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第1部
オーシャンビュー!
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カルムの夏の離宮に到着したのは夜遅くのことだった。
使用人が出迎えていたが、挨拶は明日にして各自部屋で休むことになり、梛央が離宮の使用人に案内されて部屋に向かおうとした時、
「ナオ様」
エンゲルブレクトが梛央を呼び止める。
「ん?」
疲れと眠気でぼんやりと梛央が返事すると、両手を握られる。
また爽やかな空気が駆け抜けたような気がして、少しだけ眠気が飛んだ梛央がエンゲルブレクトを見上げる。
「今日はこのまま休めるように洗浄の魔法を使いました。ご入浴は明日にされてごゆっくりお休みください」
「ありがとう。そうするね」
エンゲルブレクトに礼を言うと、テュコやアイナ、ドリーン、護衛たちを伴って割り当てられた部屋に向かう。
寝間着を着せられ、テュコがリングダールを寝台にセットすると、梛央はその横に潜り込む。
瞬く間に梛央は眠りの国の住人となった。
「んぅぅ、リンちゃんおはよう」
目が覚めた梛央は横のリングダールに挨拶をする。
「ナオ様、お目覚めですか? 開けますね」
テュコの声とともに天蓋カーテンが開けられ、同時にまぶしい光が寝台に差し込む。
まぶしくて、梛央は目に手をやる。が、クンクン、と匂いを嗅いだ。
「潮の香りがする」
「バルコニーに出てみますか?」
「うん」
部屋にいたアイナに部屋履きを履かせてもらい、広くて明るい部屋の大窓から続くバルコニーに出た。
「海!」
梛央の部屋は二階だが、離宮そのものが小高い崖の上に建っているため青い海が眼下に広がっていた。
「オーシャンビュー!」
すごーい、と梛央ははしゃいだ声をあげる。
「海岸を散策したい! 街が見たい!」
そういえばシアンハウスにいた時から外出はしたことがなかったことに梛央は気付いた。
ランハンも馬車から街を見ただけだ。
できれば散策したいし、街も見てみたい。
そんな願望が一気に噴出した梛央は期待に満ちた顔でテュコを見た。
「ちゃんとマント着るから。フードもかぶるから」
「まずはご入浴ですね。朝食は食堂でみなさんとご一緒に摂ることにしています。散策は許可をもらってからにしましょうね」
「はーい」
入浴を済ませ、仕度を整えると、梛央は一階の食堂に案内された。
「おはよう、ナオ」
席についていたヴァレリラルドが梛央の登場に弾んだ声をあげる。
シアンハウスは休養先だったが、離宮は王族の住まいであり、何度も訪れたことのあるヴァレリラルドは第二の我が家のようなくつろいだ気持ちで梛央を迎えた。
「おはよう、ヴァレリラルド。待たせてごめんね」
「ううん、全然」
「おはよう、ナオ様。ゆっくりお休みになりましたか?」
同じく先に席についていたエンゲルブレクトがにこやかに笑いかける。
「うん。昨日は洗浄の魔法ありがとう。おかげですぐに眠れたよ」
「それはよかった。さあ、席にどうぞ」
給仕に案内されて、ヴァレリラルドの隣に座る梛央。
「ナオ、紹介するね。夏の離宮の執事をしているスヴァルドだよ」
ヴァレリラルドに紹介されて銀髪の、サミュエルより年配に見える黒服の男が頭を下げる。
「スヴァルドと申します。ここの執事を任されております。ナオ様のことは陛下より直接連絡を受けております。この国へようこそおいでになりました。ここにいる間、何かご不自由がありましたらすぐにお申し付けください」
梛央は席を立ち、
「秋葉梛央です。お世話になります」
ペコリ、と頭を下げる。
「ご丁寧なあいさつ、痛み入ります。ナオ様、こちらはグンネル。夏の離宮のメイド長をしております。用があればグンネルにお申し付けください」
スヴァルドの横にいる、細身でひっつめ髪の女性がきっちりとしたお辞儀をした。
「グンネルです。ここは夏の離宮。夏に王族の方々が余暇に訪れる場所です。くつろいだお時間をお過ごしくださいませ」
「秋葉梛央です。よろしくね」
笑顔を見せて頭を下げる梛央に、スヴァルドもグンネルも思わず笑顔になる。
「ナオ、座って。朝食にしよう」
お腹が空いているらしいヴァレリラルドに急かされて席に着くと、梛央、ヴァレリラルド、エンゲルブレクトは揃って手を合わせて『いただきます』をした。
「ナオ様はあまりお召し上がりにならないと伺っております。今日の食事の量はいかがでしょうか」
スヴァルドが梛央に尋ねる。
梛央の前にはパンの上にポーチドエッグとスモークした魚、トマトに似た野菜がのった皿とスライスしたハムとベビーリーフの皿、果物、飲み物が置かれている。
「うん、これくらいなら食べられそう」
嬉しそうな梛央だが、ヴァレリラルドよりだいぶ少ない食事の量に、スヴァルドは若干の心配げな顔をしている。
「体調が悪いときや食欲のないときはパン粥にしてください」
テュコに言われて、スヴァルドはさらに心配そうな顔になる。
「ねえ、テュコ。僕海を見に行きたい。誰から許可をもらえばいい?」
「梛央が行くなら私も行く」
「ヴァレリラルドは今日はだめだ。ユングストレーム公爵が挨拶に来る。ヴァレリラルドの側近候補の息子も来るから相手をしなさい」
にこやかにエンゲルブレクトが言うが、ヴァレリラルドは固まった。
「そんな……」
「これも公務だよ。ナオ様は私と街と海を散策しましょう」
