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第1部

その夜の出来事

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 梛央、ヴァレリラルド、エンゲルブレクトの護衛騎士が一人ずつ、それにシアンハウス騎士団も加わり、4人ずつ1時間交代で白鷺亭3階の警護に立つことになっていた。

 フォルシウスの番は明け方。本来なら部屋で休んでいる時間だが、割り当てられた部屋ではなく1階のホールから少し離れている人気のない空き部屋にいた。

 やがて入室してきたアイナがドアを閉めるのを確認して、フォルシウスは、

 「呼びたてて申し訳ない」

 声を潜めて言うと頭を下げた。

 「お父様に伝えたいことがあったのでしょう? 内密に」

 アイナも声を落として言った。

 「ええ。お願いしてもいいだろうか」

 「ナオ様のことなのでしょう? もちろんです」

 アイナは微笑むとエプロンのポケットから手のひらサイズの箱のようなものを取り出した。

 あらかじめ登録している相手と話をすることができる魔道具の通信機だった。

 蓋を開け、魔道具を起動させる。

 やがて、

 『アイナか。そちらの様子はどうだ?』

 サミュエルの声が聞こえた。

 「ランハンの宿で問題なく過ごしています。ナオ様のお部屋にヴァレリラルド殿下がお泊りに見えていて、テュコ様が気をもんでいます」

 少し笑いを含んでアイナが報告すると、

 『両殿下ともナオ様によほどご執心のようだ。困ったものだ』

 笑えない、とばかりのサミュエル。

 「お父様がいないから、ケイレブ殿とサリアン殿が仲睦まじくて。ナオ様によいことではありません。あとできつく叱ってください」

 『ケイレブめ、私がいないと思って好き勝手してそうだ。奴のことはまかしておけ』

 「それとお父様、フォルシウス殿が隣にいます。報告したいことがあるそうです」

 「サミュエル殿、フォルシウスです。今お話ししてもよいでしょうか」

 フォルシウスが話を切り出す。

 『ナオ様のことか?』

 「はい。昼の食事の前にナオ様が歌をお歌いになり、その際に精霊の光が集まり、その中のいくつかが水差しの水に溶けたのです。その水差しの水を飲んだエンゲルブレクト殿下が、いつもより清涼な感じがすると」

 『ふむ。洗礼前でも愛し子様のお力が表れているということか』

 「おそらく。ヴァレリラルド殿下がナオ様の歌を聞いたあとで気分がよいからだとおっしゃったので、話はそこで終わったのですが」

 『愛し子様の存在が公表される前に、お力が表れていることがわかるのは避けたい。難しいとは思うがアイナと協力してなるべく隠ぺいするようにしてくれ』

 「わかりました」

 『アイナ、何かあればまた連絡するように。ナオ様の愛らしさの報告はいくらでもいいから書面で頼む』

 「はい、お父様」

 通信を終えて、アイナは魔道具をポケットに入れる。

 「アイナ、ありがとう」

 「ご用があれば、いつでもどうぞ」

 アイナはドアを開け、先に部屋を出た。
 
 少し時間を空けて、フォルシウスも部屋を出る。

 誰にも見られていないと思っていた2人だったが、少し離れたところでその様子を見ていた者がいた。





 使用人部屋は、主が就寝中だったり不在にする際に使用人が待機するための部屋で、狭いながらもベッドと机、クローゼットと水回りも備えていたが、一番の特徴は寝台での主の会話が聞けることだった。

 テュコが使用人部屋に入ると、

 「リングダールも一緒?」

 ヴァレリラルドの声が聞こえた。テュコがヴァレリラルドが来る前に寝台の中央にセットしてきたのを見つけたようだった。

 一緒に寝るのは許可したが、その距離はなるべく自然に、なるべく離したいテュコだった。

 「うん。一緒に寝ようね」

 梛央の中の寝るときの信頼感は、ヴァレリラルドよりもリングダールの方が圧倒的に大きい。

 「そうだね……」

 残念そうなヴァレリラルドの声にテュコは悪い顔で笑う。

 「ヴァルもそっちからリンちゃんに抱き着いていいよ。リンちゃんにくっついて眠ると落ち着いて眠れるんだ」

 「そ、そうだね……」

 ここまではテュコの想定内の流れだったが、突然、

 「んんっ」 

 想定外の梛央のあやしい声が聞こえた。

 「硬くなっちゃった。ヴァルも硬くなる?」
 
 ハ?

 続けて聞こえた梛央の言葉にテュコは頭が真っ白になる。

 「わ、私は、まだ……」

 ソウデショウネ、アナタハマダ8サイデスカラネ。

 「ヴァルは若いからまだだよね。ちょっと待って?」

 ナニヲマツンデスカ。

 テュコが固まったまま待っていると、

 「んんっっ、硬いいっ……気持ちいいっ」

 まさに気持ちよさげな梛央の声が聞こえてきて、テュコは使用人部屋を飛び出した。そこには寝台の横で、手でもう一方の肩を掴んで体をひねっている梛央の姿があった。

 「ああぁっ、すっごく、気持ちい……「早く寝なさいっ!」」

 最後まで言わせるか、の勢いでテュコは怒鳴りつける。

 きょとんとした顔の梛央の背中を押して寝台に追いやる。

 「これこれ。これが修学旅行の定番だよね」

 能天気な梛央に、テュコは頭が痛くなる思いだった。

 「ナオ様は前の世界でどれだけ罪なことをしてきたんですか。ヴァレリラルド殿下をごらんください。もう寝てらっしゃいますよ。ナオ様も早く寝てください」

 まったく、何て声を出してるんですか。誤解するじゃないですか。絶対そういう声だったじゃないですか、想像しちゃったじゃないですか、どうしてくれるんですか。

 テュコのぼやきは使用人部屋に戻ってもエンドレスで続いていた。


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