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第1部
もう?
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翌朝、ヴァレリラルドが目を覚ますと目の前にリングダールがいた。
もふもふの毛並みを見て、梛央の部屋にお泊りしたことを思い出す。が、いつ眠ったのか記憶がなかった。
梛央と一緒に寝るんだと緊張していたものの、間を阻むリングダールにがっかりし、そのあと梛央が急に立ち上がり、艶めかしい声がして。
そこからの記憶がないヴァレリラルドは、もっと梛央と寝台の中で寝ながら話をしたかった、と後悔した。が、リングダールの向こうに梛央の可愛い寝顔を見つけると、これだけでもお泊りしてよかったと顔を緩める。
あどけない寝顔はずっと見ていたいほど価値のあるものだったが、
「おはようございます」
使用人部屋から元気な声で挨拶しながらテュコが現れた。
それを合図にしたように、
「おはようございます」
「おはようございまーす」
アイナとドリーンも部屋に入ってくる。
「おはようございます、殿下」
「おはよう」
機嫌のよさそうなケイレブとサリアンも隣室のドアから出てきた。
「おはよう」
もう少し梛央の寝顔を見たかったヴァレリラルド。
「ナオ様、起きてください。朝食を摂ったら出発ですよ」
テュコの言葉に、
「んー、おはようぅ」
梛央は寝ぼけながらもぞもぞと上半身を起こすが、そのままリングダールにダイブして二度寝しようと目を閉じる。
「ナオ様、寝ちゃだめです。ケイレブ、ヴァレリラルド殿下をお部屋にお連れして」
「ああ。さあ、殿下。お部屋に戻って仕度しましょう」
寝起きの、ふにゃりとした可愛い梛央の側にまだいたがるヴァレリラルドを、引きずるようにして部屋を出て行くケイレブ。
「さあ、ナオ様もお仕度を」
「はーい」
アイナとドリーンに浴室に連れていかれながら、梛央は目を閉じたまま返事をした。
「こっち、わっち、おはよう。今日もお願いね」
朝食を摂って完全に目が覚めた梛央は馬車を引くコトニスとワニナに元気に挨拶をした。
「おはよう、ホルツ」
「おはようございます、ナオ様」
御者のホルツにも挨拶して馬車に乗り込み、前日と同じ配置で座る。
テュコはサリアンのツヤツヤの顔を見ると、
「なに肌をツヤツヤにしてるんですか。サミュエル殿に切られますよ」
不機嫌を隠さずに言った。
「いないから大丈夫。お泊りは最高だね。ねぇ、ナオ様」
逆に上機嫌なサリアン。
「うん、最高。でもお泊りするとお肌がツヤツヤになるの? 僕もツヤツヤ? ヴァルも?」
梛央に問い返されて言葉に詰まるサリアン。
「アイナ、これも報告」
テュコに言われて、
「はい、テュコ様」
アイナはしっかりと頷いた。
「んーっ」
昼食の休憩のあと、穏やかな流れの川が見える木陰で梛央は両手を上げて背伸びをした。
「ナオ様、出発の時間までそこらを歩きませんか?」
声をかけられて振り向くと、エンゲルブレクトが護衛騎士のヤルヴィとスオルサを連れて立っていた。
「ん? うん」
梛央が頷くと、エンゲルブレクトが手を差し出した。梛央は首を傾げながらその手に自分の手を乗せる。
エンゲルブレクトに手を引かれた梛央が歩き出すと、その後ろからサリアンとフォルシウスも歩き出す。
梛央にプロポーズしたエンゲルブレクトと、断ったとはいえ梛央を長く二人きりにするわけにはいかない。
ヴァレリラルドとテュコは頷きあうと、大急ぎで片づけを終わらせるためにアイナとドリーンを連れて天幕に向かった。
私は王族の護衛にあたる近衛騎士団に所属する騎士のヤルヴィ。現在は王弟エンゲルブレクト殿下の担当だ。
そのエンゲルブレクト殿下は今、愛し子様を誘って機嫌よく私の前を歩いていらっしゃる。
エンゲルブレクト殿下は領地ヘルクヴィストの領主とシアンハウスの当主を兼任されている。が、重きを置くのは領地経営の方だ。
領地経営だけではなく成人王族としての公務もある。シアンハウスには元鬼の第一騎士団団長と恐れられたサミュエル殿が家令として才腕をふるっておられるので、任せていても何の問題もない。
エンゲルブレクト殿下がシアンハウスに足を運ぶのは三日に一度、その間の報告を受けるため、というのが主だった。
だが精霊の泉に愛し子様がご出現されたのをヴァレリラルド殿下が発見した、と報告がきた。
