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第1部

ウインウイン

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 食事を終えて出発までのあいだ、梛央はヴァレリラルドやテュコ、護衛たちと一緒に草原を散策していた。

 「ナオ様、手前の小高い山の奥に山があるのが見えますか?」 

 テュコが指さす方向を見ると、連なっている山々の稜線がかなり遠くに見えた。

 「うん。高そうな山だね」

 「はい。今日はその山裾の街、ランハンで宿をとります。山越えをする者や魔獣討伐のために山にはいる冒険者たちで賑わっている街です」

 「魔獣がいるの?」

 怖い半分、興味半分で尋ねる梛央。

 「いるのは標高の高いところか、山奥です。めったに街には降りてきませんよ」

 「そうなんだ。聞くだけでもちょっと怖いけど、サリアンとケイレブは冒険者だよね? 魔獣と闘ったりする?」

 「するよ。依頼としては定番だね。雑魚から大物までいるよ。私は魔法を使ってケイレブをサポートするのがメインだけど、ケイレブは魔獣とがっつり闘うんだ」

 「サリーは怖くない? がっつり闘うケイレブが心配じゃない?」

 「怖いよ。怖いから用心するし、わくわくもする。それに闘うケイレブがかっこいいんだ」

 頬を染めるサリアンの視線がケイレブの姿を捉える。

 「おっさんに切ら・・・いないな」

 サミュエルの存在を気にしたケイレブだが、いないことを思い出してサリアンの視線に視線で応える。

 「だからと言って調子に乗りすぎないでくださいよ。何かあればサミュエル殿は飛んできますよ」

 テュコが暴走しないように2人を牽制すると、

 「報告はいたします」

 散策についてきていたアイナがにっこりと笑う。

 フォルシウスは少し考えていたが、心が決まったのかアイナに近づいた。

 そしてアイナに、他には聞こえないように二、三言葉を交わすと、何事もなかったように護衛の隊の中に戻った。

 誰にも気取られないような自然な動きだったが、クランツはそれを怪訝そうに見ていた。

 「ん、んんっ」

 タイミングを見計らっていたヴァレリラルドがわざとらしい咳払いをする。

 「テュコ、ナオの希望だから、私とナオの部屋は一緒だろうね?」

 ヴァレリラルドが平静を装って言うと、

 「2人部屋?」

 修学旅行に並々ならぬ憧れのある梛央が瞳を輝かす。

 エンゲルブレクト殿下といい、ヴァレリラルド殿下といい、うちのナオ様になに手を出そうとしてるんだ、と若干声に出しながら、

 「ナオ様のご希望ですから。ですが、寝るだけです。ヴァレリラルド殿下は寝るまでの仕度をしてからお越しください」

 渋々許可をする。

 「じゃあ、護衛のケイレブも室内に待機だよね」
 
 サリアンが満面の笑顔で言った。

 「アイナ、まとめて報告を」
 
 テュコは苦々しくアイナに言った。





 
 ランハンの街に着いたのは宵闇が迫る頃だった。

 通りの両脇にはオレンジの街灯が並び、石畳の通りや道行く人々を照らしている。

 どことなく懐かしくて幻想的な景観に、盆踊りの提灯みたいだ、と梛央は思った。

 馬車は速度を落として大通りを進んでおり、梛央はカーテンをしめた窓の隙間から街並みを興味深そうに見ていた。
 
 「ナオ様、窓には中の様子が見えないように認識遮断の魔道具を使っていますが、あまりお顔を近づけないようにしてくださいね」

 「はーい」

 「あと、馬車から降りて宿に入るまではマントを着てフードをかぶってください」

 「……はい」

 ちょっとだけ不本意そうな梛央に、

 「この王国では黒目黒髪は珍しいんです」

 改めてテュコが説明する。

 「ナオ様は滅多に見ることができない綺麗な顔をしている。それに小柄で可愛らしい。その上黒目黒髪。愛玩用に囲いたいって変態は多いと思う。そんな奴らに高値で売るために攫われてしまう可能性がある」

 サリアンが厳しい口調で言い切る。

 「かぶります。テュコ、着せて。今すぐ着せて」

 急かす梛央に苦笑しながら、テュコは積載していた荷物の中から梛央のマントを出した。

 アルテアンに仕立ててもらっていた白いマントは足元まである長さだが、梛央の負担にならないように軽い素材で作られている。
 
 それを梛央に着せて首元のボタンを留めると、梛央は自分でフードをかぶる。

 そうすると梛央の顔の下半分しかうかがえなかった。

 「安心? 安全?」

 「ごめん、ごめん、ナオ様。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。私たちが護るから大丈夫だよ、安心して。護るためには不安要素は少ない方がいいってことなんだ」

 サリアンに言われて納得はしたが、梛央は黙ってリングダールに抱き着く。

 囲われる、攫われる、と言われたことが梛央の心のトラウマを刺激していた。

 心配そうな顔で梛央を見守るテュコたち。

 やがて、

 「ナオ様、宿が見えてきましたよ。もう到着します。降りる準備は大丈夫ですか?」

 テュコに言われても、なんとなく馬車から降りるのが怖くなったナオだった。

 が。

 「わぁ、綺麗」

 宿泊先の建物をみて小さな歓声をあげる。

 ランハンで最も高級な宿である白鷺亭は、貴族の屋敷のような外観の、その名前の通り白亜の建物だった。

 建物の周囲にはたくさんの灯りが灯されて幻想的で、梛央の縮んだ気持ちも膨らみを取り戻した。

 「今日は貸し切りにしてあるから安心して休んでください」

 先に馬車を降りていたエンゲルブレクトが梛央を宿の中に案内する。

 「すごく立派な宿だね」

 「王族も利用しますから、定期的に経営状況や利用者リストの検査を行っています」

 「それだけ信用ができる宿ってこと?」

 「ええ。王族が利用するということで宿にも箔が付きますから、お互いの利害関係も一致するんです」

 「ウインウインな関係だね」

 的確な言葉を使ったとばかりにドヤ顔になる梛央。

 ウインウインな関係がどんな関係かはわからなかったが、ドヤ顔の梛央が可愛くて微笑ましくなる一同だった。
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