55 / 416
第1部
その夜の出来事
しおりを挟む
梛央、ヴァレリラルド、エンゲルブレクトの護衛騎士が一人ずつ、それにシアンハウス騎士団も加わり、4人ずつ1時間交代で白鷺亭3階の警護に立つことになっていた。
フォルシウスの番は明け方。本来なら部屋で休んでいる時間だが、割り当てられた部屋ではなく1階のホールから少し離れている人気のない空き部屋にいた。
やがて入室してきたアイナがドアを閉めるのを確認して、フォルシウスは、
「呼びたてて申し訳ない」
声を潜めて言うと頭を下げた。
「お父様に伝えたいことがあったのでしょう? 内密に」
アイナも声を落として言った。
「ええ。お願いしてもいいだろうか」
「ナオ様のことなのでしょう? もちろんです」
アイナは微笑むとエプロンのポケットから手のひらサイズの箱のようなものを取り出した。
あらかじめ登録している相手と話をすることができる魔道具の通信機だった。
蓋を開け、魔道具を起動させる。
やがて、
『アイナか。そちらの様子はどうだ?』
サミュエルの声が聞こえた。
「ランハンの宿で問題なく過ごしています。ナオ様のお部屋にヴァレリラルド殿下がお泊りに見えていて、テュコ様が気をもんでいます」
少し笑いを含んでアイナが報告すると、
『両殿下ともナオ様によほどご執心のようだ。困ったものだ』
笑えない、とばかりのサミュエル。
「お父様がいないから、ケイレブ殿とサリアン殿が仲睦まじくて。ナオ様によいことではありません。あとできつく叱ってください」
『ケイレブめ、私がいないと思って好き勝手してそうだ。奴のことはまかしておけ』
「それとお父様、フォルシウス殿が隣にいます。報告したいことがあるそうです」
「サミュエル殿、フォルシウスです。今お話ししてもよいでしょうか」
フォルシウスが話を切り出す。
『ナオ様のことか?』
「はい。昼の食事の前にナオ様が歌をお歌いになり、その際に精霊の光が集まり、その中のいくつかが水差しの水に溶けたのです。その水差しの水を飲んだエンゲルブレクト殿下が、いつもより清涼な感じがすると」
『ふむ。洗礼前でも愛し子様のお力が表れているということか』
「おそらく。ヴァレリラルド殿下がナオ様の歌を聞いたあとで気分がよいからだとおっしゃったので、話はそこで終わったのですが」
『愛し子様の存在が公表される前に、お力が表れていることがわかるのは避けたい。難しいとは思うがアイナと協力してなるべく隠ぺいするようにしてくれ』
「わかりました」
『アイナ、何かあればまた連絡するように。ナオ様の愛らしさの報告はいくらでもいいから書面で頼む』
「はい、お父様」
通信を終えて、アイナは魔道具をポケットに入れる。
「アイナ、ありがとう」
「ご用があれば、いつでもどうぞ」
アイナはドアを開け、先に部屋を出た。
少し時間を空けて、フォルシウスも部屋を出る。
誰にも見られていないと思っていた2人だったが、少し離れたところでその様子を見ていた者がいた。
使用人部屋は、主が就寝中だったり不在にする際に使用人が待機するための部屋で、狭いながらもベッドと机、クローゼットと水回りも備えていたが、一番の特徴は寝台での主の会話が聞けることだった。
テュコが使用人部屋に入ると、
「リングダールも一緒?」
ヴァレリラルドの声が聞こえた。テュコがヴァレリラルドが来る前に寝台の中央にセットしてきたのを見つけたようだった。
一緒に寝るのは許可したが、その距離はなるべく自然に、なるべく離したいテュコだった。
「うん。一緒に寝ようね」
梛央の中の寝るときの信頼感は、ヴァレリラルドよりもリングダールの方が圧倒的に大きい。
「そうだね……」
残念そうなヴァレリラルドの声にテュコは悪い顔で笑う。
「ヴァルもそっちからリンちゃんに抱き着いていいよ。リンちゃんにくっついて眠ると落ち着いて眠れるんだ」
「そ、そうだね……」
ここまではテュコの想定内の流れだったが、突然、
「んんっ」
想定外の梛央のあやしい声が聞こえた。
「硬くなっちゃった。ヴァルも硬くなる?」
ハ?
