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第1部

最後まで言わせない。最後まで聞かない。

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 「フォル!」

 古城の車寄せに停められた馬車から降りてきた、聖職者の着る足首まであるブルーの上着を着た男性が、出迎えたフォルシウスを呼ぶ。

 フォルシウスと同じベージュとグレーの混ざったような淡い色の髪は短く、フォルシウスよりグレーの色味の強い瞳をした厳つい顔つきの男に、

 「オル兄上」

 フォルシウスは笑顔で手を振る。

 「髪色は似ているが、それ以外は似ていないな」

 聖職者だがフォルシウスより一回り大きい体格をしたオルドジフを見て、一緒に出迎えに来ていたクランツが呟く。

 「久しぶりだな、フォル」

 オルドジフは早足でフォルシウスに歩み寄ると、力強くハグをする。

 「元気そうですね、兄上。忙しいのに来てくれてありがとう」

 「フォルの頼みならきかないわけにはいかないさ。それに愛し子様とはぜひお会いしたかったからな。それで愛し子様は?」

 「昨日体調を崩されてしまって、まだお目覚めになっていません」

 エンロートに到着して一夜明け、時刻はもう昼を過ぎているが、梛央はまだ目覚めていなかった。

 「そうか」

 「私たちはこれから昼の休憩に入るところです。よかったらご一緒しませんか? 古城の食堂を使わせてもらっているんです」

 フォルシウスに誘われて、勿論オルドジフに否はなかった。


 
 
 古城の地下にある騎士用の食堂のテーブルに座り、手早く食事を済ませると、

 「愛し子様は、大変な思いをしてここに来たのだろうな……」

 オルドジフは考え込むように言った。

 「ええ。意図せずに突然こちらに来ることになったため、元の世界の家族に別れを告げることもできなかったそうです。きっとお心残りも多いでしょうに、普段はそれを感じさせないように明るくふるまっておられます」

 ここにくるきっかけを知っているフォルシウスが言うと、クランツも頷く。

 兄弟の多いクランツは、だからといって誰か一人でも欠けてほしくないし、もし突然そういうことになったらどれほど辛いのか、考えなくてもわかった。

 「ごくまれに、エンロートやその周辺で悲しみに引きずり込まれる者がいる。愛し子様ならなおさらだろう。愛し子様の体調不良の原因はおそらくこの地のせいだと思われる」

 「この地?」

 遷都はしたが、それ以外にエンロートに何か因縁があっただろうかと首をひねる。

 「愛し子様の目が覚めたら話そう。明日一日はエンロートの精霊神殿に滞在している。愛し子様が目が覚めて、お会いできるようになったら連絡してほしい。通信具は持っているな?」

 兄に言われ、フォルシウスは頷く。

 「オルドジフ殿」

 クランツはキリッとした顔で切り出した。

 「フォルの同僚のクランツだね? フォルが世話になっている」

 「同僚ではなく、唯一無二の相棒です。これからもずっと個人的に世話をしたりかけたりする関係でいますので、よろしくお願いします、あにう……」

 「最後まで言わせない」

 「最後まで聞かない」

 フォルとオルドジフは同時に叫んだ。




 悲しい。

 なぜこんなに悲しいんだろう。

 悲しい……。

 悲しい……。

 あふれ出る悲しみに溺れるように、梛央は目を覚ました。

 体はだるく、心も悲しみにからめとられているように重かった。

 そこは見知らぬ薄暗い寝台の中で、横にはリングダールが慰めるように寄り添っていた。

 「ここ、どこ……?」

 梛央が呟くと、

 「ナオ様、目を覚まされましたか?」

 テュコの声がして、寝台の天蓋カーテンが少し開かれる。

 「うん……ここ、どこ?」

 「エンロートです。ナオ様は昨日のお昼に休憩場所に着いた途端に倒れられて……。その時にはお熱がありました。私たちがそばにいて不調に気付けず、申し訳ありません」

 テュコが詫びると、その後ろでアイナとドリーンも深く頭を下げる。

 「そういえば昨日の朝からだるかった……。でもテュコたちのせいじゃないよ」

 「いいえ、私たちがいたらないばかりに……。ナオ様、お加減はいかがですか?」

 「まだ体がだるい。汗かいたから気持ち悪い……」

 「ご入浴はできませんが、タオルで清拭してお着替えをしましょう」

 「ん……」

 「お薬をいただいています。何か胃にいれてから飲みましょう。召し上がれそうですか?」

 「食欲ない……さっぱりしたものなら……」

 「冷たい果物をお持ちしましょう。アイナ、ドリーン。ナオ様のお世話を頼む」

 テュコは室内で待機していたサリアン、クランツ、フォルシウスと梛央が目を覚ました喜びを目で分かち合いながら厨房に向かった。




 
 「目覚められましたか」

 医師のショトラが入室してきた時、梛央は清拭と着替えを終え、寝台の上で体を起こしてテュコに果物を食べさせてもらっていた。

 梛央が、誰?という目でテュコを見る。

 「名乗りが遅れました。医師のショトラです」

 えらく綺麗な寝顔だと思ったが、起きている顔は黒曜石の瞳もあいまって何倍も美麗で魅力的なのだな、と感心しながらショトラが挨拶をする。

 「昨日、夜中にもかからず到着したナオ様の診察をしていただいたお医者様です」

 テュコが説明する。

 「初めまして、秋葉梛央です。昨夜はお世話になりました」

 枕を背もたれにして体を起こしている梛央は、少しだけ頭を動かす。

 「礼儀正しいお方ですね。熱は下がりましたか?」

 梛央の好ましい言動に、ショトラは目を細める。

 「先ほど目を覚まされて、体を拭き、着替えを済ませたところです。熱はまだ少し残っておられます」

 梛央の代わりにテュコが答える。

 「体に辛いところはありますか?」

 「まだ体がだるくて、頭がぼーっとするけど、痛いところはないです」

 「ナオ様は熱が高くて、丸一日以上寝ていたことになります。食欲もなかったとか。様子を見ながら少しずつ食べる量を増やしていきましょう」

 「うん。パン粥は好きだよ」

 梛央はテュコを見る。

 「すっかりパン粥が定着しましたね。今はこの果物をあと1つ食べて薬を飲みましょう。はい、あーん」

 口元に果物を運ばれ、口を開ける梛央。

 口の中に入れられたのは、少し見かけが違うが、桃の味がした。

 悲しいという思いはまだ梛央の胸に色濃く残っているが、ちょっとずつ悲しみを乗り越えて元気になっていくのを見守ってくれる人たちがいる。

 心配して、心をこめてお世話をしてくれる人もいる。

 その人たちのためにも、梛央は悲しみにも前向きに向き合おうと思った。

 「胃に何かをいれて薬を飲めば、明日はもっと良くなります。えらいですね、ナオ様」

 その決意が伝わったのか、ショトラは慈しみの眼差しで綺麗な少年を見ていた。
 
 
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