伝説でしかない愛し子様のご出現は、本当であるなら大変喜ばしいこと。だが愛し子様はご出現されてすぐのため心身ともに衰弱されているということで、すぐにご対面ということにはならなかった。
ご出現から対面までの間、エンゲルブレクト殿下は心あらずで、愛し子様のことを気にかけていらっしゃった。
エンゲルブレクト殿下が対面できたのは三日が過ぎてからだった。
そしてご対面の日。
私も護衛としてエンゲルブレクト殿下の側にいたが、愛し子様がサロンに現れた時のことを一生忘れることはないだろう。
16歳とお伺いしていたが、そうは見えないほど小柄で、とても美しい容姿をしていらっしゃった。黒目黒髪がなんともいえずエキゾチックで、まるで精霊そのもののような透明感だった。
これは本物の愛し子様だ。
私の全身に喜びが走ったが、騎士なので顔には出さず、体も微動だにしなかった。
エンゲルブレクト殿下もその美しさに見入っておられた。
だが、愛し子様がご出現の経緯を話され、父上にごめんなさいと伝えたい、大好きだと伝えたいと涙されているのをみた時、私の心は滂沱の涙を流していた。
ヴァレリラルド殿下のお慰めで健気にも笑顔を見せられた時、私の心は射抜かれた。
私は近衛騎士団所属。主として仕えるのは王族である方々。だが私の心は死ぬまで愛し子様に忠誠を誓うと、この時に決めたのだ。
エンゲルブレクト殿下が愛し子様をお慰めするために夜会と、旅をしながら王城に向かうことを提案された。私もそれはよい提案だと思った。
決して愛し子様の近くにいられるからではない。決して。
夜会では素晴らしい演奏と剣舞を披露された。美しく心に響く音色と重力を感じさせない舞に耳と目と心が奪われたと言っても過言ではない。
旅に出立する日の朝は愛し子様の護衛騎士の馬たちに挨拶をされ、昼食の休憩時には馬や騎士たちを労われていた。
何と言うお優しさ。私は感激に打ち震えた。
そして天幕でのお歌。愛し子様の歌声を聴くと心が洗われる気持ちになった。
私は思う。この王城までの旅が長く続けばよいと。そして私は願うのだ。愛し子様付きの護衛騎士になりたい、と。
その前にこの光景を一瞬でも長く目に焼き付けておかねば。
私は目を見開き、愛し子様の愛らしい容姿を見つめた。
「叔父上、ナオ、準備が整ったので出発しますよ」
ヴァレリラルド殿下と愛し子様の侍従が呼びに来た。
「もう?」
私は思わず声に出してしまっていた。
もふもふの毛並みを見て、梛央の部屋にお泊りしたことを思い出す。が、いつ眠ったのか記憶がなかった。
梛央と一緒に寝るんだと緊張していたものの、間を阻むリングダールにがっかりし、そのあと梛央が急に立ち上がり、艶めかしい声がして。
そこからの記憶がないヴァレリラルドは、もっと梛央と寝台の中で寝ながら話をしたかった、と後悔した。が、リングダールの向こうに梛央の可愛い寝顔を見つけると、これだけでもお泊りしてよかったと顔を緩める。
あどけない寝顔はずっと見ていたいほど価値のあるものだったが、
「おはようございます」
使用人部屋から元気な声で挨拶しながらテュコが現れた。
それを合図にしたように、
「おはようございます」
「おはようございまーす」
アイナとドリーンも部屋に入ってくる。
「おはようございます、殿下」
「おはよう」
機嫌のよさそうなケイレブとサリアンも隣室のドアから出てきた。
「おはよう」
もう少し梛央の寝顔を見たかったヴァレリラルド。
「ナオ様、起きてください。朝食を摂ったら出発ですよ」
テュコの言葉に、
「んー、おはようぅ」
梛央は寝ぼけながらもぞもぞと上半身を起こすが、そのままリングダールにダイブして二度寝しようと目を閉じる。
「ナオ様、寝ちゃだめです。ケイレブ、ヴァレリラルド殿下をお部屋にお連れして」
「ああ。さあ、殿下。お部屋に戻って仕度しましょう」
寝起きの、ふにゃりとした可愛い梛央の側にまだいたがるヴァレリラルドを、引きずるようにして部屋を出て行くケイレブ。
「さあ、ナオ様もお仕度を」
「はーい」
アイナとドリーンに浴室に連れていかれながら、梛央は目を閉じたまま返事をした。
「こっち、わっち、おはよう。今日もお願いね」
朝食を摂って完全に目が覚めた梛央は馬車を引くコトニスとワニナに元気に挨拶をした。
「おはよう、ホルツ」
「おはようございます、ナオ様」
御者のホルツにも挨拶して馬車に乗り込み、前日と同じ配置で座る。
テュコはサリアンのツヤツヤの顔を見ると、
「なに肌をツヤツヤにしてるんですか。サミュエル殿に切られますよ」
不機嫌を隠さずに言った。