続けて聞こえた梛央の言葉にテュコは頭が真っ白になる。
「わ、私は、まだ……」
ソウデショウネ、アナタハマダ8サイデスカラネ。
「ヴァルは若いからまだだよね。ちょっと待って?」
ナニヲマツンデスカ。
テュコが固まったまま待っていると、
「んんっっ、硬いいっ……気持ちいいっ」
まさに気持ちよさげな梛央の声が聞こえてきて、テュコは使用人部屋を飛び出した。そこには寝台の横で、手でもう一方の肩を掴んで体をひねっている梛央の姿があった。
「ああぁっ、すっごく、気持ちい……「早く寝なさいっ!」」
最後まで言わせるか、の勢いでテュコは怒鳴りつける。
きょとんとした顔の梛央の背中を押して寝台に追いやる。
「これこれ。これが修学旅行の定番だよね」
能天気な梛央に、テュコは頭が痛くなる思いだった。
「ナオ様は前の世界でどれだけ罪なことをしてきたんですか。ヴァレリラルド殿下をごらんください。もう寝てらっしゃいますよ。ナオ様も早く寝てください」
まったく、何て声を出してるんですか。誤解するじゃないですか。絶対そういう声だったじゃないですか、想像しちゃったじゃないですか、どうしてくれるんですか。
テュコのぼやきは使用人部屋に戻ってもエンドレスで続いていた。
フォルシウスの番は明け方。本来なら部屋で休んでいる時間だが、割り当てられた部屋ではなく1階のホールから少し離れている人気のない空き部屋にいた。
やがて入室してきたアイナがドアを閉めるのを確認して、フォルシウスは、
「呼びたてて申し訳ない」
声を潜めて言うと頭を下げた。
「お父様に伝えたいことがあったのでしょう? 内密に」
アイナも声を落として言った。
「ええ。お願いしてもいいだろうか」
「ナオ様のことなのでしょう? もちろんです」
アイナは微笑むとエプロンのポケットから手のひらサイズの箱のようなものを取り出した。
あらかじめ登録している相手と話をすることができる魔道具の通信機だった。
蓋を開け、魔道具を起動させる。
やがて、
『アイナか。そちらの様子はどうだ?』
サミュエルの声が聞こえた。
「ランハンの宿で問題なく過ごしています。ナオ様のお部屋にヴァレリラルド殿下がお泊りに見えていて、テュコ様が気をもんでいます」
少し笑いを含んでアイナが報告すると、
『両殿下ともナオ様によほどご執心のようだ。困ったものだ』
笑えない、とばかりのサミュエル。
「お父様がいないから、ケイレブ殿とサリアン殿が仲睦まじくて。ナオ様によいことではありません。あとできつく叱ってください」
『ケイレブめ、私がいないと思って好き勝手してそうだ。奴のことはまかしておけ』
「それとお父様、フォルシウス殿が隣にいます。報告したいことがあるそうです」
「サミュエル殿、フォルシウスです。今お話ししてもよいでしょうか」
フォルシウスが話を切り出す。
『ナオ様のことか?』
「はい。昼の食事の前にナオ様が歌をお歌いになり、その際に精霊の光が集まり、その中のいくつかが水差しの水に溶けたのです。その水差しの水を飲んだエンゲルブレクト殿下が、いつもより清涼な感じがすると」
『ふむ。洗礼前でも愛し子様のお力が表れているということか』
「おそらく。ヴァレリラルド殿下がナオ様の歌を聞いたあとで気分がよいからだとおっしゃったので、話はそこで終わったのですが」
『愛し子様の存在が公表される前に、お力が表れていることがわかるのは避けたい。難しいとは思うがアイナと協力してなるべく隠ぺいするようにしてくれ』
「わかりました」
『アイナ、何かあればまた連絡するように。ナオ様の愛らしさの報告はいくらでもいいから書面で頼む』
「はい、お父様」
通信を終えて、アイナは魔道具をポケットに入れる。
「アイナ、ありがとう」
「ご用があれば、いつでもどうぞ」
アイナはドアを開け、先に部屋を出た。
少し時間を空けて、フォルシウスも部屋を出る。
誰にも見られていないと思っていた2人だったが、少し離れたところでその様子を見ていた者がいた。
使用人部屋は、主が就寝中だったり不在にする際に使用人が待機するための部屋で、狭いながらもベッドと机、クローゼットと水回りも備えていたが、一番の特徴は寝台での主の会話が聞けることだった。
テュコが使用人部屋に入ると、
「リングダールも一緒?」
ヴァレリラルドの声が聞こえた。テュコがヴァレリラルドが来る前に寝台の中央にセットしてきたのを見つけたようだった。
一緒に寝るのは許可したが、その距離はなるべく自然に、なるべく離したいテュコだった。
「うん。一緒に寝ようね」
梛央の中の寝るときの信頼感は、ヴァレリラルドよりもリングダールの方が圧倒的に大きい。
「そうだね……」
残念そうなヴァレリラルドの声にテュコは悪い顔で笑う。
「ヴァルもそっちからリンちゃんに抱き着いていいよ。リンちゃんにくっついて眠ると落ち着いて眠れるんだ」
「そ、そうだね……」
ここまではテュコの想定内の流れだったが、突然、
「んんっ」
想定外の梛央のあやしい声が聞こえた。
「硬くなっちゃった。ヴァルも硬くなる?」
ハ?
続けて聞こえた梛央の言葉にテュコは頭が真っ白になる。
「わ、私は、まだ……」
ソウデショウネ、アナタハマダ8サイデスカラネ。
「ヴァルは若いからまだだよね。ちょっと待って?」
ナニヲマツンデスカ。
テュコが固まったまま待っていると、
「んんっっ、硬いいっ……気持ちいいっ」
まさに気持ちよさげな梛央の声が聞こえてきて、テュコは使用人部屋を飛び出した。そこには寝台の横で、手でもう一方の肩を掴んで体をひねっている梛央の姿があった。
「ああぁっ、すっごく、気持ちい……「早く寝なさいっ!」」
最後まで言わせるか、の勢いでテュコは怒鳴りつける。
きょとんとした顔の梛央の背中を押して寝台に追いやる。
「これこれ。これが修学旅行の定番だよね」
能天気な梛央に、テュコは頭が痛くなる思いだった。
「ナオ様は前の世界でどれだけ罪なことをしてきたんですか。ヴァレリラルド殿下をごらんください。もう寝てらっしゃいますよ。ナオ様も早く寝てください」
まったく、何て声を出してるんですか。誤解するじゃないですか。絶対そういう声だったじゃないですか、想像しちゃったじゃないですか、どうしてくれるんですか。
テュコのぼやきは使用人部屋に戻ってもエンドレスで続いていた。
66
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる