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第1部

私が護るから

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 ケイレブによって運ばれている途中で気を失った梛央は、天蓋カーテンで閉ざされた寝台でセルベル医師の診察を受けていた。

 やがて診察が終わると寝台カーテンが開けられ、セルベル医師と助手の女性が出てくる。

 梛央はまだ目を閉じてぐったりしていて、テュコはその足元に置かれていたリングダールを梛央の横に添わせる。

 ドリーンが梛央の枕元に椅子を用意すると、ヴァレリラルドがそこに座り、まだ顔色の戻らない梛央を心配げに見ていた。

 「心因性の過呼吸です。筋肉の硬直もあったとのことですので、今日はこのまま安静になさるように。落ち着いていらっしゃれば明日は普段どおりに過ごされて大丈夫でしょう。心因性ですので同じような状況になればまた発症される可能性があります。しばらくすれば落ち着かれますので、周囲の方々の理解が大事です。安心させて、息を吐かせることを心掛けてください。不安が一番よろしくありませんから、普段から周囲の方々が気にかけてさしあげてください」

 セルベルの見立てに、サミュエルとテュコをはじめ、その場にいる者が頭を下げて了承の意を示す。

 アイナがセルベルを見送りに出ると、

 「しかし、奇妙な風か。気になるな」

 サミュエルが言った。

 「突風とか、単なる自然現象じゃなかった。あれは確かに何らかの意思があった」

 自らの言葉にケイレブは確信を持っていた。

 ヴァレリラルドと梛央のいた裏庭の一角だけに、特に梛央を狙ったかのように、混乱に陥らせる突風が吹くなどありえなかった。
 
 「すみません、私がナオ様に覆いかぶさったために」

 だがそれと梛央の急変は別のもので、クランツが詫びる。

 「クランツは悪くはない。私もナオ様に同じことをしようとしてた。風が邪魔して近づけなかったから代わりに行ってくれて助かったよ」

 「サリーの言う通りクランツに非はない。護衛対象の身の安全を確保するには基本的な体勢だ。それができないとなると」

 どう護衛したらよいのか。

 サミュエルたちが考え込んでいると、

 「ごめんなさい……」

 眠っていると思っていた梛央の瞳が開かれ、弱々しい声がした。

 「ナオが謝ることはなにもないよ」

 ヴァレリラルドが梛央の顔を覗き込む。

 「ううん、せっかくみんなが僕のことを護ってくれてるのに、僕が邪魔してる」

 「邪魔してないよ」

 寝台の側に行き、あえてサリアンはフランクな物言いで梛央に話しかける。

 「私はケイレブと違ってあまり護衛の依頼は受けないんだ。護衛を依頼するえらい人って威張ってばっかりで、護って当然だろ、って人ばっかりで。でも今回の護衛を引き受けてよかったと思ってるよ。ナオ様はちゃんとお礼が言えるいい子だし、こっちの言うことも聞いてくれる。邪魔どころか助かることばっかりだよ。なにより楽しいんだ。だからそんなに悲しいこと言わないで」

 「でも、僕がこんなだから……」

 「うん。護りがいがあるね。どうやって護るかは私たちが考えるから、ナオ様は安心して護られていたらいいんだよ」

 護衛は私たちの仕事だからね。と笑うサリアン。
 
 「だめなんだ」

 梛央は体を起こすと、リングダールを前面に置いて、その陰に隠れる。

 「だめじゃないよ」

 首を振るヴァレリラルドに、

 「だめだよ。ヴァルだって強くなるためにあんなに頑張ってる。僕も頑張らないと……。だから、聞いてほしい」

 リングダールに後ろから抱き着いて、その毛に埋もれる梛央。そうするとまるでリングダールが話しているようだった。

 「無理に話さなくていいんですよ」

 フォルシウスが穏やかな声を出すが、梛央はリングダールを横に振る。

 「あの日、家に帰ろうとした時、突然知らない男の人に捕まって、車の中に連れ込まれて……男の人が僕の上に覆いかぶさって、耳っ……耳元でっ……」

 思い出すとまた梛央の呼吸が早くなった。

 「ナオ様、ゆっくり、息を吐いて、長く、大丈夫ですから、落ち着いて」

 「大丈夫……耳元で、気持ち悪いことを言って、僕が運命の番とか、番うとか、言いながら耳をなめられて、首もっ……」

 リングダールにきつく抱き着く梛央。

 「落ち着いて。大丈夫ですから。みんな聞いていますから、ゆっくり。言いたくないことは話さないでいいんですよ」

 励ますテュコに、梛央はリングダールの陰で頷く。

 「気持ち悪くて、男を突き飛ばして逃げようとしたけど、車の中だからすぐに捕まって、髪の毛を掴まれて、頭を窓に叩きつけられて、痛くて血が流れてきて、男が、おとなしくしないと乱暴するって、痛くするって、だから怖くて、動けなくて。さっきも誰かが上からかぶさってきて、動くと痛くされる、乱暴される、そう思うと怖くて声が出なくて、動けなかった」

 リングダールに顔を押し付けて声を殺して泣く梛央。

 頭の怪我の原因を知って、護衛たちは静かに怒りに燃えた。サミュエルとアイナは梛央を傷つけた不埒者に、どうにかして天誅を加えに行けないかと考えていた。

 ヴァレリラルドは寝台に上がるとリングダールを押しのけて梛央を抱きしめる。それは8歳ながらはっきりと梛央への愛を意識した行動だった。

 一瞬体を固くする梛央だったが、自分より小さい子供に慰められるのは怖くなかった。

 「頑張って話してくれてありがとう、ナオ。すごい頑張りだったよ。私よりすごいよ」

 「ほんと…?」

 「うん。それにナオは動けなかった、って言うけど、それはナオの本能が自分を助けるためにしていることだから、自分を責めなくていいんだよ。本当に必要な時は、きっとナオの体は動いてくれる」

 「そう… かな?」

 「うん。それに、みんなが護るから。私が護るから。だからナオは動けなくても安心して」

 ヴァレリラルドは梛央を抱きしめながら、この先絶対梛央は自分が護る、と心に誓った。

 年若い王太子の恋心に、気付いていないのは梛央だけだった。



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