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第1部

サミュエル、ぬいぐるみ、大好き。でも、返して

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 寝台で眠る黒目黒髪の綺麗な少年。

 黒曜石の瞳は今は重く瞼に閉ざされ、その顔色は青白い。

 同じ日の、それも短い時間での2度目となる光景に、梛央の枕元の椅子に座るヴァレリラルドの気持ちは沈んでいた。

 さっきは梛央が心の傷を苦しみながらも話してくれて、懸命に頑張ろうとしてくれていた。その姿を見て、梛央は自分が護ろうと誓った矢先の出来事に、ヴァレリラルドは打ちひしがれていた。

 梛央を襲ったのが自分の侍従のシモンという事実が、ヴァレリラルドをさらに苛んでいた。

 「首をしめられておいででした。フォルシウスのおかげで痕は消えましたが、梛央様の首にシモン殿の指の後が……もう少しでナオ様は……」

 自分を責めているのはテュコも同じで、瞳に涙を浮かべている。

 同じ部屋にいながらなぜ異変に気づけなかったのか。

 それはサリアンや、部屋の前で警護していた者たちも同じ気持ちだった。

 「おっさん、いや、団長。おかしすぎないか?」

 暗い雰囲気の中、ケイレブが声をあげた。

 「おっさんでも団長でもない」

 静かな声だが不機嫌さを隠さないサミュエル。

 梛央の前だけが特別で、本来はこれが素のサミュエルである。

 「ナオ様が悲しまれますね」
 
 ドリーンは自分の両手の中にある、毛皮だけの姿になったリングダールを見て言った。

 「転移陣でシモンを王城に連行したダニエルソンに持たせてもらえると聞いている。ナオ様が目を覚ます前に間に合えばいいが」

 「やはりそれは……」

 さっきひっかかっていたことの答えがそこにあることをイクセルは知った。

 「リングダールはただのぬいぐるみではない。中に魔道具が仕込んであって、主人を襲撃する者に作動するようになっている。私も小さい頃は父上に贈られたリングダールを、当時はそうとは知らずにただおもちゃとして持たされていた。ナオを護ったのは父上の贈ったリングダールだ」

 自分ではなかったことに落ち込むヴァレリラルド。

 「サミュエル様」

 抑えた声で名を呼び、近づいてくるダニエルソン。その腕に抱えるリングダールに、サミュエルはほっと胸をなでおろした。

 「間に合ってよかった。シモンは?」

 小声で話しかけるサミュエル。

 「簡単に侯爵家を抜け出したことを陛下は危惧されておいでです。今回の詳細がわかるまでは王城の地下牢に」

 魔法が使えない状態で、物理的にも逃げられない状態で繋がれている。

 ダニエルソンの報告でサミュエルはシモンの状況を把握した。愛し子を手にかけようとしたのだ。おそらくこれから厳しい取り調べが始まるに違いなかった。

 サミュエルはリングダールを受け取ると、報告を終えた部下を目で見送る。

 「ナオ様」

 フォルシウスに手を握られ、治療を受けていた梛央が目を開けると、テュコが声をかける。

 サミュエルも梛央を見守る人々の輪の中に入るが、その姿を見つけた梛央はショックを受けた顔をした。

 「サミュエル、ぬいぐるみ、大好き。でも、返して……」

 気道を圧迫された影響で声が掠れている梛央が手を伸ばす。

 「サミュエル様。いくらぬいぐるみがお好きでも、ナオ様のリングダールはだめです」

 ぬいぐるみ好きのサミュエルが勝手にリングダールを抱いていた。ということにして、アイナはサミュエルからリングダールを奪い取り、梛央の横に置いた。

 ドリーンはリングダールの抜け殻になった毛皮を後ろ手に隠して、だめですよ、とアイナに追随する。

 リングダール1号と2号の入れ替えが無事に終了したことに皆胸をなでおろしたが、元部下のケイレブだけが元鬼団長にぬいぐるみ好きの烙印を押されたことがツボにハマったりしく、笑いをこらえて震えていた。

 ぬいぐるみ好きの汚名を着せられたサミュエルは、反論したくてもできない状況に、なんともいえないもっさりした顔でケイレブを見ている。

 サミュエルからリングダールを取り戻すと、梛央は安心して自分の手を握っているフォルシウスを見た。

 「ありがとう、フォル。もう大丈夫」

 そう言うと上半身を起こし、ヴァレリラルドを手招きした。

 ヴァレリラルドは戸惑いながらも椅子から立ち上がり、梛央の寝台に腰かけた。

 「どうしたの? ヴァルが泣きそうな顔してる。僕が心配かけたから?」

 「違う、私が、私がナオのことを護るって言ったのに」

 悔しくて、ヴァレリラルドの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 梛央は両手を広げると、ぎゅっ、とヴァレリラルドを抱きしめた。

 「ナ、ナオ……」

 「ヴァルはちゃんと護ってくれたよ」

 「私は何も……」

 「ヴァルが、必要なときは僕の体は動いてくれるって言ってくれたから、僕、動けたよ。動いて、テュコを呼ぶ紐を引いたよ。ヴァルの言葉が護ったってことだから、そんな顔しないで」

 以前ヴァレリラルドがしてくれたように、その頭を撫でて慰める梛央。

 「ふふっ。さっきとは逆だね。ぎゅっ、ってされると落ち着くから、今度は僕がぎゅっ、ってするね。だから泣かないで?僕は大丈夫だよ」

 頭を撫でる梛央に、ヴァレリラルドは頷きながら梛央を抱きしめ返す。

 「ありがとう、ナオ」

 言いたいことは溢れるほどあるが、今は梛央を抱きしめて安心していたかった。
 


 
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