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第1部
馬のポテンシャル、すごい
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早朝。
シアンハウスの正面玄関前に2頭立ての黒塗りの馬車が3台停まっていた。その客室は重厚で、梛央が想像したより大きく厳つい。
先頭の馬車にエンゲルブレクトが、次の馬車にヴァレリラルド、3台めの馬車に梛央が乗ることになっており、その後ろに使用人と給仕が乗る馬車が2台。その後ろには天幕や調理器具、食材等を積んだ荷馬車が2台続く。
「こんなに大きな馬車を2頭の馬で引くの?」
自分が乗る馬車の馬を見ながら、ブラック企業で働かせて申し訳ない、くらいの気持ちで梛央が尋ねる。
「この馬は馬車を引くのに特化しているから大丈夫ですよ。私たちの馬より一回り大きいでしょう? 一頭で二頭分の馬力があります。疲労軽減の効果のある蹄鉄もつけています。梛央様は心配せずに安心して馬車にお乗りください」
クランツが笑いながら言った。
「梛央様の馬車を引く馬に乗るのは厩舎担当の使用人のホルツです。若いですが馬の扱いに長けております」
サミュエルに紹介されて、赤毛のすらりとした長身の男が梛央に頭を下げる。
「ホルツ、よろしくね。この馬の名前は?」
「コトニスとワニナです」
「こっちとわっち、よろしくね」
梛央が手を振ると、
「ドリュッフー」
「ウヒヒッ」
コトニスとワニナも頭を上下させて応える。
「ナオ様のことを気に入ったみたいですね」
「僕もコミュニケーションが取れた気がした」
クランツと梛央がいい笑顔を交わしていると、
「ナオ様。出立の前に改めて私の侍従と護衛騎士を紹介させてください」
エンゲルブレクトが騎士たちを連れて現れた。
「うん」
「私の侍従のハハト、護衛騎士のヤルヴィ、ユティニ、カイラ、カイヴァント、キヴィレフ、スオルサです」
エンゲルブレクトの紹介に、
「エンゲルブレクト殿下の侍従のハハトです。道中では侍従やメイドたちを取りまとめる役目をさせていただきます。よろしくお願いします」
サミュエルとあまり変わらないくらいの年のハハトは銀髪を綺麗に撫でつけて眼鏡をかけている。
「エンゲルブレクト王弟殿下の護衛騎士を務めますヤルヴィです。以下、ユティニ、カイラ、カイヴァント、キヴィレフ、スオルサ。所属は近衛騎士団です。よろしくお願いします」
ヴァレリラルドの護衛騎士よりも全体的に年齢が上に見える6名の騎士たちが臣下の礼を執る。
「秋葉梛央です。よろしくお願いします」
梛央がぺこりと頭を下げると、さすがに変なうめき声は聞こえなかったが、綺麗で可愛いものを目の当たりにして騎士たちの体がわなわなしている。
「各護衛騎士たちが護衛対象者の馬車につきます。給仕たちや荷馬車にはシアンハウス騎士団が護衛にあたります。ナオ様は安心して馬車の中でお過ごしください」
プロポーズをして速攻で断られたとは思えないほどにこやかな顔でエンゲルブレクトが言うと、
「うん。ありがとう」
そもそもプロポーズされたことを覚えていない梛央はごく普通に返した。
「殿下、出立の準備がすべて整ったようです」
ハハトがエンゲルブレクトに告げる。
「では行ってくる。サミュエル、あとを頼む」
エンゲルブレクトの言葉に、サミュエルが深く腰を折る。
「道中のご無事をお祈りしております」
頷いて自分の馬車に向かうエンゲルブレクト。
「サミュエル、世話になった。行ってくるよ」
ヴァレリラルドもサミュエルに挨拶をすると、
「ヴァレリラルド殿下も、どうぞご無事で」
サミュエルの言葉に頷いて自分の馬車に向かう。
「サミュエル、今までありがとう。絶対会いに来てね」
梛央はこみあげてくる感情のままにサミュエルに抱き着く。
「行きますとも。ナオ様、どうぞご無事で」
