませんか?
「ある……。すごく悲しかった。夢なのかな、そこに父さんがいて、声をあげて泣いていたのが見えて……。母さんも、カオルも優人もすごく悲しそうで……。それが僕のせいだと思うとどうしようもなく悲しかった……」
「ナオ様のお気持ち、お察しするに余りあることです。普段は抑えられている悲しみを引きずり出すようなものが、実はこのエンロートにはあるのです」
オルドジフは静かに語りだした。
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