「いないから大丈夫。お泊りは最高だね。ねぇ、ナオ様」
逆に上機嫌なサリアン。
「うん、最高。でもお泊りするとお肌がツヤツヤになるの? 僕もツヤツヤ? ヴァルも?」
梛央に問い返されて言葉に詰まるサリアン。
「アイナ、これも報告」
テュコに言われて、
「はい、テュコ様」
アイナはしっかりと頷いた。
「んーっ」
昼食の休憩のあと、穏やかな流れの川が見える木陰で梛央は両手を上げて背伸びをした。
「ナオ様、出発の時間までそこらを歩きませんか?」
声をかけられて振り向くと、エンゲルブレクトが護衛騎士のヤルヴィとスオルサを連れて立っていた。
「ん? うん」
梛央が頷くと、エンゲルブレクトが手を差し出した。梛央は首を傾げながらその手に自分の手を乗せる。
エンゲルブレクトに手を引かれた梛央が歩き出すと、その後ろからサリアンとフォルシウスも歩き出す。
梛央にプロポーズしたエンゲルブレクトと、断ったとはいえ梛央を長く二人きりにするわけにはいかない。
ヴァレリラルドとテュコは頷きあうと、大急ぎで片づけを終わらせるためにアイナとドリーンを連れて天幕に向かった。
私は王族の護衛にあたる近衛騎士団に所属する騎士のヤルヴィ。現在は王弟エンゲルブレクト殿下の担当だ。
そのエンゲルブレクト殿下は今、愛し子様を誘って機嫌よく私の前を歩いていらっしゃる。
エンゲルブレクト殿下は領地ヘルクヴィストの領主とシアンハウスの当主を兼任されている。が、重きを置くのは領地経営の方だ。
領地経営だけではなく成人王族としての公務もある。シアンハウスには元鬼の第一騎士団団長と恐れられたサミュエル殿が家令として才腕をふるっておられるので、任せていても何の問題もない。
エンゲルブレクト殿下がシアンハウスに足を運ぶのは三日に一度、その間の報告を受けるため、というのが主だった。
だが精霊の泉に愛し子様がご出現されたのをヴァレリラルド殿下が発見した、と報告がきた。
伝説でしかない愛し子様のご出現は、本当であるなら大変喜ばしいこと。だが愛し子様はご出現されてすぐのため心身ともに衰弱されているということで、すぐにご対面ということにはならなかった。
ご出現から対面までの間、エンゲルブレクト殿下は心あらずで、愛し子様のことを気にかけていらっしゃった。
エンゲルブレクト殿下が対面できたのは三日が過ぎてからだった。
そしてご対面の日。
私も護衛としてエンゲルブレクト殿下の側にいたが、愛し子様がサロンに現れた時のことを一生忘れることはないだろう。
16歳とお伺いしていたが、そうは見えないほど小柄で、とても美しい容姿をしていらっしゃった。黒目黒髪がなんともいえずエキゾチックで、まるで精霊そのもののような透明感だった。
これは本物の愛し子様だ。
私の全身に喜びが走ったが、騎士なので顔には出さず、体も微動だにしなかった。
エンゲルブレクト殿下もその美しさに見入っておられた。
だが、愛し子様がご出現の経緯を話され、父上にごめんなさいと伝えたい、大好きだと伝えたいと涙されているのをみた時、私の心は滂沱の涙を流していた。
ヴァレリラルド殿下のお慰めで健気にも笑顔を見せられた時、私の心は射抜かれた。
私は近衛騎士団所属。主として仕えるのは王族である方々。だが私の心は死ぬまで愛し子様に忠誠を誓うと、この時に決めたのだ。
エンゲルブレクト殿下が愛し子様をお慰めするために夜会と、旅をしながら王城に向かうことを提案された。私もそれはよい提案だと思った。
決して愛し子様の近くにいられるからではない。決して。
夜会では素晴らしい演奏と剣舞を披露された。美しく心に響く音色と重力を感じさせない舞に耳と目と心が奪われたと言っても過言ではない。
旅に出立する日の朝は愛し子様の護衛騎士の馬たちに挨拶をされ、昼食の休憩時には馬や騎士たちを労われていた。
何と言うお優しさ。私は感激に打ち震えた。
そして天幕でのお歌。愛し子様の歌声を聴くと心が洗われる気持ちになった。
私は思う。この王城までの旅が長く続けばよいと。そして私は願うのだ。愛し子様付きの護衛騎士になりたい、と。
その前にこの光景を一瞬でも長く目に焼き付けておかねば。
私は目を見開き、愛し子様の愛らしい容姿を見つめた。
「叔父上、ナオ、準備が整ったので出発しますよ」
ヴァレリラルド殿下と愛し子様の侍従が呼びに来た。
「もう?」
私は思わず声に出してしまっていた。
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