「うん。サミュエル、大好きだよ」
最後にぎゅっ、と抱き着いてから梛央はテュコが待っている馬車に向かう。
サミュエルは動き出した馬車の列を見送りながら、梛央が来てからのときめいたり心配したり、久々にわくわくした日々を思い出して滂沱の涙を流していた。
馬車の中は豪華な内装が施され、座り心地のよいシートにクッションが並べられていた。
先に梛央が乗り込み、窓側に座る。その横にリングダール。扉側にサリアン。向かい側の窓側にテュコ。中央がアイナ、扉側にドリーン座った。
「ミニサロンみたいな感じだね」
車内を見回して梛央が感心していると、
「はい。お飲み物やお菓子も載っていますよ」
アイナがバスケットを指さした。
「すごいね。本当に修学旅行みたい」
言っている間に馬車が動き出し、シアンハウスの門を出て、緑豊かな景色が広がる石畳の道を進む。
「馬車って、もっと振動があってお尻が痛くなるって思ってた」
石畳の上を走っているとは思えないほど振動がなく、快適な乗り心地だった。
「王族が乗る馬車ですからね。快適さにかけては細部にわたって配慮をしていますよ」
「それに、思ったより速い」
のんびりとした馬車の旅だと思っていたが、想像よりもスピードの出ている馬車に梛央は心配そうな顔をする。車でドライブするのと遜色ない速さだった。
「もちろん街中を走るときは速度を落としますよ。先頭のエンゲルブレクト殿下の護衛騎士が先ぶれを出しながら進んでいますので、前方の安全は確保されています」
「というか、こんなに速く、長時間走る馬が心配」
梛央は窓を開けると、すぐ近くを並走するフォルシウスがいた。
「フォル、ミトちゃんたち疲れない?」
「蹄鉄に魔道具をつけています。これくらい大丈夫ですよ。有事の際には休憩なしで一昼夜駆け抜ける、ということもありますからね」
ミトミナルも梛央を見て舐めんじゃねぇぞ、的な目で見ている。
梛央は窓を閉めて椅子に座りなおした。
いくら魔道具をつけているとはいえ、この世界の馬のポテンシャル、すごい。
シアンハウスの正面玄関前に2頭立ての黒塗りの馬車が3台停まっていた。その客室は重厚で、梛央が想像したより大きく厳つい。
先頭の馬車にエンゲルブレクトが、次の馬車にヴァレリラルド、3台めの馬車に梛央が乗ることになっており、その後ろに使用人と給仕が乗る馬車が2台。その後ろには天幕や調理器具、食材等を積んだ荷馬車が2台続く。
「こんなに大きな馬車を2頭の馬で引くの?」
自分が乗る馬車の馬を見ながら、ブラック企業で働かせて申し訳ない、くらいの気持ちで梛央が尋ねる。
「この馬は馬車を引くのに特化しているから大丈夫ですよ。私たちの馬より一回り大きいでしょう? 一頭で二頭分の馬力があります。疲労軽減の効果のある蹄鉄もつけています。梛央様は心配せずに安心して馬車にお乗りください」
クランツが笑いながら言った。
「梛央様の馬車を引く馬に乗るのは厩舎担当の使用人のホルツです。若いですが馬の扱いに長けております」
サミュエルに紹介されて、赤毛のすらりとした長身の男が梛央に頭を下げる。
「ホルツ、よろしくね。この馬の名前は?」
「コトニスとワニナです」
「こっちとわっち、よろしくね」
梛央が手を振ると、
「ドリュッフー」
「ウヒヒッ」
コトニスとワニナも頭を上下させて応える。
「ナオ様のことを気に入ったみたいですね」
「僕もコミュニケーションが取れた気がした」
クランツと梛央がいい笑顔を交わしていると、
「ナオ様。出立の前に改めて私の侍従と護衛騎士を紹介させてください」
エンゲルブレクトが騎士たちを連れて現れた。
「うん」
「私の侍従のハハト、護衛騎士のヤルヴィ、ユティニ、カイラ、カイヴァント、キヴィレフ、スオルサです」
エンゲルブレクトの紹介に、
「エンゲルブレクト殿下の侍従のハハトです。道中では侍従やメイドたちを取りまとめる役目をさせていただきます。よろしくお願いします」
