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第1部

定番です

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 「ナオ様、エンゲルブレクト殿下からお届け物です」

 朝食を終え、部屋の様子を見たり出かける準備をしていた梛央のもとに、ドリーンが部屋に届いた箱を持ってきた。

 「なんだろ?」

 首をかしげながら箱を受け取り、テーブルに置く。

 ご丁寧にリボンをかけられた箱をあけると、アイスグリーンの柔らかな色合いのロングワンピースと亜麻色のロングの鬘が入っていた。

 「これを着てお出かけするってこと?」

 「おそらく」

 苦虫をつぶしたような顔のテュコ。

 「優人とカオルの定番の嫌がらせ、男の子の女装……」

 学園祭もだが、その前にも優人と薫瑠によってナチュラルに女装させられてきた梛央は、こればかりは懐かしいという感情ではなく複雑な思いで鬘を手に取る。

 「ナオ様。この国の慣習では女性にドレスを贈るのはとても親しい間柄の男性です」

 「ナオ様にドレスなんて……」

 エンゲルブレクト殿下めっ、と怒りを顕わにしたいが、でも見てみたい。ドリーンの心の中で2つの気持ちがせめぎあっていた。

 「ナオ様、いやなら着なくてもよいのですよ」

 アイナ、ドリーン、テュコの言葉に、

 「前の世界でも着せられてたから、悲しいことにあまり抵抗がない」

 意外な梛央の告白に、

 「そうなんですか?」

 なぜ、どんなシチュエーションで、どんな服を着ていたのか気になるアイナ。

 「これを着たら街に連れて行ってくれるなら着るよ。黒髪が隠せるから鬘もかぶる」

 意外に積極的な梛央に拍子抜けするテュコ。

 「ではお仕度をしましょう!」

 嬉しそうなドリーンだった。




 アイスグリーンのロングワンピースに膝丈のブーツ姿。亜麻色のゆるくウェーブのかかったロングの鬘をかぶった梛央は、どこからどう見ても美麗な貴族令嬢だった。

 「完璧です、ナオ様」

 ドリーンは目の前の美少女にうっとりしながら言った。

 「ナオ様、マントは着てくださいね。なるべくフードもかぶってください」

 「わかった」

 「街に出るときは、エンゲルブレクト殿下と、その護衛騎士1名。ナオ様とサリアン、そして私の5人で行動します。昼食を軽く済ませた後出発して、余裕があれば現地でお茶をしましょう」

 「カフェとかあるのかな。楽しみ」

 異世界のカフェってどんなのだろう、と想像して笑みをこぼすナオを見て、

 「ちゃんと笑顔のナオ様を連れて帰って来てくださいね」

 サリアンに念押しするアイナだった。
 

 


 梛央が仕度をして玄関ホールに行くと、エンゲルブレクトは貴族としてのスタイルを保ちながらもラフな格好をしていた。

 「ナオ様。見違えました。よくお似合いですよ。生まれながらの貴族令嬢のようです」

 お世辞ではなく本心からエンゲルブレクトが言うと、

 「ありがとう? エレクもTPOばっちりだね」

 「TPOですか? ナオ様のお国の言葉は難しいですね」

 エンゲルブレクトは苦笑しながら、

 「ナオ様。今日はカイラが同行します」

 護衛騎士のカイラを紹介する。

 「本日、殿下とナオ様に同行させていただきますカイラです」

 騎士服ではなく普段着を着た、こげ茶色の長髪のカイラが恭しくお辞儀をする。

 「よろしくね、カイラ」

 梛央も頭を下げる。

 「いいですか?絶対に一人になってはいけませんよ。行きたいところがあるときは、必ずおっしゃってください」

 「はーい」

 テュコの言葉を、修学旅行のグループ行動の前の先生の注意みたいだ、と思いながら聞いている梛央。

 そんなテュコも街歩き仕様でラフな格好をしていて、梛央は久々に友達と遊びに行くという気分だった。

 「では行きましょう」

 テュコの一言で一行は馬車に乗り込んだ。





 目立たないように馬車は黒塗りではなく一般的な貴族のものにし、賑わう通りで止まる。

 先にカイラが馬車を降り、次にエンゲルブレクトが降りると、そのあとに降りる梛央にエンゲルブレクトはさりげなく手を差しだした。

 そのしぐさで、梛央はいま自分が女装中だということを改めて感じた。

 エンゲルブレクトの手を借り、綺麗な所作で馬車を降りる。

 「ありがとう、エレク」

 「どういたしまして。ナオ様、人通りの多いところです。はぐれないように私の腕に捕まって下さい」

 「わかった」

 素直にエンゲルブレクトの腕に捕まる梛央。

 「ナオ様。他の護衛騎士たちも一般の者に紛れて警護にあたっています。何かあれば大声で叫ぶんですよ」

 「はーい」

 能天気な梛央は時々頭が痛くなるような事態を招くことを知ってるだけに、テュコは何事もなく夏の離宮に帰れることを祈っていた。



 その頃。

 「ヴァレリラルド王太子殿下。お元気そうでなによりでございます」

 夏の離宮のサロンで、ヴァレリラルドは武の公爵と呼ばれるユングストレーム公爵の面会を受けていた。

 「ユングストレームも元気そうで何よりだね。ここには3日ほど滞在するよ」

 「今回は短いのですね。それも陛下ではなくエンゲルブレクト王弟殿下がご一緒だとか」

 「滞在ではなく、王城に帰る前にここで少しゆっくりするために立ち寄っただけなんだ」

 「左様でしたか。ところでエンゲルブレクト王弟殿下はご不在でしょうか。ご挨拶はかないませんでしたが、どうかよろしくお伝えください」

 「叔父上に用があったのか?」

 「少しばかりお知恵をお借りしたいことがございまして。私は武芸にむいているようで、領地経営にいささか疎くございます。その分家令がよくやってくれているのですが」

 「うむ。心配するな、ユングストレーム。明日は叔父上に領主館に行ってもらおう」

 「お呼びたてしてしまい申し訳ありませんが、そうしていただくとありがたく思います」

 「礼には及ばない。叔父上を歓待して、ゆっくり知恵を貸してもらうといい」

 ヴァレリラルドは今日の恨みを明日晴らすべく悪い顔で笑った。

 「では私の話はここで。殿下、ベルトルドと少し相手をしてやっていただけますか?」

 ユングストレームに言われ、

 「お久しぶりです、殿下。ユングストレーム家の三男ベルトルドです」

 将来の側近候補であるベルトルドは赤髪に榛色の瞳をした、ヴァレリラルドと同い年だがさらに上背のあるしっかりとした体格をしていた。
 
 同い年で自分より体格のよいベルトルドに、ヴァレリラルドは勝手に対抗心を燃やしていた。


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