ヴァレリラルドが可哀そうではあるが、早く外に出てみたい梛央は悩みながらも頷くのだった。
使用人が出迎えていたが、挨拶は明日にして各自部屋で休むことになり、梛央が離宮の使用人に案内されて部屋に向かおうとした時、
「ナオ様」
エンゲルブレクトが梛央を呼び止める。
「ん?」
疲れと眠気でぼんやりと梛央が返事すると、両手を握られる。
また爽やかな空気が駆け抜けたような気がして、少しだけ眠気が飛んだ梛央がエンゲルブレクトを見上げる。
「今日はこのまま休めるように洗浄の魔法を使いました。ご入浴は明日にされてごゆっくりお休みください」
「ありがとう。そうするね」
エンゲルブレクトに礼を言うと、テュコやアイナ、ドリーン、護衛たちを伴って割り当てられた部屋に向かう。
寝間着を着せられ、テュコがリングダールを寝台にセットすると、梛央はその横に潜り込む。
瞬く間に梛央は眠りの国の住人となった。
「んぅぅ、リンちゃんおはよう」
目が覚めた梛央は横のリングダールに挨拶をする。
「ナオ様、お目覚めですか? 開けますね」
テュコの声とともに天蓋カーテンが開けられ、同時にまぶしい光が寝台に差し込む。
まぶしくて、梛央は目に手をやる。が、クンクン、と匂いを嗅いだ。
「潮の香りがする」
「バルコニーに出てみますか?」
「うん」
部屋にいたアイナに部屋履きを履かせてもらい、広くて明るい部屋の大窓から続くバルコニーに出た。
「海!」
梛央の部屋は二階だが、離宮そのものが小高い崖の上に建っているため青い海が眼下に広がっていた。
「オーシャンビュー!」
すごーい、と梛央ははしゃいだ声をあげる。
「海岸を散策したい! 街が見たい!」
そういえばシアンハウスにいた時から外出はしたことがなかったことに梛央は気付いた。
ランハンも馬車から街を見ただけだ。
できれば散策したいし、街も見てみたい。
そんな願望が一気に噴出した梛央は期待に満ちた顔でテュコを見た。
「ちゃんとマント着るから。フードもかぶるから」
「まずはご入浴ですね。朝食は食堂でみなさんとご一緒に摂ることにしています。散策は許可をもらってからにしましょうね」
「はーい」
入浴を済ませ、仕度を整えると、梛央は一階の食堂に案内された。
「おはよう、ナオ」
席についていたヴァレリラルドが梛央の登場に弾んだ声をあげる。
シアンハウスは休養先だったが、離宮は王族の住まいであり、何度も訪れたことのあるヴァレリラルドは第二の我が家のようなくつろいだ気持ちで梛央を迎えた。
「おはよう、ヴァレリラルド。待たせてごめんね」
「ううん、全然」
「おはよう、ナオ様。ゆっくりお休みになりましたか?」
同じく先に席についていたエンゲルブレクトがにこやかに笑いかける。
「うん。昨日は洗浄の魔法ありがとう。おかげですぐに眠れたよ」
「それはよかった。さあ、席にどうぞ」
給仕に案内されて、ヴァレリラルドの隣に座る梛央。
「ナオ、紹介するね。夏の離宮の執事をしているスヴァルドだよ」
ヴァレリラルドに紹介されて銀髪の、サミュエルより年配に見える黒服の男が頭を下げる。
「スヴァルドと申します。ここの執事を任されております。ナオ様のことは陛下より直接連絡を受けております。この国へようこそおいでになりました。ここにいる間、何かご不自由がありましたらすぐにお申し付けください」
梛央は席を立ち、
「秋葉梛央です。お世話になります」
ペコリ、と頭を下げる。
「ご丁寧なあいさつ、痛み入ります。ナオ様、こちらはグンネル。夏の離宮のメイド長をしております。用があればグンネルにお申し付けください」
スヴァルドの横にいる、細身でひっつめ髪の女性がきっちりとしたお辞儀をした。
「グンネルです。ここは夏の離宮。夏に王族の方々が余暇に訪れる場所です。くつろいだお時間をお過ごしくださいませ」
「秋葉梛央です。よろしくね」
笑顔を見せて頭を下げる梛央に、スヴァルドもグンネルも思わず笑顔になる。
「ナオ、座って。朝食にしよう」
お腹が空いているらしいヴァレリラルドに急かされて席に着くと、梛央、ヴァレリラルド、エンゲルブレクトは揃って手を合わせて『いただきます』をした。
「ナオ様はあまりお召し上がりにならないと伺っております。今日の食事の量はいかがでしょうか」
スヴァルドが梛央に尋ねる。
梛央の前にはパンの上にポーチドエッグとスモークした魚、トマトに似た野菜がのった皿とスライスしたハムとベビーリーフの皿、果物、飲み物が置かれている。
「うん、これくらいなら食べられそう」
嬉しそうな梛央だが、ヴァレリラルドよりだいぶ少ない食事の量に、スヴァルドは若干の心配げな顔をしている。
「体調が悪いときや食欲のないときはパン粥にしてください」
テュコに言われて、スヴァルドはさらに心配そうな顔になる。
「ねえ、テュコ。僕海を見に行きたい。誰から許可をもらえばいい?」
「梛央が行くなら私も行く」
「ヴァレリラルドは今日はだめだ。ユングストレーム公爵が挨拶に来る。ヴァレリラルドの側近候補の息子も来るから相手をしなさい」
にこやかにエンゲルブレクトが言うが、ヴァレリラルドは固まった。
「そんな……」
「これも公務だよ。ナオ様は私と街と海を散策しましょう」
ヴァレリラルドが可哀そうではあるが、早く外に出てみたい梛央は悩みながらも頷くのだった。
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