サミュエルとあまり変わらないくらいの年のハハトは銀髪を綺麗に撫でつけて眼鏡をかけている。
「エンゲルブレクト王弟殿下の護衛騎士を務めますヤルヴィです。以下、ユティニ、カイラ、カイヴァント、キヴィレフ、スオルサ。所属は近衛騎士団です。よろしくお願いします」
ヴァレリラルドの護衛騎士よりも全体的に年齢が上に見える6名の騎士たちが臣下の礼を執る。
「秋葉梛央です。よろしくお願いします」
梛央がぺこりと頭を下げると、さすがに変なうめき声は聞こえなかったが、綺麗で可愛いものを目の当たりにして騎士たちの体がわなわなしている。
「各護衛騎士たちが護衛対象者の馬車につきます。給仕たちや荷馬車にはシアンハウス騎士団が護衛にあたります。ナオ様は安心して馬車の中でお過ごしください」
プロポーズをして速攻で断られたとは思えないほどにこやかな顔でエンゲルブレクトが言うと、
「うん。ありがとう」
そもそもプロポーズされたことを覚えていない梛央はごく普通に返した。
「殿下、出立の準備がすべて整ったようです」
ハハトがエンゲルブレクトに告げる。
「では行ってくる。サミュエル、あとを頼む」
エンゲルブレクトの言葉に、サミュエルが深く腰を折る。
「道中のご無事をお祈りしております」
頷いて自分の馬車に向かうエンゲルブレクト。
「サミュエル、世話になった。行ってくるよ」
ヴァレリラルドもサミュエルに挨拶をすると、
「ヴァレリラルド殿下も、どうぞご無事で」
サミュエルの言葉に頷いて自分の馬車に向かう。
「サミュエル、今までありがとう。絶対会いに来てね」
梛央はこみあげてくる感情のままにサミュエルに抱き着く。
「行きますとも。ナオ様、どうぞご無事で」
「うん。サミュエル、大好きだよ」
最後にぎゅっ、と抱き着いてから梛央はテュコが待っている馬車に向かう。
サミュエルは動き出した馬車の列を見送りながら、梛央が来てからのときめいたり心配したり、久々にわくわくした日々を思い出して滂沱の涙を流していた。
馬車の中は豪華な内装が施され、座り心地のよいシートにクッションが並べられていた。
先に梛央が乗り込み、窓側に座る。その横にリングダール。扉側にサリアン。向かい側の窓側にテュコ。中央がアイナ、扉側にドリーン座った。
「ミニサロンみたいな感じだね」
車内を見回して梛央が感心していると、
「はい。お飲み物やお菓子も載っていますよ」
アイナがバスケットを指さした。
「すごいね。本当に修学旅行みたい」
言っている間に馬車が動き出し、シアンハウスの門を出て、緑豊かな景色が広がる石畳の道を進む。
「馬車って、もっと振動があってお尻が痛くなるって思ってた」
石畳の上を走っているとは思えないほど振動がなく、快適な乗り心地だった。
「王族が乗る馬車ですからね。快適さにかけては細部にわたって配慮をしていますよ」
「それに、思ったより速い」
のんびりとした馬車の旅だと思っていたが、想像よりもスピードの出ている馬車に梛央は心配そうな顔をする。車でドライブするのと遜色ない速さだった。
「もちろん街中を走るときは速度を落としますよ。先頭のエンゲルブレクト殿下の護衛騎士が先ぶれを出しながら進んでいますので、前方の安全は確保されています」
「というか、こんなに速く、長時間走る馬が心配」
梛央は窓を開けると、すぐ近くを並走するフォルシウスがいた。
「フォル、ミトちゃんたち疲れない?」
「蹄鉄に魔道具をつけています。これくらい大丈夫ですよ。有事の際には休憩なしで一昼夜駆け抜ける、ということもありますからね」
ミトミナルも梛央を見て舐めんじゃねぇぞ、的な目で見ている。
梛央は窓を閉めて椅子に座りなおした。
いくら魔道具をつけているとはいえ、この世界の馬のポテンシャル、すごい。
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