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第1部

いがみあうなら……泣くぞ

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 「もうお腹いっぱい」

 テュコとヴァレリラルドに満足いくまで食べさせられた梛央は、立ち上がると使用済の食器を置くテーブルに皿を置きに行った。

 「ナオ様が動かなくても。近くのメイドに声をかければいいんですよ」

 話しかけてきたのは栗色の髪をした白い騎士服の男。ヴァレリラルドの護衛騎士の一人だった。

 「えと、ヴァルの護衛をしている近衛騎士の……」

 「ダーヴィドです。後ろにいるのがイスコ、カレヴィ、ラリです」

 ダーヴィドが紹介すると、集まって来た3人が恭しく臣下の礼を執る。

 ヴァレリラルドと行動する近衛騎士の顔は知っていても、挨拶する機会はなかった。

 ヴァレリラルドが近衛騎士たちと剣術の稽古をしていた時に突風の騒ぎがなければ、おそらくあの場で紹介されていたはずだった。

 「秋葉梛央です。王城まで旅するときはいろいろお世話になると思うけど、よろしくお願いします」

 自分の護衛騎士たちにしたように、梛央はペコリ、と頭を下げる。

 ぐはっ、ふはぁぁ、と近衛騎士たちの口から変なつぶやきが漏れる。

 「近衛騎士ともあろうものが、腑抜けてるんじゃないのか?」

 近づいてきた黒い騎士服の正装姿のメランデルが揶揄した。

 「メランデル」

 睨みつけるダーヴィド。

 睨み返すメランデル。

 気が付けばダーヴィドの後ろの近衛騎士たちと、メランデルの後ろの第一騎士団の騎士たちも睨みあっていた。

 「ん? ヴァルの護衛騎士と僕の護衛騎士は仲が悪いの?」

 「というよりは、近衛騎士団と第一騎士団が昔からいがみあっている、という悪しき慣習です。お互いに因縁があるわけではありません」

 いつの間にか側に来ていたサミュエルが説明する。

 「そうなんだ。近衛騎士は白い騎士服で、第一騎士団は黒い騎士服なんだね。今日はヴァルの服が黒で、僕の服が白だから、逆だね」

 綺麗な顔にほんわりとした笑顔をのせて梛央が言うと、両騎士団員とも、へにゃっとした顔になった。

 「これから一緒に旅に行くんだから、みんな仲良くしてね?」

 梛央の言葉に、はい、もちろんです、仲良くします、という元気な声が返って来た。

 「お前たち、今後、ナオ様に心配をかけないようにちゃんと仲良くするんだぞ」

 「はい」

 いつの間にかダーヴィドたちの背後に来ていたイクセルの言葉でシャキッと姿勢を正す近衛騎士団の騎士たち。

 「お前たちもだぞ」

 「はい」

 メランデルの背後に来ていたクランツの言葉で直立不動になる第一騎士団の騎士たち。

 「第一騎士団は平民出身が多いから、剣だけでのしあがってくる品がない奴ら、とか思ってるんじゃないだろうな」

 クルームが近衛騎士たちに言うと、

 「近衛騎士は血筋だけで魔法使いやがって、このいい年した親のすねかじり野郎どもが、とか思ってるんじゃないだろうな」

 フォルシウスも第一騎士団に向けて言った。

 「おいおい、諭してるのか煽ってるのかわかんねぇぞ、お前ら」

 間に入るケイレブ。

 「んー? 私には、『私が近衛騎士団一の美人だが? 』『私は第一騎士団一の美人だ』って聞こえたなぁ」

 こっちも仲裁に入ろうとしてるのか、茶化しているのかわからないサリアン。

 「は?」

 「誰が美人ですか」

 「美人だよ、2人とも。残念ながら私にはかなわないけどねぇ」

 サリアンがへらへらと笑う。

 「ちょっと飲ませ過ぎたか」
 
 ケイレブが呟いた。

 「お前たち。この夜会は当主様がナオ様のために催されたものだぞ。もしここでいがみあうなら……」

 元鬼の第一騎士団団長のサミュエルが小声で、だが騎士たちの耳に響くように言った。

 「いがみあうなら……?」

 梛央とヴァレリラルドの護衛騎士たちはゴクリ、と息を飲む。

 「いがみあうなら……ナオ様が泣くぞ」

 重いサミュエルの一言で、騎士たちは青ざめた。

 「ナオ様、私たちは仲良しです。すっごく仲良しです。お友達同士です。王城までの道中も力を合わせてお護りすることを誓います」

 ナオの護衛騎士たちもヴァルの護衛騎士たちも臣下の礼を執る。

 「うん。仲良くしないと泣くよ? だからお願いね」

 「はい」

 梛央の言葉に騎士たちは表情を緩める。

 「お前たち、仲の良いところをナオ様にお見せするんだ。イクセル、クランツ」

 サミュエルに名を呼ばれた2人は軽く頷くと、ホールの空いた空間に騎士たちを先導する。

 「ナオ、椅子に掛けて見よう」

 ヴァルに誘われて梛央は椅子に掛ける。

 ケイレブ、サリアン、サミュエルもそれに続き、アイナとドリーン、テュコもそれに倣う。

 「何が始まるの?」

 騎士たちが2列に並ぶのを見ながら梛央が尋ねる。

 「見てて」

 ヴァルが言うと、演奏されていた音楽が一旦止み、違う曲が始まった。

 優雅で柔らかな曲調だったのが、軽快なテンポの華やかで荘厳な曲調に変わる。

 騎士たちは大きな護拳のある金色のサーベルを抜くと、曲に合わせて正面にいる者と剣を4回打ち合わせながら半円を描き、相手の位置におさまる。次に横にいる者と剣を合わせたまま半円を描いて位置を入れ替え、次はその横にいる者と4回剣を合わせながら半円を描く。そして次は向かい側の相手。次第に曲のテンポが速くなり、めまぐるしく変わる相手と剣を合わせていく。並列だった陣形はやがて円を描いていた。

 素早い剣さばきと優雅なターン。勇壮でありながら繊細な円舞。動きに合わせて背中のマントが靡いているのが美しかった。

 「すごい」

 梛央は目を輝かせて騎士たちの剣舞を見つめる。
 
 「この王国の伝統的な剣舞です。儀礼用のサーベルですが体に当てられるとかなり痛いですからね。互いを信用していないと動きが悪くなり、美しい剣舞にはならないんですよ」

 エンゲルブレクトが梛央の横の席に座り、騎士たちの剣舞の説明をする。

 「うん、みんなのびのびと動いているのに、配置が綺麗に決まっていてスピードがあるから、きびきびして見えるね。ポージングも決まっててすごい」

 さっきまでいがみあってた黒の騎士服と白の騎士服の騎士たちが、息のあった剣さばきを見せていることに梛央は見入っていた。

 「第一騎士団と近衛騎士団がいがみあってるもともとの原因って、当時の団長だったサミュエル殿とキュオスティ殿が原因じゃ?」
 
 サリアンが呟くのを、サミュエルはとぼけた顔で聞いていた。
 
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